この記事は、『しまむらとヤオコー』の副産物である。月刊誌『プレジデント』の編集部から、インタビューの依頼があった。標記のテーマで、一時間の取材を受けた。ブログでも紹介したように、二社に加えて、日高屋創業者の神田正会長にもお話を伺った。
埼玉出身の3社とは、食品スーパーの「ヤオコー」、総合衣料品チェーンの「しまむら」、ラーメンチェーンの「ハイデイ日高」、である。前2社は、比企郡小川町の出身で、現在はそれぞれ川越市とさいたま市(宮原)に本社がある。
「ハイデイ日高」は、創業者が日高市出身で、1970年代のはじめに大宮(現在のさいたま市)で創業したラーメン店である。前二社に比べると、関東県外の知名度はいまいちかもしれない。それでも、経常利益率が10%を超えているから、飲食業チェーンの中では、「餃子の王将」と並ぶ高収益企業である。
3社の業績はきわめて好調である。その共通点は、しばしば「ダサい玉」と呼ばれる「埼玉」で生まれたことである。その理由を、わたしはプレジデントのインタビューで以下のように答えている。 (詳しくは、来月号の「プレジデント」をお買い求めください!)
(1)埼玉は、東京から適当な距離にあること
一番目にあげられるのが、「半径80KM理論」である。埼玉県のほぼ全域は、東京からほぼ80キロの圏内に入っている。東京から80KMエリアは、高速道路を使えば車で1時間。一般道を走っても、往復で日帰りができる距離である。東京発の最先端の流行をきちんと肌でつかめる。物理的にも池袋や新宿までは、一日で往復できるロケーションである。
埼玉県全域、茨城県の中南部、群馬県の南部にまで広がる北関東圏を、80KMのドーナツがすっぽりと被い包みこんでいる。流通業の本社所在地を見てみると、食品スーパーでは、店舗数が国内最大級の「マルエツ」(さいたま市で創業)、「ベイシア」(群馬県前橋市)がある。ホームセンターでは「カインズ」(群馬県高崎市)、家電量販店では「ヤマダ電器」(高崎市)なども、ぎりぎりにこのエリアに入っている。衣料品では、埼玉のしまむら以外は、「ポイント」(水戸市)や「ライトオン」(つくば市)など、茨城県の企業が強いことがわかる。
つまり、北関東の流通企業の成長が著しいのである。東京から80KMのエリアは、都内に勤務する人々のベッドタウンで、人口が多い。マーケットは肥沃である。とくに埼玉は、そのなかでも、近年は人口の成長が著しかったのである。
(2)埼玉は、東日本の物流の「要」にある
埼玉出身企業が大躍進できた背景には、本社所在地が物流の要衝だったことがあげられる。東北新幹線は、開業当初は大宮が始発駅だった。このことを覚えている人は、いまは少なくなったが、事実である。大宮はいまでも一日の乗降客数が60万人もいる。
伝統的に、埼玉は交易都市が多い。利根川水系を利用した水路、秩父へ向かう街道の要衝。現在では、関越・上信越・東北・常磐の各高速自動車道に直結しており、外環道や圏央道も埼玉から先に延びている。「扇の要」に、埼玉県がある。
それ加えて、東北、上越、長野新幹線が埼玉県を起点に走っている。東海道線は東京が「起点」ではあるが、その他の三線は実質的には埼玉県を「基点」としている。物流のスタートは、決して東京ではない。
流通業が全国展開をしていく時に、本社(倉庫)が物流の要衝にあることは大いなる強みである。埼玉は、物流上の利便性が良く、店舗を全国展開しやすいロケーションなのである。
(3)埼玉は、「中途半端な田舎町」である
この言葉は、しまむらの元専務、後藤長八さんから伺った話に基づいてる。わたしが、「しまむらとヤオコーの成長要因が、出身地がともに小川町であったことと何か関係はありますか?」とたずねたことへの返答であった。「小川町が中途半端な田舎町」が、後藤元専務の答えだった。このことば、そのまま埼玉にも当てはまる。
埼玉は、「すごい都会」でもない。さりとて「ド田舎」でもない。そこに住む人間の生活感覚は、ふつうである。いろんな意味で埼玉は標準的で、日本のど真ん中なのである。例えば、ファッションセンスひとつとっても、「適当な田舎くささ」のような感覚は、よい意味で全国に通じるものである。地方に住む日本人に受け入れられやすいのである。その代表格が、「ファッションしまむら」の看板とファッションセンスである。
「ダサい玉」と揶揄される埼玉だが、埼玉こそが日本の中心である。日本の縮図なのである。埼玉で成功すれば、全国で成功できるのである。
(4)地価の安さとローコスト経営の強み
埼玉の企業は、土地の値段が安いために、低コストでオペレーションを磨くことになった。ローコスト経営が可能な埼玉出身企業は、人口の少ない小さな町でも利益を出すことに慣れている。最大公約数の客に愛され、確実に収益が見込めるビジネスモデルを構築してきたのだ。
小さな町で利益が生み出せるビジネスは、人口が多い都心店舗に展開するのに有利である。その逆よりは、明らかに簡単である。しまむらとヤオコーは、いまそうした観点から、東京都心部に向かって店舗を増やしている。
また、大宮出身の「ハイデイ日高」は、390円の「中華そば」を代表メニューに、低価格路線をひっさげて、94年に新宿歌舞伎町に出店した。大ブレイクの要因は、低価格メニューながら高回転の経営を会得していたからである。
(5)堅実で我慢強い埼玉の県民性
プレジデントがまとめてくれた最後の論点は、「ほどほど理論」である。埼玉県民は、総じてあまりガツガツしていない。3社ともに、年率10%程度の成長を長期間続けている。少し具合がよくなると、年率30%や40%の成長で、組織的にも無理を重ねるものである。
適度なほどほどの経営が、埼玉企業の特徴である。ヤオコーとしまむらの経営トップは、業績を無理に伸ばそうとしなかった。身の丈にあった成長を続けてきた。人材が追いつくぎりぎりで、大きくなりたいという欲求を抑制、ガマンしてきたのである。
最後に、おもしろいデータがある。帝国データバンクによると、出身地別の社長輩出数(対人口比)で、埼玉は全国で最下位である。考えてみると、埼玉出身の「カリスマ社長」はひとりもいない。
しかし、埼玉県の経営トップは、総じて協調性が高く、出る釘を打たれないタイプのひとばかりであるヤオコー、しまむら、日高屋の現社長、会長をみるとそのことがよくわかる。
ある意味で、埼玉人の気質は、中間管理職にぴったりなのかもしれない。