日経本紙やMJで、イオンの専門店業態の記事が頻繁に出ている。ダイヤモンドフリードマン社の千田編集長にたずねたところ、グループとしては2009年から取り組みがはじまった事業らしい。自転車店とリカーショップのことは知っていたが、花店の実験はごく最近のことである。
現在、イオンの板橋と一店舗(路面店)の展開である。現場を見ていないので、内容的なコメントはできない。それにしても、最近の動きを見ていると、GMSとしての事業展開で、IYグループとイオンは対照的である。
アジア展開などについて、イオングループはビジネスメディアにかなり意識的に露出を高めている。セブン&アイGは、深く静かに潜航している感じがある。IYのフード事業に関して、大久保恒夫社長の動向など、わたしの周辺には伝わってこない。
イオンが専門店業態の開発に積極的な理由は、3つであると考える。
第一に、いまのイオンの収益源は、不動産部門の運営からの収入が主である。この部分を除くと、全体の売上規模こそ大きいが、スーパーマーケット事業やその他業態からの収益はそれほど大きくはない。日経MJに特集されていた海外事業も、遠い将来は別にして、現状ではグループの収益に大きく貢献するまでは時間がかかりそうだ。
第二に、食品スーパーの事業統合で集約されたPB商品群(トップバリュ)の競争力に陰りが見えていることである。セブン&アイやその他の競合となる近接業態(ホームセンター、ドラッグを含む)のPBより先行してはじまったのだが、トップバリュの圧倒的な優位性は消えかけている。各社のPBブランドも、それなりの品質の水準になってきている。したがって、PB以外に独自性のある何かをこの先は必要としている。
第3に、小売り業態としてのGMSは、ライフサイクルの最終段階を迎えようとしている。従来型のGMSは、現時点では衰退業態である。転換期を迎えているのだが、郊外に展開している近隣型SCの中核店舗はいまだ大きな資産ではある。国内数百か所に有利な不動産(商圏)を構えている大企業としては、競争力を失いかけている中核売り場を何らかの形で立て直したいと考えるだろう。そして、再編集する価値はある。
そこに登場してきたのが、「強い専門店業態を開発する」という事業の方向性である。それも、あるレベルの収益力と強力なブランド構築を考えると、行きつく先は、垂直統合型(SPA型)の専門店を開発するとことになる。そのこと自体は、自然な展開である。
ただし、この事業が本当に実現できるかどうかは別の話である。GMSと食品SM業態で50年以上の歴史を持つ名門企業が、別の側面(知識、ノウハウ、ネットワーク)で、専門性をもった人材を有しているかどうか。おそらくは、スカウト人事で人材を集めてくることになるだろう。
最初に取り上げた花の専門店(部門)に関しては、現有社員では能力を埋めることができなかったようだ。企業名を上げることは差し控えるが、ある大手小売業の関連部門からの引き抜きである。内部ではなく、外部からのスカウト人事と提携先との取り組みで、新しい花の専門店業態は動いている。
既存の広い売り場(元GMS)を専門店群で埋めるには、10程度の専門店業態を持つことが必要になる。実現のヒントは、かつて郊外に展開しはじめたころのホームセンターにあるように思う。
30~40年前(1970年代)、日本のホームセンターの草創期を思い出してみてほしい。郊外に出店したDIY店は、都市部の専門小売り店(あるいは、百貨店の売り場)に置いておいても儲からなくなった商品群(重量のあるもの、かさばる商品など)を、地価の安い郊外型店に集結させた。それが当時のHCだった。
一見して収益性が低そうな商品でも、地価の安い郊外の店ならば、そこそこに収益性のある商品に育った。その後に成長をはじめたドラッグストア業態も同様だった。
ホームセンターの例でいえば、金物や家庭用品、自転車・カー用品、収納用品や建築資材、植木やプランターなどの花き類を取り扱ったのである。これらのカテゴリーは、都市部や地方の駅前商店街に残っていた専門店が担っていた商品群である。
イオンの取り組みは、その意味では、専門小売業の「先祖がえり」と言えないこともない。ただし、30年前との大きな違いは、垂直統合によってスケールメリットを生かした企業体を作ることが求められていることである。そうでなければ、チェーン小売業がいったん捨てたはずの商品カテゴリーを扱う意味がない。
商品開発段階から最終の販売まで、中間マージンを圧縮して、なおかつ魅力的でこれまでにない商品群を構成していく。単なる仕入れによる調達で、専門店業態は創りえない。
成功の要件は、したがって、SPA型の小売チェーンがここ十数年で積み上げてきた専門店チェーン運営のノウハウを、GMSの遺伝子を引き継いでいるイオンが創造できるかどうかに掛かっている。また、そのような人材を外部から獲得できるかポイントになる。
新業態の中核となる人材の獲得を、人材紹介会社に依存しているようでは先が見えている。イオン本体の経営幹部が、核となる人物を「膝詰め談判」で引き抜いて来れないようでは、そもそも業態開発の具体的なシナリオが描けないだろう。
いま現在、すでに専門店業態を展開しているチェーンとの戦いもある。全国に多くのSCを展開しているグループ企業としての優越性は、この場合は必ずしもメリットにはならない。むしろ、独立したチェーンとしての自立性が求められる。過去の経営資産は、現有の不動産(商圏立地)を除くと意味がないのである。
となると、GMSから出発したイオングループの優位性は、他企業と比べて圧倒的に高いとは言えないことになる。むしろ、将来の市場の姿が読めて、小売業としての事業戦略の構築ができるトップの考え方が鍵になる。
だれが この戦略を主導するのだろうか? 全体の指揮を執るのは、やはり岡田会長ご本人なのだろうか?あるいは、新たにスカウトしてきた人材が事業の方向性を決めるのだろうか。専門店チェーンを運営している起業家たちの知識ネットワークの差は、現状でもかなり大きいと見える。
専門店化事業の行く末には、ひとりの研究者として興味が尽きない。