「ビジネスフォーラム」から講演の依頼をいただいた。7月中のどこかの週で、小売業の経営者向けのセミナーで、基調講演を依頼されたらしい。わたしが会議中に、秘書の福尾が電話で受けた依頼案件である。田中さんという方だった。朝方に自宅のPCでメールを開いたら、正式な依頼状がメールに送付されてきていた。
依頼状には、セミナー企画会社の共通フォーマットというものがある。おおよそ、時候の挨拶に始まって、依頼の内容や、わたしに白羽の矢を立てた経緯などの説明があり、最後に付け足しで「是非、先生の御高説を伺いたいと思います」など、とってつけたような美辞麗句が続くものである。別紙で、企画書(講演内容、日時、場所、講演料)が添付してあるのがふつうである。
ところが、今回の依頼状には、”おやっ”と思うところがあった。担当の田中さんという方から送られてきた依頼状が、手書きだったからである。もちろん電子メールで送られてきたものだから、手書きした依頼文を、いったんPDFファイルに変換してからメールに添付したものである。
これが、ふつうに郵便で送られてきたものならば、あまり驚くことはなかっただろう。「筆跡がきれいだな。どんなひとなのだろう」くらいの感じで終わっただろう。
長い間、たくさんの講演依頼状を受け取ってきたが、今回のような手書きの電子ファイルははじめてある。印象的だったのは、縦書きで文章が流暢で達筆だったことである。手触り感があるのだが、それが電子的に送られて来ても、オリジナルの手触り感が残っているところに感動してしまった。
常識は疑ってかかるべきである。電子的な手続きで送られてきたものと比べて、郵送(紙ベース)のほうが圧倒的に人間臭くて(ヒューマンタッチ)で有利だと思い込んでいた。そんなことはないのである。少なくともわたしは、今回は思い込み=通念を覆されてしまった。
即決で、講演依頼を受諾することにした。そのうえにである。田中さんは、わたしの個人ブログを約一か月分、きちんと読んでから講演を依頼してきていた。それがわかる文章になっているのである。
こうした仕事の仕方は、秘書業務を担当している一般の方が、どなたかに依頼文を書くときの作法として参考になるだろう。電子メールが全盛のいまだからこそ、ケイ線の入った縦書きの便せんに、手書きで依頼文を作ってみるセンスは多くの人が学ぶことができる。
わたしのブログには、写真が添付できない(できないのではなく、テキストだけで表現するという制約を自分に課しているから、写真は使わない!)。オリジナルが手書きなので、メールそのものを紹介できないのが残念である。
もっとも、横書きのブログに、縦書きの手紙をそのまま活字で紹介しても、なんのおもしろみも情緒もないだろう。いつの日にか、黒の万年筆で縦書きで書いた手紙を、そのままにメールとして送れる日は来るのだろうか? そんな日が近いうちに来るような気もする。