フランスに戻ってニースに一晩、滞在している。ちょうどよい乗り継ぎ便がないからである。この3日間で、ヨーロッパを代表する3つの育種会社を訪問した。めずらしいツアー企画である。フランスのメイアン社とビアンチェリ社、イタリアはノビオ社である。
この3社は、いずれもバラ、ラナンキュラス、カーネーションの分野で、世界市場の約3割を供給している優良企業である。ともに、南仏イタリア国境に近い、温暖な地中海北岸に位置している。バラとカーネーションは在来種ではないが、ラナンキュラスは、地中海沿岸原産の球根植物である。南欧の生活文化と温暖で乾いた気候が、種子と球根を育んできたと言えるだろう。この地域には、調和より独自性を重んじる文化である。
ただし、各社の歴史にはかなり違いがある。メイアン社は約100年の歴史をもっている。バラの会社としては、知らない人はいない名門企業である。いまは、5代目アラン・メイアンが会社を経営している。われわれを案内をしてくれたのは、若い6代目のマチィアス・メイアンであった。アランと2人のブリーダーがすべてを決めている。育種の基本は、専門性と遺伝資源とイマジネーション(想像力)からなる。香り、花色、形状の3項目が、選抜の基準で、これに、生産性と独自性を加味して、99%の種をスクリーニングにかける。世界中でバラは栽培されている。とくに近年は、アフリカ(ケニア、エクアドル)や中南米(コロンビア、エクアドル)に産地が移動している。だから、新品種の栽培適性は、新しい産地での適性を見る必要がある。メイアンも、ケニアに自社農場を持っている(二年前のツアーで視察ずみ)。日本は、京成バラ園芸がメイアンの提携先である。知的財産権(種苗権)の保護が大切なので、長期間にわたる信頼性構築が問題になる。知財の保護無しのリサーチ(育種)は考えられない、とマチィアスは強調していた。
3社ともに、育種現場を見せることに対しては、かなりオープンであるとの印象を受けた。簡単にコピーして、技術や育種アイデアを盗めないとの自信の現れだろうか。それとも、京成バラ園さんのおかげで、われわれ日本人は信頼されているからだろうか。育種のしごとは、アートとサイエンスのミックスである。これは、わたしたち大学の研究者のしごとについても言える。システマチックに確率論で決まる部分もあるが、最も大切なのは、一瞬のひらめきであり、イマジネーションである。さらには、でたらめな運ではなく、構想力によってプロセスはコントロールされている。
残りの二社においても、育種の基本は同様だった。ちがいは、品目の特性と目的の設定のちがいである。ノビオとビアンチェリについては、帰国後に紹介する。