津波で失われた東北地方の海岸線の景観を再生するためのパイロットプロジェクト

 三井物産環境基金が、2011度は、東日本大震災復興に助成金を供出する。同僚の三好義洋講師から、「先生のアイデア(妄想)を実際に申請してみたら」との打診を受けた。本日、景観復興の企画書を書きあげた。ブログの読者からは、追加のアイデアとご意見を賜りたい。

 個人的な動機は、福島県の相馬郡で走ったマラソンレースからである。2003年10月5日、 松川浦で、16Kレースを走った。相馬郡の松川浦は、日本で一番美しい海岸線である。
 これまで2度走った10マイルのレースは、魚市場近くの大会会場から、松川浦大橋をわたってまっすぐに続く松林の海岸線を走る。二回目の走破タイムは、 1時間12分49秒。10マイルの個人記録っとしては、10年近く破られてないベストタイムである。
 その美しい海岸線に、3月11日の3時過ぎ、地震の約30分後に大きな津波が押し寄せた。そして、松林は根こそぎに流された。その様子を翌日のテレビで見た。新聞記事にも、相馬郡松川浦の惨状はよく映し出されていた。

 そうなのだ。もともとは3月11日以降に、花の業界として、東日本大震災で被災した東北の人たち、とくに生産者と花やさんのために、長期的に何かできることはないかと考えていた。
 標記の「津波で失われた東北地方の海岸線の景観を再生するためのパイロットプロジェクト」は、そのときに考えていたことだった。
 ただし、実際の募金の仕方がわからなかった。花屋さんの売り上げを一部(3.11%)供出するというアイデアは、青山フラワーマーケットの井上社長が出していた。実際に、「花の応援団」というボランティア組織を立ち上げている。被災地に花を届けたり、花育(花を通して癒しの活動)を開催したりしていると聞いている。
 わたしたち(JFMA)にも、それに類したアイデアがなかったわけでもない。しかし、まごまごしている間に、いつのまにか大震災からは4か月がすぎてしまっていた。それで、今回の助成金への申請となった。
 
 一昨日は、法政大学の研究室で、JFMA会員の有山さん(造園業者)と栗原さん(元東京都職員)と、事務局の宮原さんで、申請のための相談をしていた。わたしたちには、植栽や植木に関する知識がほとんどないので、技術的な問題点や費用に関して、お二人のアドバイスを受けた。
 これから、細かな申請書類(研究計画)や関連組織との調整は、宮原さんがやってくれることになっている。このドラフトは、三好さんにも送るつもりでいる。

 以下は、申請のための基本的なアイデアである。申請書は調査研究という名目になっている。まだ、さらに修正はなされるだろうが、基本的な発想は変わらないだろう。補助金の申請が通るかどうかは、「神のみぞ知る!」である。
 それでも、個人的には、ひとつだけ、肩の荷が下りた感じがする。

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団体名 法政大学
研究名 津波で失われた東北地方の海岸線の景観を再生するためのパイロットプロジェクト

申請研究の内容

(a) 研究の目的

<現状認識>
東日本大震災時の津波襲来によって、東北地方の美しい海岸線の景観が一瞬にして失われた。とくに、三陸海岸から茨城県にいたるまでの海沿いでは、海岸線に自生していた松林や公園の桜並木などが、全長300~400KMにわたって根こそぎ津波によって持ち去られてしまった。

<短期的な目的>
本研究では、海岸線の失われた緑の景観を復元するために、松林ないしは桜並木の復元パイロット地域を選定する。その上で、塩害対策や土壌改良技術、品種の選定などの科学的な知識を駆使して、海岸線の植生再生に必要なノウハウを蓄積する。また、科学技術的な知識だけではなく、植林作業のためのボランティア動員計画や地元住民に対する雇用対策などにも貢献できるプロジェクトとして全体計画を設計する。

<長期的な到達点>
パイロット地域での植生復興実験の期間は、二年間とする。そこで得られた知見は、いずれ国や地方団体が実施するであろう、「東北地方の全海岸線の復興計画」(海岸線の緑の復興蘇生)に活用できるようにする。プロジェクトの主体は、法政大学(ビジネススクールIM研究科、生命科学部植物医科学専修)であるが、花の業界団体(一般社団法人・日本フローラルマーケティング協会)が必要なノウハウと組織的な支援を行う。テストプロジェクトの開始時点から、農水省や国土交通省、東北三県の地元自治体などと緊密な連携をとるように努力する。それは、未来の大きな国家プロジェクトのためでもある。

(b) 研究の内容・手法

<プロジェクトの内容>
早急に、植生復元のためのパイロット地域を決定する(現在、複数の市町村や民間団体と交渉中)。理想的な区画は、民間が所有する海岸線の松林か緑地帯(公園を含む)で、全長500M~1KM、幅10M~20M。
松林の場合は、そこに、約5000本の松の苗木を植える。復旧後のメインテナンスの容易さを考えて、松枯れ病に対して抵抗性が強いとされる「抵抗性クロマツ」(3倍の生存率)を植える(参考:大木清「九十九里浜の松林再生に向けて」)。
抵抗性クロマツの苗木は、東北地方内陸部の植木生産者か、埼玉県の数か所に一時的に避難している震災避難民が埼玉県の植木産地(安行など)で育て、避難時および帰郷後に地元住民の雇用確保に資するようにする。また、植林作業には、全国各地から植林ボランティアを募る。ボランティア作業員の募集は、大学(経営大学院IM研究科、生命科学部植物医科学専修)と花業界(日本フローラルマーケティング協会)が担当する。

<プロジェクトの開始と終了>
苗木の植え付けは、梅雨の時期から夏場にかけて、作業環境的に不適である。したがって、パイロット地区での実験プロジェクトは、2011年秋にスタートして、2013年の初冬に完了するように設計する。
植林作業は、苗木を育てた地元民と、全国から集まった植林ボランティアが協力して行う。週末の土日を利用して、一回10組。一人あたりの植林本数は、これまでの経験から一日3~4時間の作業で25本と想定できる。一回の植林本数は、250本だから、20日間の作業で、5千本のパイロット植林事業は終わる。
海岸線のがれきは、前もって撤去されているものとする。ただし、植林作業の前には、塩害対策などの土壌改良工事が完了していなければならない。そのためのノウハウに関しては、学会や法政大学(植物医科学専修)、東京都(三宅島噴火時の植生復興の経験:三宅島災害対策技術会議「三宅島緑化マニュアル」)などを参考にする。

<その他、プロジェクトのために必要な考慮事項>
・できるだけ速やかに、パイロット地区の具体的な場所を決めること。そのためには、追加的な対象緑地に関する情報を収集して、具体的に対象地区の自治体と交渉を開始する必要がある(盛岡市の資材生産者、仙台市の花市場、福島の花生産者などに場所の選定推薦を依頼中)。
・塩害や土壌改良、品種の選定に関しては、技術的に提携できる企業(あるいは、農業改良普及センターなどの公的組織)を探す必要がある。もちろん、法政大学(生命科学部)と東京大学(農学部植物病理研究室)の協力は不可欠である。
・約X千万円の事業予算を想定しているが、実際には、現地測量や塩害対策のための研究、土壌改良工事などのために、それ以上の費用が掛かる可能性がある。追加基金が必要な場合は、民間や業界団体などから募金を募ることになる。

(c) 研究の成果

東北地方の海岸線の緑(松林や桜並木)を復活させる、本パイロットプロジェクトの成果としては、以下の5点が期待できるものと考える。

(1)大震災で失われた東北地方の海岸線の緑の景観を取り戻すことは、復興のシンボルとなる。復興するパイロット地区の緑地帯には、わたしたちの活動を象徴するシンボリックな名前を付けたい。たとえば、「松川浦復興の松原」など。

(2)当初は、小さなパイロット事業であるが、その後に全海岸線で植林事業が促進されるようになれば、大震災で働く場を失った地元住民に対して、苗木の生産や植林の作業を通して、新たな雇用の機会が提供できる。

(3)海岸線の緑地を復活させる実験プロジェクで、新しい品種選定(たとえば、耐病性クロマツや塩害に強い桜の品種)や塩害対策を施した植林方法、大規模な緑地のメインテナンス作業について、農業科学的な知識が蓄えられる。

(4)全国から集まるボランティアは、植林プロジェクトに参加することで、社会的な事業に貢献できる。そして、植林プロジェクトに参加したあとも、自分が家族と一緒に植えた松林や桜並木を見るために、再度その場所を訪れるだろう。

(5)緑地として復興された場所から、さらに数キロメートルに及ぶ「グリーンベルト」が完成することにでもなれば、東北地方の一帯に、新たな観光地に生まれ変わる。美しい緑の海岸線は、新たな観光の派生需要を生み出すだろう。