タイムは1時間44分38秒(ネットタイムは、1時間44分34秒)。男子60歳代209人中の50位である。4年ぶりで1時間45分を切ることができた。毎週のレース参加が練習になっている。良い兆候は、後半でペースが上がることだ。今日のラスト1.1KMは、5分28秒だった。
過去のハーフマラソンの記録を検索してみたら、
2008年の参加大会では、
2月11日 出雲くにびきマラソン(ハーフ) 1:42:50
2月17日 平塚ハーフ 1:44:20
となっていた。ハーフマラソンで1時間44分台は、4年ぶりの快挙である。この年は、パリマラソンも走っていた。凱旋門からシャンゼリゼ通りを抜けて帰ってくるコースは、4時間3分で完走した。
その前年(2007年)の「つくばマラソン」は、3時間57分11秒(ネットタイム)で自己ベストを記録している。運気上昇、絶好調になる予感がする。走った距離は裏切らない。
さて、行田の鉄剣マラソンは、はじめての参加だった。青空のもとで、ここはかなりのお勧めコースである。こんもりと盛り土をした「さきたま古墳群」のなかを、約4000人ランナーたちが優雅に走る。
10Kとハーフのゴールがある古代蓮がある「蓮の里公園」には、背の高い「火の見やぐら」が起立している。頂上まで昇ると、田園風景が見えて眺望がすばらしいらしい。大会実行委員会から紹介があったので、これは伝聞ではあるが。
このレースで、東京マラソン以来、7週間連続で公式レースに参加している。連続出場が途切れそうでいて、なかなか途切れていない。来週(4月8日)は、「第8回 笛吹市桃の里マラソン(20.5km)」である。前泊(土曜日)をどうしようかと思案中である。車で行かざるをえないが、前夜は、大学院でオリエンテーションに個人面談、そして新入生歓迎の懇親会がある。
そういえば、先週の記録結果を報告をしていなかったような気がする。
3月25日「第21回 上里町乾武マラソン(ハーフ 男子50歳以上)」のタイムは、1時間48分17秒だった。しだいに記録がよくなっている。
先週に関していえば、コースがふきっさらしの河川敷の堤の上で、ずいぶん体が風にもっていかれた。それでも、記録はそれほど悪くない。それが、本日の結果につながっている。
昨日は、新宿の(小田急)ハイアットリージェンシーで、元常務理事の堀江拓充教授の退職祝いパーティーがあった。堀江理事の在任期間(2002~2007年)当時の学部長、常務理事の経験者がほとんど集まっていた。同窓会さながらの様子だった。
大学改革を推進していた真っ只中にあっては、それぞれが苦々しい思いを経験したはずである。だが、対立や抗議や無念の思い出を述べる人は誰もいない。当時は、非難の対象になっていた堀江先生の頑固さも、会場のスピーチでは笑いを誘っていた。楽しい思い出とともに、一次会、二次会が終わった。
堀江先生の退職で、法政大学のひとつの時代が終わったような気がする。お別れの挨拶で、堀江先生は、大学の行く末を心配されていた。大学改革が4年前にとん挫してしまったことを、心からご心配されての発言である。
その後、選挙で選ばれた理事会からは、新しい試みは何ひとつ出てきていない。だから、法政大学がメディアで脚光を浴びることがいまやほとんどない。現在の大学教職員は、それでもよいと考えている雰囲気がある。入学試験をすれば、受験生はそこそこ集まってくるからである。
しかし、5年先にも安泰だと思っている教職員は、ほとんどいないだろう。改革が止ってしまえば、終わりである。企業社会だけでなく、大学をとりまく環境もきびしさを増している。経営感覚が必要なのだが、法政大学に限らず、日本の大手私立大学は、自由選挙制度の中で理事や総長を選んでいる。
牧歌的な時代はそれでもよかったのだろうが、教育現場にもグローバルな競争の波が押し寄せている。これまでのように、従業員が経営者を選ぶ組織では、有能で厳格な経営者が学長や理事長には選ばれようがない。ポピュリズム(多数の集票による選挙制度)ではきびしい経営などできない。
結果は、近々に訪れる大学の財政破たんである。教職員の給与をカットしないと、もはや経営が維持できない。赤字に転落すれば、繰り入れるお金がなくなってしまうだろうから、大学独自の年金制度は破たんする。大手私大の教職員の一部は、いずれ路頭に迷うことになるだろう。
ギリシャやイタリア、かつてのJALになる日は、案外とそこまで来ているのかもしれない。自分たちの将来の給与や年金支払いなどは当てにならない。懸命な教職員は、個人的に準備を始めている。そうなのだ。このところ、早期退職を希望する教職員が急増している。
大学の経営が破たんしたなら、退職金は一銭も出なくなることを知っての行動と勘繰りたくなるほどである。割増退職金をもらって(H大学の場合は、約50%割増がつく!)、この組織を早期に離れる教職員が増えているのだ。
「沈みそうな船」から逃げていく教職員を、これまでもたくさん見てきた。その行動は、一見して合理的に思えたものだ。しかし、逃げて行く先も似たようなものだ。そう思って、苦笑いをしている。
自分はどうだろうか? 沈むことがほぼ確実な船に、それでも最後まで残るだろう。36年間お世話になった大学に対する愛校心と、いまだかすかに残っている希望と、良心的な仲間たちだけが頼りである。いまは、経営破綻後のシナリオと再生までの処方箋を密かに描いている。