友人の起業家(ベンチャー経営者)で、自らが立ち上げた事業を売却する事例が頻発している。起業のEXIT(出口)の選択肢として、IPO(株式公開)ではなく、「事業の売却」を選ぶケースが増えている。たとえば、法政大学IM研究科で客員教授をお願いしている杉本哲哉社長(マクロミル)は、一昨日、TOB(株式公開買い付け)に応じると発表した。
マクロミルの場合はすでに株式を公開している。TOBが成立すると、上場株は非公開になる。杉本さんの立場からすれば、実質的には事業売却と同じである。
前の月には、同じくIM研究科客員教授の志村なるみさん(ABCホールディングス取締役)が、ご夫婦で創業したABCクッキングスタジオの事業を「ドコモに売却」とマスコミで発表している。「起業したファミリーが持ち株を売却」と報道されているが、こちらは事実のほどは不明である。
2012年には、有機・自然農産物に宅配会社「らでぃっしゅぼーや」が、同じくMBO後の事業売却でドコモの傘下に入った。創業者のひとりである徳江倫明さんとは、15年来の友人である。いまも公開講座(@法政大学大学院)を共同で運営している。
花業界では、フラワーショップ(+ブライダル事業)の「プレジュール(店舗ブランド名)」(現在の社名は、「リンクフローリスト」)が酒卸店チェーン「カクヤス」の傘下に入った(2011年10月)。
ほぼ同じ時期に、同じく、長澤社長が経営しているギフトフラワーの「ウエルネス」が、自然食品系宅配会社の「オイシックス」に自社のギフト事業を売却している。
マクロミルやプレジュールは、創業から20年以下だが、らでぃしゅぼーややウエルネスは、起業から数えれば20年以上が経過している。わたしは、当初、経営者たちはそう簡単に売却することはないだろうと思っていた。しかし、それぞれに事情があってのことなのだろう。
ベンチャー企業の創業者たちが、起業の努力とビジネスの才覚をお金に換える(EXIT)ための方法は、IPO(株式公開0)であり、それしかないと一時期は思われていたところがある。ところが、一連の事業売却の事例を見ていると、最終的な出口はいろいろなのだということがわかる。多様な選択肢の中に「事業売却」があり、有望な選択肢のひとつとしてクローズアップされている様子が見てとれる。
実は、海外のファミリービジネスなどをみていると、事業の売却はごくふつうになされている。とくに、日本から見て「伝統的」と思われている欧州市場においてその傾向が強い。百年企業(オランダの「ROYAL企業」)であっても、後継者に恵まれない場合や、さらなる成長機会を追求しにくいと経営者が判断した場合など、事情はさまざまである。
そうかと思えば、いったん売却した事業を、ファンドなどを使って元の経営陣が買い戻す場合もある。ナイーブでストイックな日本人のベンチャー気質とはちがって、欧米企業社会は”なんでもあり”の世界である。
ところで、来月1月に、『成功と挫折、そして再チャレンジ:若い起業家がつまづきやすい7つの理由(仮)』という本がインプレスから発売になる(小川が「推薦の言葉」を書いています。是非ともご一読を!)。著者の平石郁生さんは、IM研究科の講師である。著書の中では、自らの体験を踏まえて「(起業の)出口戦略としての事業売却」について述べている。
そのエッセンスは、海外の家族経営ビジネスで起こっていることが、将来は日本でも起ってくるだろうという予測である。自らもそうであったように、ベンチャー起業家にとって出口の選択幅が広がれば、起業に身を投じやすくなる。そうした環境ができれば、結果として、ポテンシャルの高い若者が起業のリスクを取りやすくなる。
新規に創業する人材とアイデアが集まらないと、社会は活性化しない。創業率を高めるためにも、出口とそのスケールが多様になることは望ましいことだ。わたしもそのように感じる。そうなってくれないと、組織の階段を昇っていくことだけを考える、サラリーマンばかりの世界になる。それでは、人生がどうにもおもしろくない。