1月発売予定の新刊本の装丁を見ている。ブログには、「写真を掲載しない」ポリシーを貫いている。カラー印刷の実物デザインを紹介できないのが残念である。両社の派手なロゴマークが表紙に満載である。先週、「あとがき」を書いたので、本日はその一部を紹介する。
あとがき(『しまむらとヤオコー』小学館)
高校生のころ、将来は作家になりたいと思っていた。本が好きで、年に約100冊の本を読んでいた。ほとんどが小説で、しかも夜中に隠れてこっそりである。朝起きられないわたしは、遅刻の常習犯だった。
実家は呉服屋だった。物書きの仕事は、商家とは真逆の世界にある。小説家やジャーナリストは、職業選択としては浮世離れがしていると思っていた。気弱で多感な16歳の少年は、「物書きになりたい!」とはとても両親に言い出すことができなかった。
そうかといって、大学を卒業した後に、「地に足が着いた」職業を選んだわけでもない。大学教員だから、充分に浮世離れがしている世界に飛び込んだことになる。30代の半ばまでに、学者としてなんとか自立できる目処がたってきた。そこで、子供の頃に描いていた自分の夢を実現する準備を始めることにした。統計学とコンピュータ(純粋な研究活動)に別れを告げ、取材ベースの仕事を多くするようにした。学者から小説家への転身を目論んだのである。
それまでも、共同研究やコンサルティングの仕事で、企業の中に入り込んではいたが、「物書きになる」という目標を定めてからは、意図的に企業家(創業経営者)へのインタビューを増やしていった。それは、来るべき日に備えての「素材集め」のためであった。
柳井正(ユニクロ)、坂本孝(ブックオフ)、岩田弘三(ロック・フィールド)、矢島孝敏(着物のやまと)、木内政雄(良品計画)、江尻義久(ハニーズ)、新井田傳(幸楽苑)、石橋博良(ウエザーニューズ)など、流通サービス業を中心に、その事業の成り立ちを見ると同時に、経営者たちの人となりを観察していた。
作品(事例)は「書くという行為」を鍛えるための媒介物であり、来るべき日のための忘備録だった。
『当世ブランド物語』(誠文堂新光社)や『マーケティング情報革命』(有斐閣)、『続・当世ブランド物語』『中国へのブランド移転物語』(ダイヤモンドフリードマン社の連載)は、その延長線上で用意した書籍である。
それらすべては、いつかノンフィクションのドキュメンタリー小説を書くためのステップとして、ひそかに取り組んできた書き方教室だった。思い立ってから25年後に、ようやく本書の出版にたどり着くことができた。
本書『しまむらとヤオコー』は、着想から完成までに9年を要している。創業から現在にいたるまでの両社の成長物語を制作するプロセスでは、信じられないような偶然の出来事が何度も起こっている。本書の執筆のきっかけとなった瞬間を、いまでも鮮明に思い出すことができる。
2001年11月17日、ヤオコーの本社で、川野幸夫会長とヤオコー7号店のことを話していたときのことである。「児玉店の1階がヤオコーさんで、二階がしまむらさんでしたよね」とわたしの経験を伝えたところ、川野会長(当時、社長)から、「わたしたちの会社は小川町の出ですが、2階のしまむらさんも、同じ小川町出身の企業なのですよ」と聞かされた。わたしの姓も、偶然だったが「小川」である。「なぜ埼玉県の小さな田舎町から、ふたつの一部上場企業が生まれたのか。小川先生、不思議に思いませんか?」が、川野会長のそのときの「謎かけ」だった。
インスピレーションを刺激されたわたしは、『月刊ホームセンター』(ダイヤモンドフリードマン社)の千田直哉副編集長(当時)に、この話をしてみた。「それじゃ、先生、いつか“小川町物語”の連載をしましょうね」という約束を千田さんと交わした。
6年後に、千田さんが『チェーンストアエイジ』(ダイヤモンドフリードマン社)の編集長に就任したことで、2人の約束が実現することになった。2007年春に、「小川町物語」の企画が承認され、連載のタイトルが「小川町経営風土記」と決まった。
ところが、取材を進めていく過程で、しまむらの創業期のことが記録に残っていないことがわかってきた。創業者の島村恒俊オーナーが、商業誌にまったく登場していなかったからである。完全に引退してしまっているらしかった。
2007年12月31日に、二度目の偶然が起こった。
大晦日の日に、両社の創業の場所を見てみたいと思った。自宅がある千葉県白井市から、小川町まで車を飛ばした。川野会長からおおよその状況を聞いていたので、駐車場になっている「八百幸商店」の跡地を簡単に見つけることができた。ところが、しまむらの一号店(島村呉服店)があった場所を探し出すことができなかった。
探すのをあきらめかけて帰路につくと、町外れの交差点で、ファッションセンターしまむら(小川町店)を見つけた。「そうか、誰か店員さんにその場所を聞いてみたらよい」。
店に入って、フロアで商品を補充していた制服の女性店員さんに、「むかし、島村呉服店があった場所を教えていただけませんか?」とたずねてみた。彼女はにこりと笑って、カウンターにわたしを案内してくれた。「しまむらの一号店にいた方が、いま向こうにいらっしゃいます。しまむらのことなら何でも知っている“生き字引”のような方です」
カウンターで商品を包装する作業をしていたのが、本書にも登場する伊藤孝子さんだった。3年前に引退していたが、暮れの繁忙期だけ、店の応援に来ていたのである。この日(大晦日)を逃すと、伊藤さんとは会うことができなかったはずである。ラッキーだった。事情を話すと、メモ帳を取り出して、島村呉服店があった場所の地図を描いてくれた。連載の構想を話すと、島村恒俊オーナーの連絡先を教えてくれた。
(後略)
最終版は、来年1月20日ごろに発売予定の書籍(260頁、1400円)をお買い求めください。