大学時代に同じゼミ(経済学部・梅沢豊ゼミ)に所属していた岡藤正広君に頼まれて、2月13日に伊藤忠商事で講演をすることになった。メディアへの露出が高いので、ビジネスマンの方ならば、彼の名前を聞いたことがあるだろう。岡藤君は、伊藤忠商事の現役社長である。
改訂されたばかりの『ブランド戦略の実際(第二版)』(日経文庫、2011)を読んで、声をかけてくれた。本人が読んで、内容がおもしろかったらしい。一昨日、講演に先立って、青山の東京本社を訪ねた。岡藤社長本人には会えなかったが、講演のための事前取材である。
講演当日(2月13日)は、繊維カンパニーと食料カンパニーから、合計200人の社員の方が、わたしの「ブランドセミナー」に参加するらしい。わたしの本は、事前に読んでいることになっている。インタビューさせていただいた繊維カンパニー長の岡本プレジデントは、すでに拙著を読み終えられていた。
当日は、ブランド論の基本を話したあとで(20分)、両カンパニーのブランド戦略への示唆を、30分ずつ話すつもりでいる。
伊藤忠ブランドが消費者からはどのように見えているのか、そして、関連業者(メーカーや小売り)に対してどのように機能しているのかを解説するつもりである。また、商社としてのブランド構築の考え方を提案することになるだろう。
同じ会社のカンパニーではあるが、食品と繊維とでは、事業構造の成り立ちがまったく異なっている。取材させていただいて、わたしにはちょとした驚きであった。財閥系の他商社と比較しても、社内カンパニー間でブランド構築とその位置づけの仕方で、異質性が高いことは興味深い。
以下は、一昨日、ヒアリングをさせていただいた印象記である。
伊藤忠の場合は、ブランド論的な観点よりは、事業構造の変遷からブランドの位置づけを解説するほうが本筋のようだ。
戦前・戦後の商社ビジネス(素材産業)の中から、繊維部門では自然な形でインポートブランド事業が立ち上がった。これは、先人の資産を受け継いだ現岡藤社長が、現場営業マンのころから地道に、しかし大胆に築いてきたブランドビジネスと結果と解釈してよいだろう。また、繊維・アパレルの伊藤忠、生活創造産業の伊藤忠のイメージが形成された背景は、創業のベンチャー的な精神と関連があるようだ。
他方で、食料部門の事業は、中間流通の機能分野の拡張として、川下(リテール)に降りていったところから始まっている。系列の卸会社を統合して、伊藤忠食品と日本アクセスが生まれた。
コンビニ分野では、90年代にファミリーマートを買収したあと、GMSのユニーと連携を深め、いまはサークルKサンクスとの経営統合を射程に入れているようにも見える。自社SBブランドを、その路線で立ち上げている。
それにしても、伊藤忠商事の歴史はおもしろい。
非財閥系の商社が、なぜ、どのようにして今日の地位を築くことができたのか? 実質的な創業者は、二代目の伊藤忠兵衛である。近江商人の血を引く二代目忠兵衛は、彦根付近の小さな村の出身である。
いま読んでいる「わたしの履歴書」(日本経済新聞社、1980年)から得た事前知識である。ご本人が書いた(話した)ものだろうが、その思考と行動が天衣無縫でおもしろい。
先日、ヒアリングさせていただいた伊藤忠の現役社員(事業担当者)の方からも、二代目の伊藤忠兵衛が持っている起業家的な雰囲気を感じ取ることができた。詳しくは、いつか別のコラムで、この話をしてみたい。
なお、昔のクラスメイトだった岡藤社長と再会できたのは、ひとりの伊藤忠商事社員のおかげである。
昨年の10月13日、幕張メッセで開催されていた「IFEX2011(国際フラワーエキスポ)」の会場ブース(JFMA)を、ひとりの美しい若い女性が訪ねてくれた。伊藤忠商事社員の雪山晴子さんである。
雪山さんは、華道家元の娘さんで、将来は何らかの形で花の仕事に関わりたいと思っていた。その機会を求めて、幕張で開催されていたIFEXを見に来てくれた。
たまたま、JFMAのブースの前に立ち止まって、『お花屋さんマニュアル2012-13』をじっと見ていた彼女にわたしが声をかけた。その日も、ずいぶん長い時間、雪山さんはJFAMAの会員のみなさんと話して帰って行った。
その後も、JFMAの活動(花育)やイブニングセミナーに参加していただいている。
その日、これも偶然なのだが、岡藤社長とわたしが、大学時代に同じゼミに所属していたことを話した。わたしもこの偶然を懐かしく思い、雪山さんに、「岡藤君に渡してもらえませんか?」と、16年ぶりで改訂したばかりだった『ブランド戦略の実際』(日経文庫)を託してみた。
雪山さんが、拙著を社長室に届けてくれたその翌週に、岡藤君(秘書の方)から連絡があった。「おもしろかったので、伊藤忠の社員にも読ませてみたい」。そして、今回の講演である。ひとりの人との偶然の出会いが、結びの糸になって昔の友情を手繰り寄せる。
偶然に感謝ではあるが、講演を依頼されたわたしは、岡藤社長のためにも、結果を出さなければならない。少しは伊藤忠商事のビジネスにも役に立つ話をしててあげないと、彼に申し訳ないことになる。わたしも、多少のプレッシャーを感じているところではある。