通勤途上の駅名をすべて言えますか?

われながら・・・最近びっくりしたことがあった。
 毎日、通勤電車に乗って通過している駅名が、簡単に出てこないだけではなく、その順番をまったく忘れていることに気がついたからである。


わたしは、現在、北総開発鉄道(新京成線の支線、地元民は北総線と略す)で通勤している。「東日本橋駅」(馬喰横山駅)乗り換えで、「市ヶ谷駅」(都営新宿線)まで、私鉄と地下鉄を一回だけ乗り継いで法政大学の市ヶ谷キャンパスまで通っている。
 最初の乗車駅は、北総開発鉄道線の「西井白井駅」である。東京方面(上り)で、次は「新鎌ヶ谷駅」である。北総線は、「高砂駅」で京成線に乗り入れて、そのまま「押上駅」からは都営浅草線に乗り入れる。
 先日、実は、西白井駅から高砂駅まできて、「新鎌ヶ谷駅」の次が・・・さっき通り過ぎたはずの駅が・・・「何駅」だったのか思い出せなくなった。途中の路線上には、7つから8つの駅があったはずである。必死に記憶から取り出した努力の結果は、「新鎌ヶ谷」「?」「??」「東松戸」「???」?(あったかどうか・・・)「北国文」「矢切」「新柴又」「高砂」という状態であった。半分はあやふやである。
 この場所(西白井駅)に移ってきたのが、ちょうど20年前である。それまでは、新京成線の松戸駅経由で、常磐線通勤であった。着ぶくれの冬場は、何本も混雑で電車を乗り損ねたものだ。やっと都心(東銀座・新橋)まで電車が乗り入れたのが、17年前であった。わたしはといえば、線路が開通したときすでに40歳近くになっていた。もの忘れが激しくなっていた。だから思い出せないと思っていた。
 たしかにそういうことはあるだろうが、ある意味で、この路線の駅(土地)には何の思い出もない。駅や土地に興味がもてなかったから、覚えられないのかもしれないと思う。そういえば、開通したころ数年経って、毎日違う駅で降りて、駅前の飲み屋さんで飲んで帰ったことがある。高砂、新柴又、矢切、北国分まできて、これをやめた。新路線前の飲み屋はおもしろくなかった。だから、北国分の先の駅名が思い出せないのかもしれない。あのとき、途中下車していれば、すべて空で駅名を言えたかもしれない。
 消費行動論で言う記憶分類には、「エピソード記憶」と「意味記憶」とがある(+「手続き記憶」)。駅名などは、おそらくエピソード記憶で覚えているのかもしれない。意味記憶(個人的に何か特別な意味を持っている記憶)に直結しない駅も覚えにくいだろう。それが証拠に、昔から乗り親しんでいる「高砂」から先の「押上」まで、途中の駅名を空で暗誦できる。「高砂」「青砥」「立石」「四ツ木」「曳舟」「押上」「?」「浅草」「蔵前」「浅草橋」「東日本橋」。「?」は思い出が、たぶん薄い駅である。だからいまこの瞬間に、簡単に思い出せない。
 「高砂」には、いま義理の両親が住んでいる。「青砥」は、二期生のゼミ長が住んでいた(名前は忘れたが、体育会で当時でも珍しい「水上スキー」をやっていたので覚えている)。「立石」は連れ合いの実家があった場所である。「四ツ木」は?(たぶん高速道路などで看板サインが多いので覚えている)。「曳舟」は、地下鉄に入る前に「急行」が追い抜きをする駅である。押上は、京成と都営線が乗り入れている駅である。
 年齢を経るにしたがって、思い出は印象の薄いモノになっていく。気をつけていないと、感動を忘れる。駅名も地名も覚えられなくなるのだろう。
 さて、北総開発鉄道の路線は、正しくは順に、「新鎌ヶ谷」「大町」「松飛台」「東松戸」「秋山」「北国分」「矢切」「新柴又」「高砂」・・・。これは、本日メモを作って覚えた駅の順番であった。