「飢餓マーケティング」という言葉があるらしい。商品の店頭在庫を払底させて、消費者の飢餓感をあおるマーケティング手法である。昨日の夕方、日経MJの記者から連絡があった。「メーカー各社のヒット商品が品切れを起こしている。記事にしたいのだが、その理由について先生からコメントがほしい」。
記事は来週水曜日の掲載だという。急いでいるらしい。正直にいえば、ちょっと面倒くさかったのだが、日経の編集部には、「ヒット商品塾」(連載)や「今を読み解く」(日経本紙の書評欄)でお世話になっている。夕方6時に別件で面談があった。研究室に居残って記者を待つことにした。
持参して来た資料(記事原稿)には、サントリーの「 伊右衛門 特保茶」、明治の「大人のキノコの山、大人のたけのこの里」、カゴメの「かけるトマト」が事例として挙げられていた。カゴメの件は輸入商材でやや特殊なケースだが、あとの二件は国内供給だから、売り切れても簡単に追加生産できそうなものだ。それでも、自販機やコンビニの棚には「品切れ」の紙が貼られている。
サントリーの場合は、最近になってヒット商品の品切れを頻発させている。もしかすると、これは”意図的なのではないか?”という疑いである。明治のビター・チョコのケースは、30代の女性を狙った商品だった。それが、50代・60代のシニア層が買ってくれて品切れになったらしい。コンビニでは商品が足りなくなっている。
後者の場合(明治の大人のキノコ)は、ふたつの理由があったように思う。立てた仮説は以下のようなものである。
3.11以降、コンビニのメイン顧客が、若者とシニアで半々になっている。だから、30代の女性を狙ったとしても、結果として、たくさん来店してくれている”甘い物好きのシニア”が商品を買ってくれる可能性があった。
加えて、「キノコの山」は、明治のロングセラーブランドである。発売時期はわからないが、わたしのような60代前半のシニア層でも、子供のころからなじみのある商品である。しかも、ネーミングで訴えているのが、大人=シニアである(笑)。単純に、来店している顧客の多数が目に触れた商品は売れる可能性が高い。
前者の場合(サントリー特保茶)は、微妙である。実は、わたし自身、伊右衛門の特保茶は飲んだことがな。しかし、驚くべきことに、ゼミ生が多数、特茶・伊右衛門を飲んでいる現場を見ている。「こんな高いのに(178円!)、癖になって買ってしまうんです」(男子学生)。
サントリー食品が需要予測を間違えたとは思えないが、供給が追い付いていない。訴求がうまかったのだろう。キリン・メッツコーラの事例もある。成功の予感はあったはずだ。
さて、結論である。明治とサントリーのケースではやや状況がちがうようだが、共通しているのは、流通のバイイングパワーのへの対応である。メーカーの新商品供給戦略に変化が見えてきているという視点である。
コンビニやスーパーでは、メーカーが新製品を出しても、売れなければ数週間で商品マスターから消されてしまう。新製品が売れないリスクはますます高まっている。従来は、販売不振のリスクが高くても、小売りの棚を確保するために品不足に備えて、メーカーは生産ラインの余力を新製品に向けていた。在庫も余分に抱えていたはずである。
ところが、そうした過剰生産能力と余分な在庫を保有することは、割に合わなくなってきている。大手メーカーは、とくに新製品がニッチな派生商品(明治やカゴメのケース)の場合、確実に売れる分しか数量を確保しない。売れない場合は、廃棄に回ってしまうからである。
考えてみるとよい。こうした事例(「品切れごめん!」)は、女性用のカジュアル衣料品ではかなり前から見られた現象である。たとえば、ファッションセンターしまむらやハニーズ、ローリーズファームなどでは、1SKU(モデル)で、1000以下の数量しか発注しない。売り知れても、原則的に追加発注をしないのである。
食品業界でも、この現象が始まったのだと考えてみたらどうだろうか? これは、メーカーにとっての自己防衛策でもある。たまたま爆発的に売れたら、メディアが「売れているので品切れになってます!」と勝手に宣伝してくれる。本当に人気がある商品なら、消費者は待ってくれるはず。ゆくりと生産を再開すればよい。
マーケティング理論では、「チャンス(ロス)を逃すな」と教えてきた。欠品はNGだと恐れてきた。しかし、そろそろこの風潮には風穴が空き始めている。旬のものやご当地限定品は、品数が一定数しかないから価値がある。
「消費者のわがままに、徹底的に付き合うことはもうやめようぜ」という声が聞こえてくる。その方が、消費者もブランド価値や商品のありがたみを実感できるだろう。そんな風に、マーケティングが変わっていきそうな気配をわたしは感じている。