音の表情(音相)という考え方

 「ヒットする商品は、商品コンセプトにふさわしい”音相”(音が伝える良いイメージ)をもっている」(音相システム研究所・木通隆行所長)。日経広告研究所が主催している「ブランド連想研究会」(5月26日)に木通氏を招いて、音相理論の話を伺った。そのエッセンスをここで紹介する。


顔相、手相という言葉がある。”相”は、言い換えると「表情」のことである。顔の形や手の形は、独特の表情を持っていること。だから、固有の形(鼻の大きさや手の皺など)をもとに、そのひとの性格や運命について、ときにはおもしろ半分にではあるが、ある種の類推や推測を行っている。占いが流行する理由である。
 同様に、言葉から発せられる「音」にも表情があって、それが固有のイメージを喚起するというのが木通所長の主張である。木通氏によると、ヒットする商品は必ず良い響きのネーミング(音)を持っている。商品の名前は、一見して意味だけを伝えるように見える。しかし、実はそれ以上に重要なのは、商品名(ブランド名)が音として発せられたときの「強さ」や「輝き(明るさ)」や「リズム」などである。
 約20年前、NTTアドのネーミング研究室長だったころ着想したこの推論を、木通氏は「音相」と呼ぶことにした。その後10年間、大量の言語データを分類して構築したのが、独特の「音相理論」である。以下は、木通氏による「音相」についての解説である(詳しくは、『日経広告手帖』(2002年9号)に掲載された「ネーミングに音の時代がやってきた」を参照されたい。
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 ことばには、「意味」を伝えるだけでなく、イメージを伝える働きがある。(コメント:ここで、イメージを「言葉の表情」と読み替えてみるとわかりやすい。)
 「甘い」という語には、甘いという意味のほかに暖かくまろやかな甘さを感じる音があるし、「爽やか」という語には、そういう意味とは別にすがすがしさを感じる音がある。また、「着想」という音からは、役に立ちそうな思いつきが伝わるが、意味が同じ「アイディア」からは、当てにならない軽い思いつきのようなものが伝わってくる。
 このようなことばの音が作るイメージは、意味の一部と見られがちだが、機能や内容が大きく違うため、私(木通氏)はこれを「表情」と呼んでいる。
 意味はほとんど文字によって伝わるが、表情は音が中心で伝わるし、意味は定性的でその解明も容易だが、表情は感覚的でことばで表現できないカオスなものを含んでいる。内容を伝える意味と、イメージを伝える音がゴッチャに扱われていたところに、「表情」への取り組みに混乱があったことは否めない。
 ことばの音、語音が作る表情を「音相」と呼んでいる。音相は、誰でもが潜在意識の中で同じような形で持っているもので、日本人同士が日ごろうなずき合いながら使っている共有の感性といってよいだろう。
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 木通氏は、音相理論を立証するために、「音相基」という概念を提唱している。すなわち、すべての言葉を、表情をあらわす最小単位「音相基」(音を構成している原子のような要素)に分類している。具体的に「音相基」とは、破裂音、有声音、前舌音など、11種類の調音(音が持っている調子)のほか、語全体が持つ輝性(明るさ)や頸性(強さ)の程度など39種類の表情(手の皺のようなもの)のことである。
 話を単純化して言えば、ブランド名が伝える音相(音のイメージ)は、「明るさ(暗さ)」と「強さ」の2軸で表現できるというのが彼の想定である。2次元で表現された音のイメージが、商品コンセプトとぴったり一致していれば、良いネーミングといえる。木通氏の経験的では、ヒット商品は必ずやこの条件を満たしている。
 商品の属性(意味)をそのまま伝えるだけのネーミングでは、せっかくの良いイメージが伝わらない。失敗したネーミングをみてみると、音(感)を無視したケースが多いことがわかる。例えば、20年以上も前のことであるが、「E電」(山手線の別称)は、JR(当時は国鉄)の努力にも関わらず、呼称として決して定着することがなかった。音感の悪さに原因がありそうである。
 身近なブランド名を列挙して、成功・失敗の事例を表にしてみるとおもしろいかもしれない。音相だけでどの程度、説明がつくものだろうか?