以前にも、二世経営者のことを書いたことがある。元々あまり好きでなかった2代目を見直す契機を与えてくれたのが、トラスコ中山の中山哲也社長である。夏に相模原の物流センターでお会いして、昨年末に東大阪の本社で再会した。
ゼミ卒業生の土屋剛(つよし)くんが仲介してくれたのたが、彼に言わせると、社長が学者先生を社内の研修会に呼ぶことはまずなかった。しかも、最初の研修会からわずか4ヶ月で2度も話を聞くなどと言うことはあり得ない。そのことが社員とくに中間管理職を驚かせたらしい。もちろん、ふたりの専務さん(堂守氏、大谷氏)と取材で仲良しになったせいかもしれない。
人と人との出会いである。どうやら中山社長に気に入られたらしい。よいことではないかと思っていたが、土屋君が人事担当で東京へ赴任することになったことをきっかけに、法政大学経営学部で「トラスコ中山」のインターンシップ(夏季の企業研修)がはじまることになった。お見合いは成功である。
それにおまけが付いた。というのは、講演後に大阪の某ホテルのレストランで、社長室のメンバーや専務さんと話していたとき、話題が採用面接の話になった。土屋くんがわたしのゼミの採用方式を説明しだしたので、その理由を哲也社長に説明することになった。20年前から、新ゼミ生(2年生の11月ごろ)の採用に当たって、わたしは面接試験にまったくタッチしていない。敢えてそうしている。それは、次のような理由からである。
新人を面接して選ぶのは、主として3年生の仕事である。彼らは、新年になるとすぐに自分たちが人事採用担当者から選ばれる立場になる。そうであれば、選ぶ人間の気持ちや立場を知っておいた方がよい。先生などが面接に座っていれば、遠慮もするし責任感も薄れる。ゼミ生どうしで喧嘩するもよし。ひとそれぞれ、評価の基準はちがうものである。それがわかれば、なおさらよい。
わたしにとってのメリットは、時間が自由になることである。人事採用は調整に気を遣うし、真剣にやると時間がかかる。それ以上に重要なことは、選んだ対象(新ゼミ生)がわたしではないから、もし間違った選択をしたら責任をすべてゼミ生に押しつけられることになる。「おまえたちが選んだんだから、(新人が)やめそうになっても自分らで責任をとれ!」と堂々と言える。だから、失敗人事をやっても、学生達は責任を感じて下級生をかばいにかかる。これが一番大きなメリットである。
という話をしながら、「中山さん、トラスコでは社長が最終面接に加わるのでしょうね」とわたしが水を向けると、哲也社長はやおら懐から手帖を取り出した。消しゴムを出して、4月と5月の面接スケジュールを消しはじめた。先の予定は、鉛筆書きで記入するらしい。だから、予定が変わると消しゴムで消すという。
そんなわけで、「今年は4回ある面接にでないことにする」と秘書たちと人事担当者のいる前で宣言した。堂守専務は、いつものことらしく、にやにや笑ってその話を横で聞いていた。すぐやる社長である。そうは聞いていたが、たかが一大学教員の話で、人事採用の面接方法をその場で変更してしまったのである。こんなふうに仕事をする42歳の社長のもとで働くのは、なかなかスリリングなのだろうなあと思った。
後日談である。先週土曜日(21日)、小川ゼミのOB会にツッチー(土屋剛くんの愛称)が現れた。「哲也社長、その後はやっぱり面接に出てる?」。わたしがそう聞いたところ、「先生が余計なことを言ってくれたおかげで、自分たち(人事担当)が大変です!」。自分たちで決めなければならなくなったから、人事部に対してはまちがいなく効果は上がっているはずである。すべてが決まったあとのグループミーティングには出ているらしい。たった一度のお出ましとのこと。中山さんは、有言実行の人である。その誠実さと正直さに感動です。