【書評】三谷宏治(2014)『ビジネスモデル全史』(★★★★)

 力作である。昨年末にすでに購入していたが、机の上に「積読」(つんどく)になっていた。気になっていた本だったので、学生の春ゼミ合宿でテキストにしてみた。学部生の経営学やマーケティングの勉強にお勧めの一冊である。



 「はじめ」にでも書かれているように、本書は、ビジネス用語の「簡略な解説書」という役割と、近年のビジネス革新の系譜を伝えるというふたつの側面をもっている。いろいろな活用ができる本なのだが、主として、ビジネスモデルの変化と発展をよく整理してある点が評価できる点と思う。
 後者の「ビジネスモデルの革新史」という観点から、現代に続くビジネスモデルの発展を、筆者は3つの時代に区分している。第一期が「創生・変革期」(~1990年)、第二期が「創造期」(1991年~2001年)、第三期が「巨人と小チーム」(2002年~)である。この時代区分の妥当性については、賛否両論があるだろう。わたしは、それほど違和感を持たずに受け入れることができた。
 なぜなら、ジレット社の「替え刃モデル」など、最初に古典的なビジネスモデルの本質を示すことが、21世紀に花開くことになるIT系ビジネスモデルの誕生を説明するための布石になっているからだ。「三越のはじまり(三井家、越後屋)」など、店舗ビジネスの枠組みを最初に提示してあることで、ITビジネスの理解が深められているとわたしは理解した。
 この方法は、なかなか新鮮なアプローチである。個人的には、江戸期の経営には詳しくないので、たいへん勉強になった。

 というわけで、本書は、19世紀の米国に起点を持つ「マーケティングの発展史」を、「垂直的な事業システムの変遷」という概念で説明した”百科全書的な”歴史書と読み解くこともできる。
 全体的に高く評価できるのだが、注文をつけるとすると、ひとつひとつのビジネスモデルの説明が、学部生レベルだとやや説明不足ぎみになっているのではないかという点が気になった。あまりの分厚さもあって、初学者の学生にはやや同情してしまう。
 春合宿のゼミの途中途中で、ずいぶんと「余分な解説」が必要だった。たとえば、ビジネスモデルのエッセンス(構成要素)である、「顧客」「提供価値」「収益の仕組み」「ケイパビリティ」の4つを、学生がすっきり理解できなかった。学生の頭(ビジネスマンも同じだと思う)をクリアにするためには、たとえば、「ケイパビリティ」の内容を、「技術力」「応用力」「経営資源」などと、もうすこし噛み砕いて、わかりやすく説明してあげる必要があるように思う(P.62-63)。

 もうひとつは、「ビジネス(モデル)」の定義のわかりにくさである。三谷さんは、
 「ビジネスとは、結局、
 誰かに対してある価値を、どこからか何かを調達・創造し、提供して、対価を得るもの」と定義している(P.7)。この文章は、どこかの英語文献の部分をやや直訳調に翻訳してある気配を漂わせている。何が言いたいかというと、ビジネスモデルの4要素(「顧客」「提供価値」「収益の仕組み」「ケイパビリティ」)を、「マーケティングの定義(AMA)」に関連付けて説明してくれれば、もっと「ビジネス(モデル)」の概念が明確に伝わったのではないかと思うということである。
 しかしながら、本書は、オリジナリティのある優れたビジネスモデル(システム)の解説書である。それは誰が見ても、間違いない評価できるポイントである。じっくり勉強したい向学心のあるひとには、絶対のお薦めである。