ふたつのビジネス・コミュニケーションのスタイル: 自己顕示型と隠密行動型

 ビジネスをする上で、自分の存在が世間によく知られていることがいつでも有利に働くわけではない。認知率が高いことが、不利になる場合があるのだ。なるべく目立たないように事業を組み立てるコミュニケーション方式を、わたしは「隠密行動型」の経営スタイルと呼んでいる。


 
 商品ブランド名や企業名がよく知られていることが絶対的に優位になるのは、消費財の場合である。創業期のころは、その場合だけかもしれない。
 というのは、産業財や専門家サービスの場合では、企業名や経営者の名前が有名なことが必ずしもアドバンテージになるわけではないからである。
 隠密行動型のビジネススタイルで大きく成長してきた企業の例を、いくつか挙げてみる。

 代表的な事例が、「ABCクッキングスタジオ」である。静岡県藤枝市で生まれ、横浜から東京に向けて上京してきた「ABCクッキングスタジオ」(創業者:横井・志村夫妻)にとって、創業期には競合がビジネスモデルを模倣することが一番の脅威だった。
 「大手出版社やメディアが、大々的に取り上げると、ビジネスモデルが簡単にまねされてしまいそうで。それがとても怖かったんです」。
 創業経営者のひとり、志村なるみさん(現在、ABCホールディングス取締役、「ホットヨガスタジオ ALL5」社長)は、そんな風に当時のABCの状況を筆者に語ってくれたことがある。
 企業規模が小さかった頃は、たしかに、ビジネスモデルはそれほど洗練されていたわけではなかった。カジュアルなスタイルの料理教室のビジネスモデルを、大手企業が模倣することもできたはずである。「だから、はじめは目立たないよう目立たないように、こっそりと教室を増やしていったんです」(志村さん)。

 花業界では、仏花に添えるサカキを中国から冷蔵コンテナで輸入している「デスタン株式会社」(本社:金沢市、北本政行社長)の存在があげられる。数年前に、「日経ビジネス」の取材に応じていたが、それは、国内でのシェアが25%を超えた後からだった(最近では、2011年5月に『中日新聞』で北本社長が紹介されている)。
 そこに行くまでには、中国浙江省郊外の広大な敷地でサカキを委託栽培していた。しばらくは、その場所が露見しないよう、慎重に事業を展開していた。あるときに気が付いてみると、デスタンなどが扱っている中国産サカキが、日本市場では9割を占めるようになっていた。
 事情を知らない日本人の消費者は、仏事に使用するサカキなのだから、購入されたサカキは国内産地で栽培されたものだとばかり思っていたはずである。だからこそ、北本社長は、なるべく目立たないように行動していたのである。
 
 「ステルス・マーケティング」という言葉があるようだ。軍用のステルス攻撃機に由来するらしい。目立たないように市場で振る舞うことを指している。
 マーケティングでは、知名度を上げることが良いことだと教えらえれている。だから、ステルスミサイル方式は、その唯一の反対事例である。隠密行動型の方式は、わたし自身も好きなスタイルである。
 有名になると、やりたいことに制約が出てくる。楽しく人生を過ごしたい向きには、隠密型のライフスタイルが便利である。マーケティングも同じである。目立たないほうが、最終的にはインパクトが大きいビジネスが展開できたりもする。

 わたしの周囲には、絶対に取材の応じてくれない企業がいくつかある。浅草橋の「貴和製作所」(ビーズなど、趣味製品のパーツ販売、直営店経営)や、名古屋の「Amuseful」(インテリア小物などの均一店、Kitchen&Kitchenなどを全国展開)が代表的な会社である。
 これらは、典型的な隠密行動型を企業群である。わたしの取材に応じないのは正解である。有名になってしまうと困るからである。かつてのABCクッキングスタジオと状況は同じである。
 そういえば、惣菜会社「ロック・フィールド」の岩田弘三社長は、いつか「本なんか出してしまうと、商売がダメになってしまうのよ」と言っていた。わたしが提示した出版のリクエスト(ロック・フィールドの社史)を断ってきたときである。
 その割には、岩田社長はしばしば、テレビ番組に出演しているよね(笑い)。