日本の農業生産には、二つの形があるのかもしれない(フードトラストセミナー:第4回から)

 法政大学大学院に二人の農業生産者をお呼びして、昨日(4月24日)シンポジウムを開いた。昨年秋から始まった「フードトラストセミナー」の第4回である。グリーンリーフの澤浦さんと、マイファームの西辻さんが招待講師だった。セミナーは2時間半、聴衆は約60名。



 この分野になじみのない方のために、ふたりのゲスト講師を紹介する。

・西辻一真:株式会社マイファーム代表取締役社長
 1982年 福井県出身。京都大学農学部資源生物科学科卒業。株式会社ネクスウェイに入社し、営業と企画を担当。07年退社。共同創業者である岩崎吉隆氏とともに、(株)マイファームを設立し、代表取締役に就任。体験農園マイファームを全国各地に広げながら、自産自消の理念をスタッフ間で共有することを大切にしながら、新規就農者の学びの場『アグリイノベーション大学』をはじめ、さまざまな事業を展開中。10年から農水省政策審議委員。著書に『マイファーム 荒地からの挑戦農と人をつなぐビジネスで社会を変える』(学芸出版社)。

・澤浦彰治:グリンリーフ株式会社代表取締役・株式会社野菜くらぶ代表取締役
 1964年 群馬県昭和村の農家に長男として誕生。農業高校を卒業後、畜産試験場の研修を経て家業の農業、養豚に従事。こんにゃく市場の暴落によって破産状態に直面する中で、こんにゃくの製品加工を始める。1992年仲間3人と有機農業者グループ「野菜くらぶ」を立ち上げ、有機野菜の生産を本格的に開始する。第47回農林水産祭において、蚕糸・地域特産部門で「天皇杯」を受賞。群馬中小企業家同友会副代表理事、日本オーガニック&ナチュラルフーズ協会理事、沼田FM放送取締役を務める。著書に『小さくはじめて、農業で利益を出し続ける7つのルール』(2010、ダイヤモンド社)がある。

 おふたりの講演に際して、盟友の徳江倫明氏は、つぎのように紹介している。
 起業家・経営者としての手腕が高く評価され、農業関係者のみならず食の業界の多くの人々からも「次は何をするのだろう?」と常に注目されているお2人に、「“農”のどこに勝算を見出したのか?」「成功へのターニングポイントはどこだったか?」「ピンチをチャンスに変えた手法とは?」「これからの展望は?」等々、“農”と“ビジネス構築”について語り尽くしていただきます。
 種子(在来種)への取り組みや、農業者による代替エネルギー生産など、“農の現場の旬なテーマ”に関しても言及していただく予定です。62歳の小川孔輔教授と徳江倫明、49歳の澤浦氏、31歳の西辻氏、それぞれの世代の目に映っている“日本の農の未来”とは?

 わたしたち(徳江と小川)は、1951年(昭和26年)の生まれでうさぎ年。二回目に講師を務めていただいた福島徹さん(福島屋社長)も昭和26年生まれだった。
 それに対して、澤浦さんは、わたしたちの一回り下の世代。西辻さんは、わしたち3人の歳がちょうど割り算できる年齢である。62÷2=31で半分。その4人の農業に対する見方がどのように違っているのかが焦点だった。

 結論を言うと、「世代的なちがい」は確かにあった。だが、わたし(マーケットイン)と徳江さん(プロダクトアウト)の違いほど、西辻さんと澤浦さんの間に差はないように思う。
 どちらかといえば、ビジネス構築という点で、澤浦さんのアプローチはわたしに近いと感じた(会社紹介を参照のこと)。一回りの年の差を感じなかった。澤浦さんは、わたしのコメント(グリーンリーフは、会社システムが「統合型の優位性」をもっていること)をどのようにとらえたろうか?違和感はなかったのではないだろうか。
 西辻さんは、いまの若者に特徴的な良い意味での「志の高さ」を持っている。その点からいえば、徳江さんの生き方と共通している。マイファームの事業は、「耕作放棄地を再生したい」という思いからはじめたNPOである。実現したい理念があって、農業生産に関わるようになった。事業のコアバリューを、「人(教育)」と「土(環境)」に求めている。

 というわけで、この二組の取り組み方のちがいを解説してみたい。
 澤浦ー小川ラインは、日本の農業にイノベーションをもたらす動因は、経営効率と労働生産性の改善だと信じている。その実現手段として、「国内リレー栽培」や「農産品の加工」、「販売組織の内部化(自前主義)」がセットだ考える。だから、新規就農者をグループメンバーに採用するときにも、”きびしいスクリーニング基準”を設定している。
 統合された組織を構成するメンバーがひとりでも弱ければ、そのとき、グループ全体にマイナスの影響を及ぼすからだ。たとえば、「候補者が借金をしていないこと」につい澤浦さんが言及した際は、暗黙のうちにセブンイレブンの事例(加盟店に採用する条件)を挙げている。コンビニへのFC加盟の条件は、オーナー以外に24時間-365日働けるパートナーがいることである。
 澤浦さんが一緒に取り組んでいるモスフードでも、開業までのハードルはずいぶん高いはずだ。パネルの時には指摘しなかったが、①新規就農者への資格審査のきびしさと②競争倍率の高さが、農業経営者のクオリティの高さを担保する。
 要するに、澤浦さんと小川さんは、ふうつの企業経営と同じように、農業経営を論じる「経営革新派」なのである。ただし、米国型経営(大農経営)は日本にはなじまないから、生産と販売は垂直統合しながら、水平的に「コンビニ」のような分散型システムを作っていくのが日本的なアレンジだと考えている。

 それに対して、西辻ー徳江ラインは、日本の気候風土(熱帯モンスーン気候)や地理的な条件(中山間地が全国土の40%)を重視している。農業分野での働き方に、別の新しい形を模索しているのである。それは人的にも可能だろうし、働く場所として必要だろう。
 澤浦さんのような採算重視の「企業的な経営」だけが、唯一の農業の姿ではない。「貸し農園」や「週末農業」なども農業だと考える。そうでなければ、生産性の低い耕作放棄地(もともと限界農地だった区画)や中山間地は、農地としては保全できない。
 西辻さんのドメインである放棄された農地を蘇らせるためには、観光や飲食のサービスを農業生産に付加しないと事業としては採算に乗らない。マイファーム(貸農園)やアグリインベーション大学(農業技術教育)は、「環境サービス・ビジネス」として位置付けられる。そうなると、農業者に要求される仕事のスキルは異なってくる。サービス業やマーケティングの知識が必要になってくるからだ。
 ここで、わたしがセミナーで発言したことを再度繰り返すと、「西辻モデル」では、FC(フランチャイズ方式)で貸農園や教育ビジネスを回そうとすると、必ずや破綻するということである。農業体験をしたい人や農業技術を身に着けたい個人に対しては、農業という仕事を「教育投資」と考えたほうがよい。
 マイファームやアグリイノベーション大学は、グリーンリーフとは収益モデルがちがっている。授業料で採算をとろうとしてはいけない。米国の大学のように、基金(卒業生の寄付や善意の補助金)で運用すべきである。

 ただし、ふたつの組に共通している点もある。それは、日本の農業が目指すべき方向性は、①米国型の単純な単品大量生産ではないこと、②価格より品質(顧客価値)を追求すべきこと、③差別化された品種や生産方法の改善に努めることである。
 この3点を遵守するには、さらに、④卸市場に依存しない物流と商流を構築する(生販統合システムを考える)こと。結果として、⑤価格主導権を握ること。⑥その両方が実現できる相手(販売先、調達先)と長期相対取引の仕組みを構築することである。
 以上の6点の帰結は、⑦マスマーケティング(効率重視の単品大量生産方式、国際調達で遠くから運んでくることの容認)から離れることである。そして、最終的には、⑧農業生産も店舗運営も「地域分散型」に転換していくことである。
 
 澤浦さんがセミナー途中で行った言葉がとても印象的だった。「離農しない農家には、戦前からの地主(篤農家)の遺伝子が息づいている。戦前の小作人層が離農している」。たしかに、その通りかもしれない。戦後日本の農業経営は、為替変動と輸入品との競争に振りまくられてきた。そうであれば、経済的に成り立たなくなって農業を離れるのは自然であろう。
 それは、食材をグローバル調達してきたマクドナルド(外食のモデル)の経営に降りかかった不幸と同じである、海外への工場移転を含めて、われわれ運命は60年間、為替に翻弄されてきた。
 そうであれば、日本の農業に必要なことは、価格決定権を取り戻すことである。為替変動に振り回されない、食料供給の仕組みを打ち立てることである。
 回答は必ずあるはずだ。すぐ思い浮かべられる単純な答えのひとつは、米国や南米・オセアニアが作れないものを、日本の農家が提供することだろう。それ以外には、、

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<セミナー案内文>
第4回 フードマーケティングセミナー
◆ 日時◆ 4月24日(木) 18:30~
 基調ミニ講演:澤浦彰治氏 19:30~20:00
 基調ミニ講演:西辻一真氏 20:05~21:00
 パネルディスカッション:澤浦彰治・西辻一真・小川孔輔・徳江倫明 21:00~21:30
 質疑応答 21:30~21:50 名刺交換会
◆場所◆ 法政大学経営大学院(新一口坂校舎)
◆参加費◆ 一般 7,000円(税込) メルマガ会員(※) 6,000円(税込) 

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<資料>
 以下は、両社を紹介して文章である(オリジナルはHP)

株式会社野菜くらぶ HPより

自然の一員「人間」として … わたしたちのからだを作るもの、食べるものはすべて、自然からの恵みです。わたしたちは土や太陽、水、空気の恵みによって生かされています。人間も自然の一員。その一員としての仕事とも言える農業には、考え直すことがたくさんありそうです。

片手に理念、片手にそろばん … 高齢化や農業人口の減少など、多くの問題を抱える日本の農業。その中でわたしたちは「片手に理念、片手にそろばん」を合言葉に、安心安全な農産物とその加工食品を、農家の暮らしの成り立つ価格でお届けしています。農家を守ることは日本の農業を守り、ひいては食べる人たちの生活を守ることにつながります。

「契約栽培」と「農産加工」 … 求められる野菜を、納得のいくかたちでお届けする。そのためにわたしたちが選んだ1つめの方法は、”契約栽培”でした。お客さまとの話し合いで年間の生産量や栽培方法、価格を決めるため、あたたかい食卓を思い浮かべながら、手をかけて野菜を育てることができます。2つめは”農産加工”です。農家が食べている野菜の加工品と同じものをお届けしようと、不要な添加物や調味料を使わず、時間と手間を惜しまず作っています。

野菜が喜ぶ環境 … わたしたちは野菜を、野菜が喜ぶ環境で育てます。その理由は快適な環境で育てると農薬が少なくてすみ、栄養も豊かだから。たとえばレタスは、夏は青森と群馬、春と秋は群馬、冬は静岡で栽培し、年間を通してお届けしています。そこで野菜を育てているのは、私達のグループ理念「感動農業・人づくり・土づくり」に賛同した農家の人たち、㈱野菜くらぶの独立支援プログラムを終了し栽培技術をしっかり身につけた新農業者たち、そして彼らを応援する地元農家の人たちです。 地味豊かな野菜や農産加工品を、食卓にお届けしたい。そのためにわたしたちは、想いを込めて種をまき続けます。

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株式会社マイファーム HPより

株式会社マイファームは「自産自消」の理念を広めて、日本全体の「自産自消」を推進します。 マイファームが考える「自産自消」とは … 一般に「自産自消」とは文字通り「自分で作って、自分で食べる(消費する)」という意味です。
しかし、我々マイファームは自産自消という言葉はそれ以上の可能性を秘めていると考えています。 マイファームの考える自産自消とは結果ではなく一つの過程です。自産自消することがゴールではなく、自産自消してその先に見える「何か」。その「何か」を個々に思い、どう動くかが重要であると考えています。 例えば、マイファームの体験農園サービスをご利用されるとします。利用されるお客様は自分で畑を耕し、種を植え、そして作物が収穫出来るまで育て、収穫して自分たちで食べます。これが「自産自消」の過程です。 この過程の中で個々が何かに気づき、その「気づき」によって精神的にも、物質的にも豊かな暮らしを得ることが出来る。それが「自産自消」という言葉の無限の可能性です。

なぜ「自産自消」なのか … 店先で並んでいるきゅうりやトマト。とてもきれいでおいしそうだ。 でもこれってどうやって作られているんだろう?なぜみんな同じ形、同じ大きさなんだろう? 農薬を使って本当に大丈夫なの?本当に安心して食べられるものなの? 我々にはそんな疑問がいつもありました。 そこで「自分で作って自分で食べて、もっと知ろう」と思いました。 すると今まであったいろいろな疑問や不安が解決しました。なるほどきゅうりがすべて同じ形、大きさなのはこんな理由があったのか。 この「気づき」がマイファームの源です。 これからの未来のために、皆様にも知ってもらいたい。考えてもらいたい。 だからマイファームは「自産自消」を推進します。 農地は農地のままで残したい。 それがマイファームの願いです。

耕作放棄地のリサイクル … 農林水産省の統計によると全国の耕作されていない耕作放棄地は約40万ヘクタール。東京都の総面積の2倍と同じぐらいです。耕作放棄地になる理由は農家の体力の衰えや、後継ぎ問題など様々です。 マイファームはその余った土地を何とかして、農地のまま再利用したいと考えています。そこでマイファームは全国の耕作放棄地・休耕地の再生を呼びかけ、募り、有効利用を日々ご提案しています。

『日本の農ビジネス、成功へのターニングポイントは?』 -澤浦彰治49歳&西辻一真31歳-