安代のりんどう: 日本からの切り花輸出事業がはじめて通年で黒字に転換

 日本の花業界で歴史に残る出来事が起こった。日本からオランダに向けて輸出している岩手県安代地区のりんどう(約40万本)が、5年目にしてはじめて黒字に転換した。


海外輸出事業の通年黒字は、あまり明るいニュースのないこの国の生産者に希望を与える明るい出来事である(『農耕と園芸』2008年3月号のコラムからの引用である)。
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 農水省の指導や輸出補助金での支援もあって、これまで何度となく日本から海外に切り花を輸出する試みがなされてきた。例えば、01年2月には、大分メルヘンローズが切り花輸出商社シースカイと組んで台湾にバラを輸出。高価格でバラを販売した実績がある。03年1月には、JA高知市三里支所園芸部が台湾にグロリオサ(ミサキレッド)を輸出。これも品質的には高い評価を得ている(参考:拙稿「農産物の輸出:ブランドニッポンの検証」『日本農業新聞』2006年5月)。また、07年2月には、わたしどもJFMAが農水省委託事業として、上海地区に会員生産者の切り花(10品種)を輸送し、現地の花屋で実験販売を行っている。
 輸出向けの品種選定、知的所有権の保護(無断増殖)、輸送中の品質保持、輸送コストの壁、植物検疫の困難など、切り花を輸出して販売するにあたって課題は山積みである。それでも、エネルギーコストの高騰と国内需要の低迷を背景に、円安を利して海外に打って出ることを考え始めている生産者が増加している。そうした中で、日本からの切り花輸出ではじめて、事業として成功した事例が誕生することになった。岩手県八幡平市(安代地区、以下では「安代」と表記する)のりんどう輸出のケースである。
 安代の取り組みが成功したことは、二つの意味で重要である。ひとつは、先にあげた3つの事例とはちがって、スポット輸出ではなく長期出荷(15~17週間)の結果だったことである。二番目は、国内向け出荷者よりも輸出向け生産者のほうが、一本単価で手取り額が大幅に上回ったことである。輸出が黒字転換したのは、単純にユーロ高など経済環境が有利に働いたからではない。生産者グループと輸出仲介業者(国内・現地)の取り組みの努力が、主たる成功の要因である。2002年に輸出をはじめてからの経緯を少し詳しく紹介する。
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 安代地区の生産者グループは、02年からオランダや米国へ向けてりんどうを輸出してきた。05年には、それまで7日かかっていた海外市場への輸送日数を3~4日に短縮。予冷やパッキングに工夫を凝らすなど、鮮度向上に努めてきた結果、オランダの花き市場で高い評価を受けるようになった。高品質とオランダにない品種(安代の秋、ラブリーアシロなど)の存在によって、安代のりんどうはブライダルやアレンジメント向けで高く評価され、06年には現地での販売単価が60円を上回るようになった。販売本数も02年の11万5千本から、06年には46万本に増加した(図表)。オランダ市場での“ASHIRO RINDO”のシェアは、06年末には約25%に上昇していた(アルスメール市場データ)。
 他方で、採算性とマーケティング面での問題が指摘されていた。採算面では、現地の販売仲介手数料が高いことが収益性を圧迫していることがデータから明らかであった。また、販売情報が入手できないために、品種の選定や輸出のための開花調整を困難にしていた。最終需要者は誰で、どのような用途に用いられているのか、また、需要のピークはいつなのかについて、現地の業者からはまったく情報が入手できていなかった。
安代のリーダーたちが筆者のもとに相談に訪れたのは、07年6月のことである。国内出荷先のひとつである「㈱オークネット」(本社:東京都千代田区、藤崎清孝社長)の仲介であった。相談の結果、筆者がMPS本部を訪問する用事があったので、その折に欧州市場でのりんどうの販売事情を調査してくることを約束した。
 ヒアリングの結果を受けて、07年秋の出荷から、オランダ向けについて従来のやり方に変更を加えることにした。まず、それまでは一社だった出荷先(現地の販売会社)を二社に増やすこと。ただし、トータルの輸出量は増やさない。二番目は、引き続き品質向上に注力すること。三番目は、現地のニーズにあった供給体制を整えるために、オランダの市場担当者と密なコミュニケーションをとりながら、品種別に出荷のタイミングを調整すること。こうした努力が実って、07年の欧州向けりんどうの販売実績はつぎのように改善された。
 ①現地仲介手数料が約30%減少(輸送費とその他手数料には変化なし)、
 ②手取り額(一本当たり)が約13円上昇(06年対比)、
 ③輸出向け生産者の手取り額が、国内向け出荷者を約6円上回る、
 ④その結果として、りんどうの輸出事業が補助金無しでも黒字に転換した。
 生産者と流通業者(国内と現地)がチームを組んでお互いが努力し工夫することで、また、現地の市場調査をしっかりやることで、輸出事業が採算ベースに乗ることが証明されたことになる。

図表 安代のりんどう 輸出実績(単位:千本)
   輸出全体   オランダ  ドイツ
02年  115千本
03年  234
04年  290
05年  418
06年  449      426*   23
07年  424       424* 0
   
 出所:横田洋之(2006)「「安代りんどう」の輸出の現状」21世紀政策研究所  *筆者のヒアリングに基づいて修正