世界に羽ばたく日本の食文化: 「和食のつぎは、和菓子でしょ。」

 アシスタントの青木恭子に頼んで、和菓子の海外進出について調べてもらっている。『日経MJ』に連載している「食のイノベーション」(4回終了)の続編(2回分)を依頼されているからだ。せっかくだから、この際、日本食(とくに和菓子)の海外進出について書いてみたいと思った。



 このテーマ(和食の世界制覇)について調べはじめる前にも、わたしなりにいくつかの仮説を持っていた。
 ところが、とんでもない。青木に文献と記事を検索してもらっていたら、どんどん新しい仮説が出てきた。リサーチはまだ途中段階ではあるが、原稿の締め切りは一週間先である。時間的な余裕もあるので、まずは自分の仮説と判明しつつある事実を順番に紹介してみたい。
 『日本でいちばん喜ばれているサービス:ホワイト企業8社の事例研究』の原稿締切(1月中にドラフト完成)に、”火がついている”というのに、「和食と和菓子のグローバリゼーション」についてこんな回り道をしていてよろしいのだろうか? そんなことを思いつつも、えーい、書いてしまえ。

 日本料理(和食)の国際的な普及について語る前に、学者らしく言葉の定義をしておく。

1 「和食」という言葉の定義

 昨年(2013年)12月に、「和食」(Washoku: Japanese Cousine)が「ユネスコの無形文化遺産」に登録された。農水省の公式HPによると、「和食」とは、日本人の伝統的な食文化のことで、「自然を尊ぶ」という日本人の気質に基づいた「食」に関する「習わし」を意味している。
 和食には、4つの特徴があるとされている。①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重、②栄養バランスに優れた健康的な食生活、③自然の美しさや季節の移ろいの表現、④正月などの年中行事との密接な関わり。要するに、日本の風土と生活習慣に根差した料理で、食材の鮮度と栄養のバランスに配慮した健康的な食事の体系のことである。
 ウイキペディア(日本版)を検索すると、「日本料理」と「和食」の定義は、微妙に異なっていることがわかる。「日本料理」は、貴族や武家など上流階級が食する高級料理のイメージ。厳密に言えば、食材の調理方法と食事の作法により区別される。それに対して、「和食」は、庶民の家庭料理を表わす言葉(明治維新以降に登場)とされる。
 ほぼ同義で用いられているが、日本料理(和食)は、文明開化で日本に入ってきた西洋料理(洋食)と対比される形で用いられる。外来の料理(洋食)に対して、在来の料理(和食)という位置づけである。その点でいえば、和食・洋食・中華(和洋中)という区別も明治維新以降になってからの表現である。
 したがって、広い言葉での定義は「日本食」である。つまり、いま日本で食べられている料理の総称で、お好み焼きなどの例外はあるが、ほとんどの日本食が、和洋中の分類で区分できる。分類学的な定義はここまでにしよう。

 
2 和食がグローバルが受け入れられた3つの要因
 
 「和食の海外への普及」に関して、その背景を簡単におさらいしておく。
 和食を代表する料理である寿司、天ぷら、うどんなどは、市場の拡大と産業のグローバル化が実態としてどんどん先に進んでいる。事実に関しては、わたしが付け加えることはほとんどないだろう。ただし、和食が世界を制覇できた要因を整理しておくことに価値はあるだろう。3つの要因を指摘しておきたい。
 和食がグローバルに受容されるようになったのは、第一に「健康的な料理」だからである。世界的な肥満人口の増加に対する解決方法は、食事と運動である。運動には大いなる努力の投入が必要である。「もっとおいしいものが食べたい”。でも、このウエイトはなんとかせねば」という欲求のコントロールはあるにせよ、食事の改善のほうが問題解決へのハードルは低い。和食は、絶対的に低カロリーである。
 二番目に、日本料理は「美味しい」からである。「割烹」という言葉は、「割主烹従(かっしゅほうじゅう)」に由来する。これは含蓄のある言葉で、包丁で「割く(切る)」ことが優先で、「烹る(火を使った料理、煮る、焼く)がそれに続くことを表している。日本人の食に対する基本的な考え方であり、食材を調理をするときの技術であり知恵であり作法である。つまり、素材の美味しさや鮮度を重視する思想の表れである。
 第3に、それと関連して、日本料理は「見た目に美しい」からである。寿司や天ぷら、すき焼きなどは、造形的にも色彩的にも美しい。外国人が言わせると、日本料理は芸術作品である。料理は舌で味わうだけではない。目でも食するから、食材の盛りつけや皿の形や絵柄も大切である。さらには、お箸やお膳、食卓やお座敷に至るまで、いわゆる食べる環境が食事の質に影響する。

3 いわんや和菓子おや(和菓子はいずれ世界に飛躍する)
 
 和食は、健康的で、美味しく、見た目にも美しい。だから、グローバルに受け入れられたのである。和食が世界を制覇できた3つの要素は、和菓子にも当てはまるはずである。このわたしの主張を、新聞記事や文献検索、ネットでの書き込みから明らかにする。もう結論は出てしまったようなものである。

(1)ヘルシー
 「タニタの摂取カロリー早見表」(オリジナルは女子栄養大学)からデータを引用してみる。
 以下の表は、代表的な和洋デザートのカロリーを比較したものである。わたしたちがよく食べている、和菓子と洋菓子の代表的な8アイテムを抜き出してみた。ただし、和菓子からは、「ところてん」(7Kcal)と「クリーム入りの2アイテム」(クリームぜんざいとクリームあんみつ:和洋折衷?)は除外してある。なお、摂取カロリー計算は一人分で、単位はKcalである。

 <洋菓子>
 かぼちゃのタルト  343 
 レアチーズケーキ  297 
 シュークリーム 209
 チーズケーキ  281 
 ショートケーキ  292
 ミルフィーユ  448
 ベリータルト  397
 チョコレートケーキ  352

 <和菓子>
 あんみつ  247
 みつ豆  189
 白玉あんみつ  260
 たいやき  211
 どらやき  256
 くずもち  184
 みたらし団子  118
 こしあんだ団子  131

 <解説>
 結果は明らかである。洋菓子は、209Kcal(シュークリーム)~448Kcal(ミルフィーユ)に分布している。200Kcal以下のデザートはひとつもない。一食の平均は、300~350Kcalになるだろう。これに対して、和菓子のデザートは、118Kcal(みたらし団子)~260Kcal(白玉あんみつ)に散らばっている。一個のカロリーが300Kcalを超えるものはひとつもない。一回平均は、180Kcal程度である。
 この計算には、脂肪分のデータが含まれていない。肥満の原因は、過剰な脂肪分の摂取である。詳しいデータ(栄養に関するサイトで入手可能)は省略するが、以下の事実を知るだけで十分だろう。
 わたしの大好物の「最中」は、ほとんど脂肪分を含んでいない。それに対して、ショートケーキを一個たべてしまうと、100グラムに当たり、一日に必要な脂肪分の32%と25%のコレステロールを摂取してしまう。甘味がほしくて、なお太りたくないならば、和菓子なのである。

(2)おいしい
 約30年前の個人的な体験である。カリフォルニアに住んでいたころ、わが家でパーティーに招待しても、外国人(スゥエーデンからインドまで多様でした)は、和菓子(羊羹やカステラの類)には見向きにしなかった。そこはサンフランシスコ郊外で、西海岸の先進的な場所だったので、米国人もようやく寿司を口に運ぶことに抵抗がなくなっていたころである。当時でも和菓子を普通の食べ物としてみていたのは、中国人(台湾人)と韓国人だけだった。
 ところが、10年前にバークレイを再訪したときのこと。かつての日本人の友人(わたしと同世代の女性)が、アメリカ人を相手に「和菓子の教室」をはじめていた。お琴やお茶の教授とともに「和(風)菓子」のレッスンがけっこう盛況だった。むかしは、”もちもちした感じ”(Sticky)がして、和菓子は受け入れてもらえなかったのだが。
 和菓子にとって、味覚的な「革命」が起きていたのである。見た目がきれいで、ヘルシーさが受けたのと同時に、米国人の味覚(舌)が変わってきているのだと思った。和食が一般化してきていたが、そのときのわたしは、「いつか和菓子も絶対に行けるぞ!」と直感した。

 さらに10年が経過して、和菓子や日本発のスナック洋菓子(きのこの山やポッキーなど)に対する米国人の反応が変わってきている。その証拠については、スナック菓子に対する彼女たちの驚きの反応を紹介する。

 【ポッキー】(翻訳サイトから抜粋)
 「漫画に出てくる美味しい日本のおやつ」(フロリダ州)評価:★★★★★
  ポッキーにはシンプルな楽しさがあります。私がこのおやつを初めて見つけたのはアニメコンベンションの会場でした(もちろん、以前に聞いたことや、漫画のキャラクターが食べているのを見たことはありましたけど)。すごーくスリムなビスケット風のスティックになっていて(味はアイスクリームを盛るコーンとプレッツェルの中間といったところです)、食べるとカリッと小さな可愛らしい音がします。
  チョコは苦くなく、わかりにくい味でもなく、一般的にみんなが喜ぶおいしいチョコレートの味ですね。コンベンション会場でも飛ぶように売れていましたよ。ただ、個人的にはイチゴ味のポッキーの方が好きでした。まるでストロベリーアイスクリームのようで、あれは美味しいなと思いましたよ。(中略)
 とにかく、あなたがマンガやアニメでキュートな日本の少女が少しずつかじっている細い棒状のおやつを見たことがあるなら、それがこのポッキーです。楽しいおやつですよ。
 
 【きのこの山】
  「イケてるおやつ!」 女性(オレゴン州) 評価:★★★★★
 私はアメリカの大学に通っているんですが、学内のお店でこれが売っていたんです。買ったときにはこれが何なのか分かってなかったんですよ。あとで、裏側に「チョコレート」と書かれていること、さらに、これが日本製であることに気づいてビックリしましたね。
 ただ、寮の部屋に戻ってこれを食べ始めたんですが、もう止まらなくなってしまいました!チョコレート部分は私がこれまで食べたチョコレートのどれにも似ていない感じで、クラッカー部分だっておいしい!
 食べるのをストップするには、けっこうな意志の力が必要でした。そのくらい美味しかったんです! 家に戻ってからも、地元の店で買えると良いんですけどね。どうか、私の依存症が無事に続けられますように…。

 このサイトでは、こうした反応が延々と続いている。 
 漫画やアニメの普及、米国人の生活に和食が広がったことも大きいだろう。何人かは日本で生活したり、旅行で和菓子や和スナックを発見している。アマゾンでも入手可能だそうだ。オレゴンの学内(コンビニ売店?)など、意外なところで購入されていることがわかる。
 アジア諸国のコンビニでは、グリコの「ポッキー」やカルビーの「ポテチ」や「かっぱえびせん」は定番棚にふつうに並んでいる。同じく、ハイパーマーケットや百貨店では、ドラえもんのどら焼きが置いてある。
  
(3)見た目にきれい
 この点に関しての説明は不要だろう。先に引用した米国のお菓子評価サイトでは、とにかく日本のスナック菓子(チョコレート系)の「キュート」な形がバカ受けしている。
 日本のお菓子メーカーの製造現場を想像してしまう。彼らは、自動車や精密な電子部品を組み立てるように、お菓子の製造工程に工夫を凝らしているのだろう。だから、クッキーとチョコレートとミルクを微妙に組わせて、お菓子をザインする製造を難なく難なく開発してしまう。
 素材の良さを生かして、同時においしさも追及する。日本の食品メーカーの開発技術は、江戸時代から綿々と続いてきた和菓子の伝統に立脚しているはずである。極論すると、味噌・醤油・清酒の醸造製造や、漆器や陶磁器を製造する技術を応用しているだろう。
 食材の加工技術が、日本の食品メーカー(人材)にふつうに存在していたのだろう。伝統的な製造技術が、和食や和菓子の造形美を生み出していると推測できる。この芸術的な感覚を世界が受け入れるようになった。それは、ジブリが受け入れられるのと同等な現象である。

4 どんな伝統・和菓子が輸出されているのか?
 
 これまでは、日本発のスナック菓子の海外での評価を話題にしてきた。高い評価を受けていることはわかったが、それでは、あんみつやどらやきや羊羹などの伝統的な和菓子の中では、どのようなブランドやカテゴリーのものが輸出されているのだろうか?
 
 「日本菓子協会」の統計データが存在している。事例としていくつかを紹介することにする。
 それでは、つづきはまた明日に。