思わぬ方から、ときどき思わぬ発言を聞くことがある。一か月ほど前、新しい学会の設立準備について相談していた席で、流通科学大学学長(神戸大学元教授)の石井淳蔵さんがふともらした言葉がこれだった。佐藤義典さんの名前は、アマゾンの書籍ランキングでよく見かける。
実務家の方がたくさん本を売るのは、当然のことである。とくに、コンサルタントともなると、研修を請け負ったり、実際に企業の中で実務をこなしている。マーケティング実務の指導には、簡易なテキストや参考書が必要になる。当然、書いた本はたくさん売れる。
わたしは、それくらいにしか考えていなかった。だから、よく売れているマーケティングのテキスト(『現代マーケティング』有斐閣、1995年)を出版し、日本で最初に分厚いテキスト(『ゼミナール マーケティング入門』日経、2004年)を発売した著者にしてみれば、ベストセラー・テキストライターの佐藤氏のことが気になっていたのだ。
失礼ながら、「石井先生、かわいい!」と思ったものだ。わたしなどは、端から実務家のテキストとは競争にならない(こちらが部数では負けるに決まっている!)と気にも留めていなかったから。
試みに、佐藤氏のテキストをアマゾンでチェックしてみた。めずらしく、アマゾンに、著者略歴が掲載されている。引用してみる。
佐藤義典: マーケティングコンサルティング会社、ストラテジー&タクティクス株式会社(東京・千代田区)代表取締役社長。経営者を主な対象にしたマーケティング戦略~実行のコンサルティングを行う。中小企業診断士、米国トップスクールMBA(中略)。
読者が約2万人のメルマガの発行者とも紹介されていた。これも、知らなかったな。石井先生は、きっとチェックを怠らなかったのだろう。
代表作は、2005年に発売された『図解 実戦マーケティング戦略』である。アマゾンのランキング(12月24日13時半現在)では、1,372位(マーケティング・セールスでは第1位)である。出版から6年後にこの順位は、実務書としてもかなり立派ではないだろうか。
単なる推測である。発売からの累計では、坂本教授(法政大学大学院)の『日本でいちばん大切にしたい会社』(20~30万部)くらいは、売れているのではなかろうか?
マーケティングの教科書市場は、コトラーなどの翻訳本が年間3万冊(自分で出版した翻訳本が最高8千冊)。純系の日本語テキスト市場は、約10万冊と推測している。
根拠はやや薄弱だが、拙著『ブランド戦略の実際』(日経新聞社)が18年間で4万部である。年間2千部のペースで売れている。だから、マーケティング論の顧客ベースは、年10万冊くらいと踏んでいる(シェア2%程度)
この数値は、そんなに的を外してはいないと思う。どちらかといえば、分厚い本を出してしまったわたしのものより、恩蔵くん(早稲田大学)や相原くん(日本大学)のほうが、よりベーシックな入門者向けの文庫本を出している。そちらの売り上げの方が、確実にテキスト市場の規模を予測するのには使えるかもしれない。ふたりに聞いてみようかな。
佐藤氏の本を読んだわけではないが、先生たちが書くテキストとの差は歴然としている。正垣会長(サイゼリヤ)の言葉にしたがえば、「売れているのが、良いテキストなのだ」となる。実戦でコンサルティングをしたり、企業向けの研修なども請け負っているだろう。現場感覚からも、内容がわかりやすいのだろう。
研究者が対象とするのは、もっとちがう顧客層である。石井先生は気にされているようだが(テキストの標準が取れていない!)、研究者のしごとに価値がないわけではない。世の中に提供する価値が、そもそもちがうのではないだろうか?
これ以上のコメントを書くには、佐藤義典氏の本を読んでみなければ、とも思う。米国でも、コトラーやケラー以外に、ときどきマーケティング実務のベストセラー本に出会うことがある。シカゴ空港とか、シドニー空港のビジネス書コーナーでは、逆にめったにコトラー本は見かけない。