ホールフーズとアースバウンドにみるアメリカ流現実主義

 どんなにたくさんの新聞記事を読み、多くの店舗と売り場を観察しても知り得ない真実がある。そのことを、カリフォルニア州での有機野菜の調査(3月27日~29日)で痛いほど教えられた。


「ホールフーズ」(本社:テキサス州オースチン)に有機栽培のカットパック野菜を供給している「アースバウンド社」(本社:カリフォルニア州サンアンバウティスタ)を取材して、担当者にインタビューしてやっとある”謎”が解けたのである。
 いまや世界最大のオーガニックスーパーに成長した「ホールフーズ」(Whole Foods Market:168店舗、売上高39億ドル)がなぜ短期間に成長を遂げることができたのか? ホールフーズの急成長(2004年:年率23%)は、米国の有機野菜(栽培と認証)の歴史を詳しく調べてみても不明であった。気候条件に恵まれた西海岸といえども、有機野菜の栽培と商品供給はきわめて困難である。現地を調査してそのことがよくわかった。
 消費者の側を見ても、今回とくにホールフーズ(立地が異なる数店舗)を訪問する前は、ターゲット市場はニッチ(規模が小さく特殊である)と思っていた。そうした市場開拓のむずかしさにもかかわらず、ホールフーズが5~7%の健康志向の豊かな消費者(Fresh Trands誌による有機ハードコア消費者)に受け入れられたのは、事業運営における米国流の現実主義(アメリカン・プラグマティズム)が背景にあった。
 種明かしをすれば、事業の基本コンセプトを「オーガニック(スーパー)」ではなく、「自然・有機志向の食品」(Natural and Organic Foods)としていることである。注意深く店頭を観察してみると、陳列されている野菜は、「グリーン」(緑色のラベル)と「ブラウン」(茶色のラベル)の2色のタグを使用して明確に区別されている。すなわち、緑は「有機栽培」(Organic)を、茶は「慣行栽培」(Conventional)を意味している。
 Fresh Pacific社の中村君と訪問した3月下旬、カリフォルニア州は雨期の最中であった。温室栽培ではないから、いったん雨が降ると露地の有機野菜は収穫ができなくなる。サリナスのような地元から供給される有機野菜で、このシーズンに売り場をすべて埋めることは困難である。したがって、現実的には、定番陳列棚の約3分の一は茶色ラベルの慣行栽培の野菜になる。また、アイランドに大量陳列されたプロモーション用の商品(トマトやフルーツが多い)は、基本的にほとんど全品が慣行栽培のものである。
 ホールフーズといえど、価格訴求をしないわけではない。むしろ、売り場で賑わいを演出するために、通常時でも積極的に販売促進を実施している様子がうかがえる。以下はわたしの推測である。店内に陳列されている野菜アイテムのシェアでは、有機野菜が3分の2を占めるが、売り場の陳列量シェア(販売シェア)では、慣行栽培の野菜が7割近くを占めているのではないか。また、有機・非有機の比率は、天候の具合や供給の実情に合わせて、伸縮自在に設定されていると見られる。
 それでも、基本的に定番棚には有機野菜が並んでいることが多いから、ロイヤリティの高い消費者にとっては、ホールフーズがオーガニックスーパーであることに変わりはない。なお、デリカ部門(加工総菜)では、商品に「オーガニック」の表示はない。こうした経営のあり方に、わたしは、米国式の現実主義(アメリカン・プラグマティズム)を感じた。
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 興味深いのは、同じ日に訪問したアースバウンド社(Earthboud Farm)の事業形態であった。同社は、ホールフーズをはじめとして、全米のスーパーマーケットに有機野菜を供給している(売上高約3.5億ドル、約400億円)。
 同社は、1984年にカリフォルニア州カーメルバレーで創業された(ちなみにホールフーズの創業は1980年)。ヒッピーの末裔?(写真から想像するに)と思われるDrew and Myra Goodman夫妻が創業者である。プレパックサラダ(Brand名:Spring)が最初の販売アイテムであった。1996年に「ミッションランチ」(Mission Ranch)と提携して、栽培面積を大幅に拡大した。1999年には、T&A(Tanimura&Antel:北米最大のレタス生産者)が資本参加して、マスマーケット対応の企業に変身を遂げた。
 同社の事業コンセプトは、「人間の健康と地球に優しい(野菜の供給)」(Good for health, Good for earth)である。実は、後に述べるように、有機野菜だけでなく、慣行栽培の野菜を別ブランドで並行して供給している。そのことは、われわれ消費者にはあまり知られていない。メインターゲットは、ボストン・ニューヨーク地区、シアトル・ポートランド地区に住んでいるような、大学・大学院卒、年収7.5万ドル以上の家族である。

 米国で売られているオーガニックサラダの75%は、同社が供給している(ニールセン調査)。また、全米スーパーマーケットの74%には、アースバウンド商品が配荷されている。有機野菜の栽培面積は24,500エーカー(約1万ヘクタール)、従業員約1000人である。大規模農場と言って良いだろう。売上成長率は、年間35~50%。ホールフーズなどのスーパーマーケットの成長によるところが大きい。米国の有機野菜市場は、供給と需要がうまくバランスしている。
 データはさておき、この会社(生産および野菜加工事業)の事業運営は巧みである。大規模生産者が経営に参加して、有機栽培でも規模の経済が実現した。同時に、コスト低下が達成できた。なお、野菜の納品に当たって同社は、有機栽培ブランド(Earthbound)と慣行栽培ブランド(Natural Selection)の両方を併用して販売するという「ダブルブランド戦略」を採用している。
 それは、以下のような有機栽培の特殊事情による。すなわち、通常栽培の農地を転換して、有機機野菜が供給できるまでは3年間を要する。転換時期に採れた野菜は、「慣行栽培野菜」としてを販売しなければならない。大規模農場を有する同社は、慣行栽培から有機栽培への移行期間、有機野菜(Earthbound)が供給できるまでは、慣行栽培野菜(Natural Selection)で凌ぐ方法を開発したわけである。アースバウンドという名前は使用していないが、Natural Selectionというブランド名が連想させるように、自然に近い形で栽培された商品であることを暗示している。
 ホールフーズの売り場構成で見たように、野菜供給者としては、「有機栽培」と「慣行栽培」の両方の素材を同じ小売りチェーンに供給できるわけである。全国32カ所の物流拠点は、提携先のT&Aと共用である。したがって、時期(季節)やタイミング(プロモーション・サイクル)や供給数量の多寡によって、有機・非有機のブランドを使い分けることができる。また、そうしたブランド構築をスーパー側とベンダー側(加工業者・生産者)が受け入れるシステムを共有している。
 もちろん、安全で健康な商品を購入してくれる消費者が育っていることが第一条件ではある。しかし、オーガニックブームを本当の意味で実現しているのは、ホールフーズやアースバウンドのような、賢い企業が存在することである。米国流の現実主義は、日本にとっても大切な教訓であると考える。