買い物難民、ショッピング弱者@鹿児島県曽於市

 昨日まで、院生の山城君の出身地である鹿児島県曽於市でヒアリング調査をしていた。地元産の農産物を利用した地域ブランドの創出プロジェクトである。山城(やまのじょう)君が、いずれその成果をレポートしてくれるだろう。ここでは、直売所での経験を紹介してみたい。


鹿児島曽於市は、旧財部町、末吉町、大隅町が合併して出来た、人口約4万人の町である。鹿児島県では、もっとも宮崎県寄りの位置にある。
 鹿児島空港からは、北の方向に車でほぼ一時間。基本は農業の町である。自然がとても美しい。これがいちばんの資源かもしれない。リクリエーション施設も自然そのままを生かしている。シイタケやタケノコ、スイカなどが、地元産品として福岡などの地域外の市場に販売できる農産物である。

 ヒアリングと観察調査で、山城君と地元の直売所を覗いて歩いていた。二日目のお昼に、末吉町の直売所で昼ご飯を食べていたときののことである。直売所に併設された食堂(黒豚のバイキング)が混んでいたので、直売所でお弁当を買って、休憩スペースで休んで食べていた。
 その同じ場所で、日南市(鹿児島の最南端)から、黒酢を買いに観光で来ていた老人夫婦が、やはりお弁当を食べていた。バイキングの食堂が混んでいて、すわれなかったからである。同じ境遇にあったので談笑となった。
 老人夫婦の親父さんのほうから、わたしが声をかけられた。調査で来ている大学の先生と学生であることを話したからである。
 「先生、なんで、田舎からこんなに人がいなくなって、(鹿児島や宮崎は)貧しいままなんでしょうね?」
 ちょっとむずかしかっただろうが、でも、わたしも一生懸命にその理由を説明してあげた。地方が疲弊して、そこいらじゅうがシャッター通りになったわけを丁寧に解説してあげた。一応、経営学の先生である。
 経済のグローバル化で、海外から安い農産物や衣料品が輸入される。とくに地方の工場や農家がそれまで都会に販売していた商品は、輸入品との競争で値段が安くなる。生産中止や実入りが少なくなるので、若い子達が都会に出て働くしかなくなる。地方の商業は成り立たなくなる。
 分かったかどうかは、わからないが。しかし、地方に住んでいる老人たち(わたしより年齢が上の70歳代のひとたち)には、グローバル化の経済的な意味が、ほんとうのところでは理解が不可能だろう。でも、しかし、単純な理屈である。

 直売所の視察を終わった。ふたつの直売所ともに繁盛している。
 一日の売りあげは、週末で100~180万円。年商では3~5億円ほどはあるだろう。ちょっとしたローカルスーパーよりも売れている。白菜の大玉100円、みずな20本入り100円、ニンジン4本入り100円。まるで、農産物の100円ショップである。切り花(キクやバラやトルコキキョウ)が一本60円。市場には出荷できない品質のものである(たぶん10~20円、あるいは、葉っぱが痛んでいるので、市場では値が付かないだろう)。

 その後で、山城君の実家の近く(財部地区)の商業施設を見て歩いた。スーパーが二軒、残っていた。地元のローカルチェーンと単独店である。
 200坪ほどのローカルチェーンは、直売所よりも売り上げが低いだろう。年商で2億円あるかないか。野菜の値段が、直売所よりも30%ほど高めである。近くにいる人しか、買い物には行かないだろう。それでも、9千人(財部地区)の顧客で、どうにか生き残りは出来ている。直売所には、鮮魚やグローサリーは置いていないからである。
 単独店のほうは、風前の灯である。コンビ二の半分以下の売場面積で30坪ほど。わたしたちが見ていた10分間で、お客さんはわずかにひとり。杖を突いた老人である。推定80歳の女性。近所に住んでいて、おそらくは、「足」がないのである。
 価格がローカルスーパーよりもさらに30%高い。品質(鮮度)は、かなりおそまつである。直売所は離れたところにあるので、車で行くしかない。しかし、運転できる車はないのだろうし、もはやバスは通っていない。この老人にとっては、この「××や」という食料品店に、生活を頼るしかない。コンビ二もこの町にはないようだ。
 買い物難民の実態を見てしまった。ちょっとかなしい。独居老人たちが、買い物ができる場所が、地方から消えてなくなっているのだ。精神的なショックが大きかった。経済のグローバル化の話を、さきほど、観光でこの町にやって来たご夫婦に説明した直後だったからである。

 来年になってまたこの場所に来たら、この食品店はなくなっているかもしれない。いや、経営的に二年とはもたないだろう。そのときに、杖を突いて店に入ってきたあの老人は、どこで買い物をするのだろうか?
 地方から産業が失われ、若者たちがいなくなり、商業施設は直売所だけになり、老人だけの町になったら。日本の地方小都市の未来は、いったいどうなるのだろうか。ゴーストタウンになるのか、自然に帰ってしまうのか。
 山城君のプロジェクト(地域ブランド開発+自然観光プロジェクト)は、その救済になるのだろうか?彼は、いつかこの町に帰ってきたいと言っていた。自分が生まれた町に、新しく雇用を創出したいと考えている。その道のりは、かなり遠そうだ。