下町の隠れ家「れんこん」@上野アメ横

 いただいた名刺を頼りに、ホームページ(kei-planning)を開くと「下町の隠れ家 れんこん」とあった。(有)ケイ企画は、店主の菅谷桂子さんのイニシャル「K」から来た社名であろう。その下には、「都会の喧騒の中に、木の温もり漂う…」という文言が続く。

 カインズの上野営業所での打ち合わせが終わった。その後の相談もあるので、院生の川村和宏君と上野近辺で食事をしていくことにした。わたしも、5日間は独身である。
 しばらく上野には来ていない。足しげく通った大学院生の時からは35年の月日が流れている。湯島の坂を下った御徒町寄りの道路沿いに、「かつ進」(串揚げ)や「しんすけ」(居酒屋)などがあった。赤羽で塾の教師をしていたから、帰りにしばしば立ち寄ったものだ。あれから35年。もうなじみの店はどこにも残っていない。
 飯田橋在住で独身の川村君のことを考えて、神楽坂のどこかの店まで足を延ばすことも考えてみた。しかし、やや肌寒い。秋葉原まで出て、総武線の電車に乗り継ぐのはめんどうくさくなった。
 ここは、川村君のお店選びにかけてみることにした。アメ横で小路を少し入ったところに、日本酒と和牛のおいしい店があるという。
 駆け足でアメ横の中通りを抜けて、ひとつ道を外れたわき道に、「飴家」という看板を見つけた。タンしゃぶ、もつ鍋、和牛料理とある。和牛料理&和酒300種。カインズの田辺部長と、先ほど「日本酒NXプロジェクト」の打ち合わせをしたばかりだ。事後打ち合わせにぴったりのコンセプトの店だった。
 
 ところが、もつ鍋の店は、あいにく満杯である。わたしたちが、「残念、がっかり」という顔をしていたのだろう。店員の若者が、「姉妹店が隣にありますが」とわれわれを一軒おいて隣の「れんこん」まで連れて行ってくれた。混んではいるが、ちょうど二組、お客が立ったばかりだった。
 蓮根料理と季節料理の店。店名からして、「れんこん料理」が売りの店のようだ。日本酒が豊富に品ぞろえされている。姉妹店だから、「飴家」(アメ横の「あめ」から借用した洒落なのだろう)と同じくらいに、和酒の種類がたくさんある。
 カウンターが空いている。川村君と板前さんの真ん前に腰かける。目の前の冷蔵ケースに横たわっているブリとタイがおいしそうだ。レンコンを頼む前に、おさしみの盛り合わせを指定した。ビールは、プレミアムモルツ、日本酒は、まずは山田錦だ(打ち合わせの酒リストにあった!)。
 店員はみな親切だった。気が利いていて、接客サービスの仕方がよく訓練されている。手際よく、コートとバッグを受け取ってくれた。

 メニュー表(『れんこん屋の名物れんこん料理』)から、店員さんに奨められて3品を選んでみた。
  ・れんこんのはさみ揚げ  530円(税込)
  ・れんこん焼き  450円(税込)
  ・からししれんこん  480円(税込)

 次回に食べたいと思った料理のは、
  ・れんこんコロッケ  630円(税込)
  ・れんこんと帆立の蒸し真丈  520円(税込)
  ・れんこん餅とあんこのミルフィーユ  420円(税込)

 丸いセルロイドのメガネをかけた背の小さな女性が、店内をいそいそと歩き回っている。客の注文取りをしているのだが、ふつうの店員さんとは動き方がちがっている。
 「川村君、あの女性は経営者だよ。聞いてごらん」とわたしは彼に予言した。
 その女性に聞いてみると、わが予言は正解だった。飴家とれんこん以外に、上野のホテルパークサイド内に「天ぷら ころも」と、麻布十番には「一炉一会」という炉端焼きの店を持っている。オーナー経営者である。一見して、アルバイトのおばさんにしか見えない女性を、どうして「店主」であるとわたしが見破ったのかを、川村君は不思議がった。
 客席の間を歩くいている姿を見ていると、絶対にわかるのだ。どんな店でも、オーナーは、目線と体の動きがちがう。店主は、客と料理と従業員の3つを同時に見ている。店長やアルバイトとは違うのだ。ご主人ならば、存在そのものが店に溶け込んでいるはずである。

 ひとしきり、店内を忙しく動き回っているご主人(女性)を捕まえて、店と料理のことをたずねた。14年前に「れんこん」を、9年前に「飴家」を、昨年は、息子さんの麻布十番の炉端焼きの店をはじめた。息子さんは31歳だという。5年ごとに一店ずつ、着実に数を増やしてきた。
 この店は、HPの紹介によれば、「150年前の南部地方の古材を用い建てられた一軒家のお店」とあった。お料理は、「和を基本とし、旬の素材を生かしたお料理 れんこん料理とオリジナル惣菜」。
 「れんこん」という店名は、不忍池の名物「蓮根」(れんこん)に由来している。飴家の洒落に通じるものがある。言うまでもないが、麻布十番の「一炉一会」も、「一期一会」のもじりである。
 
 おいしく食べて飲んで、お勘定は約8千円。明日から八ヶ岳のふもとで3日間、学部ゼミの春合宿である。遅くならないうちに、れんこん料理の店を出た。
 若い女性従業員さんが、出口のドアまで我々二人を見送りに出てくれた。女主人にどことなく似ている。
 「娘さんですか?」とわたし。「ええ、義理の娘です」とその女性。わたしは素早く、「お名刺をいただけます?」
 名刺には、「部長 菅谷睦子 ㈲ケイ企画」とある。お母様の名前は、菅谷桂子。ご主人(桂子さんのご子息)は、菅谷潤さん。わたしも、大学院教授の名刺を渡した。
 すると、びっくり、ご主人の潤さんは、法政大学経営学部卒業の31歳。もしかして、わたしの「マーケティング論」を受講している可能生がある。菅谷さんが在学していたころ、わたしは経営学部長だった。
 菅谷さんとは、きっとご縁があるのかもしれない。4店舗全部の名刺をいただくことになった。いつか、近いうちに、麻布十番の店を覗いてみよう。

 「れんこん」の紹介記事(HP)の最後には、短いフレーズが載っていた。
 「お好みのお酒と種類豊富な酒肴で 至福の時間をお過ごしください」。
 たしかに、至福の時間と新しい出会いがあった。新年度でプロジェクトがはじまったばかりの川村君にとっても、3月28日は、ゲンのいい日だった。