海外進出を試みる小売業にとっての永遠の課題は、進出先国での基本市場戦略の選択である。すなわち、自国で成功している業態をそのまま移転先に持ち込むのか(標準化戦略)、それとも、移転先の消費事情にあわせて現地化していくのか(現地化戦略)を決めることである。
2002年9月30日、上海に2店舗を出店したファーストリテイリングは、標準化戦略を採用することにした。現在、市内に立地タイプの異なる5つの店舗を展開している。進出の目論見と現状を、上海1、2号店の店舗観察、現地生活者の意見(今回)、現地工場視察と担当者へのインタビュー(次回)によってレポートする。(『チェーンストアエイジ』2003年7月15日号掲載予定)
<ロータスでユニクロの模造品を発見>
2002年11月4日、午前10時、上海ロータス(市内に9店舗を展開)で店長の李氏を訪問した。ロータスの市場・立地戦略について詳しく知りたかったからである。また、量販されている衣料品の品質と価格をベンチマークすることが目的であった。
一時間におよぶインタビューの後、2階衣料品売場で買い物をしていると、ユニクロの模造品と思われるトランクスを発見した。釣り下げ用のフックと商品パッケージが、日本で販売されているユニクロのものとほとんど同じであった。デザインを模倣したコピー商品と考えられる根拠は、パッケージの説明書きに日本語の「サイズ(M)」とう文字が混じっていたからである。中国人にカタカナが読めるはずがないのだから、ユニクロのオリジナル商品を写真撮影し、デザインを複写して印刷に利用したと推察できる。
価格は一枚8.9元(約134円)。現地ユニクロ価格の約3分の一である。2枚を購入し、日本に持ち帰って試着してみた。はきごごちはあまりよろしくない。わたしのからだが中国人の体型と異なるからかもしれないが、おしりのフィット感がよくない。加えて、ゴムがきついのと前ボタンがそのまま外に露出しているのが気になった。数回洗濯を繰り返してみたが、すぐに生地がごわごわになってしまった。
<商業中心街立地、「優衣庫」南京東路店の訪問>
店舗視察には、キリン・アグリバイオカンパニーの上海事務所長・張志豪氏に同行してもらった(数年前まで、キリンビバレッジの現地法人でマーケティング活動に従事)。現地人の生活感覚を知りたかったのと、日本での留学経験(上智大学修士)がある張さんに、ユニクロの店舗と商品を評価してもらいたかったからである。ふたりで軽い昼食をとった後、タクシーを捕まえて交通渋滞のなかを南京街に向かった。午後3時、繁華な中心商店街に立地する「優衣庫」(ユニクロの中国語読み:Unique Clothing Warehouseという英語の翻案)の南京東路店に到着した。
売場は百貨店の2階にある。デパートの入り口から直にエスカレーターで2階にあがる。店の作りとしては、やや天井が低いとの印象がある。正面入り口から売り場に入ると、清潔感のある白のシャツとジーンズをはいた店員さんに、「双迎光臨(ファンインコーリン)」と呼びかけられた。「いらしゃいませ」の意味である。上海で何度も衣料品店で買い物をしたが、店員さんに親切にあいさつされた記憶がない。店舗運営マニュアルで接客方法が統一されている。
店内には、宇多田ヒカルの曲が流れている。日本の小売店であることを連想させるためのシグナルなのだろう。商品の品質、価格帯、品揃え、コミュニケーションは、日本とまったく同じである。店内環境もブリックを使用した内装、POP、価格の表示法、レジの位置・形状、物静かに応対する精算時の店員のサービスはとても感じが良い。
<住宅街立地、四川北路店での店頭観察>
午後5時、住宅地に立地している「四川北路店」に移動した。13年前に短期滞在した上海外国語大学の近くにある。すぐそばには魯迅公園があって、住宅地を後背地とした近隣型ショッピングモールの中にある。店舗は看板がよくめだつ角地にあって、外観は昨秋にユニクロが出店した「新宿3丁目店」とよく似ている。2Fのショウウインドウの飾り付けまでが同じである。新宿3丁目の店と同様に2階建てで、1階は主としてメンズ、2階はキッズ+レディースというフロア構成になっている。店内を約30分間見学してから、わたしはトランクス、手袋、スエットシャツを各一点購入した。そこから6時半まで店の前に座って、約一時間、買い物客の動線と店員の動作を観察した。
大通りに面した正面玄関の前から、一階フロアの買い物客をじっと観察してみた。ガラス張りで店内の照明が明るいので、この時間帯では、店全体が美しいショウウインドウに変わっている。徒歩または自転車で学校や職場から帰宅するひとたちが多い。店の前を通り過ぎるとき、ほぼすべてのひとが、自転車のハンドルを握りながら一瞬、目で店内の様子を追っている。店舗そのものが大きな広告塔の役割を果たしている。
購入客の推定プロフィールと買い上げ商品は、以下の通りである(二人のメモによる)。
①女性2人客、抱えているバッグはブランド物?:セーターと靴下を購入。②カップル客(男30歳、女性28歳くらい)、男性は革ジャンパーを着用、女性は高価そうなブレスレットをつけている:ジーンズと小物一点(靴下)を購入。③男性(30歳前後)、身なりの良いビジネスマン風:手袋を購入。④男性(30歳):チノパンを購入(買い物袋が暗くてよく見えない)。⑤男女カップル(30歳前後):男性がズボンを購入(表情から誇らしげな様子)。⑥男女カップル(やや年齢上35歳くらい):綿パン(男性)と白いセーター(女性)を購入。
観察記録から言えることは、(1)入店する客はかなり多い(入り口ごとに店員が入店客数をカウントしている)、(2)夕方の時間帯で商品を購入したのは6組(一階部分のみだが2Fにもレジがある)であった。また、(3)客の身なりによって実際に購入するかどうかをほぼ判定できる(張さんとわたしの予想は半分くらい当たった)。
少ないデータからの推測は、(A)来店客10組に対して購入率は1組くらい、(B)買い上げ点数は平均2点でおそらく客単価は約150元(2,250円)前後、(C)アンダーウエアは売れずに、アウターが売れていそうである。
最後の点に関しにては、次回登場する現地法人社長の林誠氏(32歳)の証言によって、その逆であることがわかった。ロータスとの商品比較でもわかるように、むしろ、しっかりしたアンダーウエアが中国には存在しないのである。そういえば、女性下着のトリンプの店舗が、繁華街の路面で存在感が大きかった。
<生活シーンの中でのユニクロ:現地マネジャー諸氏の意見>
張さんをはじめとして、現地の人には、開店時の話題で「優衣庫」の名前はある程度知られていた。「錦江キリングループ」(錦江企業は約20の高級ホテルを上海市内で展開、キリンビバレッジとジョイントで飲料事業に進出)の事務所をたずねて、現地マネジャー諸氏の意見を聴取して集約してみた。
中国人は、職場や学校にふだん着のままで通っている。「制服」がない。上海の街を歩いていると、自転車に乗った学生さんやバスを待つ大人の服装は、十数年前の日本の田舎、地方の街角風景に近い感じを受ける。既視感(デジャビュー)で頭がくらくらする。学生はジャージにトレーナー、ビジネスマンは普段着のポロシャツの格好で生活をしている。実際に着ているもののセンスはあまり良くない。しかし、いずれ豊かになれば、ひとびとは衣服に対してデザイン性や品質を求めるようになる。だとすると、ユニクロのような高品質・高価格(現地基準)の衣料品へのニーズは、ホームウエアではなく、「少し改まった感じの着用シーン」にあるのではないか? ユニクロを中国の新国民服としての位置づけることが可能ではないだろうか(これを「中国新国民構想」と呼んでみた)。
アンダーウエアが売れているとすれば、中国でのブランド戦略を見直す必要がある。中国人は品質の良い物を求めるようになってきてはいるが、一般人にはまだユニクロが提供している品質を評価する能力がまだ備わっていないようにも思える。以下は、筆者の推奨である。
(1)マーケットを大きくつかもうとすれば、価格は現行よりかなり下げて(約3分の2)、
(2)高品質が浸透するまでは、日本でのブランド戦略とはむしろ反対に、ロゴマークを入れて商品を販売すべきではないか。というのも、いまユニクロはかつての日本におけるトヨタ・カローラの位置にある。つまり、外に見える形でみんなが「良質な同じ商品」(ブランド)を購入して見せびらかしたい心的な状態にあるからである。
(3)中国人は「上質な国民服」を必要としている。ユニクロがその位置を占めることができれば、大きなチャンスがある。これは、欧米系の衣料品ブランドが取り込めていない巨大なマーケットである。
(4)店舗・MD政策は不変でよい。接客サービスを含めて、店舗環境は中国の消費者に絶対的に支持されている。品質は日本と同じでよく、変更する必要性は全くないが、色構成と商品デザインは、現地のニーズに合わせて変更すべきである。この点に関しては、現地で生活している日本人からも強い意見が出されていた。
以上は、現地で店舗を観察をした筆者の意見である。なお、3店舗目からは、店舗規模を小さくしてみたり(500㎡・250㎡タイプの出店)、路面店を試みたりしている。
次回は、実際に中国での店舗事業を指揮している林誠氏(社長)と柳井会長のインタビューから、上海進出までの経緯と中国事業についての基本的な考え方を紹介する。
<付録1:上海の店舗タイプ>
【1店舗目】
①名称:南京東路中聯店
②オープン日:2002年9月30日(月)
③住所:上海市黄浦区南京東路340号
④売場面積:1000㎡
⑤階層:地上2F
⑥出店形態:SC内
⑦店舗の特徴:上海の有名路である南京東路(常時歩行者天国)に位置する立地への出店
【2店舗目】
①名称:四川北路東泰店
②オープン日:2002年9月30日(月)
③住所:上海市虹口区四川北路2018号
④売場面積:800㎡
⑤階層:地上1F・2F
⑥出店形態:SC内
⑦店舗の特徴:一般市民が多く住んでいる四川路の新規SCへの出店
【3店舗目】
①名称:上海淮海路中路店(シャンハイ ファイハイ チュンルー店)
②オープン日:2002年12月21日(土)
③住所:上海市湾区淮海中路300号(300 Huaihai Zhong Road,Shanghai,China 〒200021)
④売場面積:500㎡
⑤階層:地上1F、地下1F
⑥出店形態:都心路面店
⑦店舗の特徴:上海のファッションメインストリートに位置する立地への出店
【4店舗目】
①名称:中山公園新寧店 zhongsan park store
②オープン日:2003年4月26日(土)
③住所:上海市長寧区長寧路823号(823, changning road, changning area, shanghai ,chaina)
④売場面積:505㎡
⑤階層:地上1F、地下1F
⑥出店形態:SC(百貨店)内
⑦店舗の特徴:地下鉄2号線の中山公園駅の上に建つ新寧百貨の1Fと地下1Fへの出店、地下鉄と明珠線の駅があり、この地域は住宅地区となっており、駅周辺が1つの商圏として成り立っている
【5店舗目】
①名称:港匯広場店 - ganghui square store ガンフイひろば店
②オープン日:2003年6月14日(土)
③住所:上海市虹橋路1号港匯広場211号舗
④売場面積:265㎡
⑤階層:2F
⑥出店形態:SC内
⑦店舗の特徴:上海市の3大商圏の1つ徐家匯地区であり、地下鉄徐家匯駅の上に建てられた港匯広場への出店