11月5日夕刻、上海から無事に成田空港にたどり着きました。昆明、上海ともエキサイティングな旅でした。とくに、上海のロータスとユニクロ2店舗の訪問は、国際マーケティングの「標準化戦略」と「現地化戦略」の違いを考える上で、とても有意義な経験でした。
4日の午前中に、ロータス(タイ華僑資本のハイパーマーケット)のロビン・リー店長を訪問。午後からは、キリンビールの張志豪さんのアテンドで、ユニクロ上海店を訪問しました。とくに、四川北路店では夕刻から約一時間、玄関脇に座り込んで、店内に入っていく買い物客の様子をじっと観察しました。
わたしどもの調査結果とふたりの印象を、昨夜からレポートにまとめて、柳井会長にメールしました。その全文と調査レポートを以下では紹介します。題して、「優衣庫(ユニクロの中国ブランド名)中国新国民服構想」です。
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柳井会長への手紙 2002年11月8日
(株)ファーストリテイリング 代表取締役会長
柳井 正 様
おはようございます。法政大学の小川です。
このたびは、貴社の店頭(銀座メルサ店)をお借りして、バンドル販売の店舗実験を行うことをお許しいただき、ありがとうございます。また、日本経済新聞社から来春出版予定の拙著『マーケティング入門』(2003年)の事例作成についてインタービューを快諾いただき、たいへんありがとうございます。楽しみにしております。
さて、ファーストリテイリングの事例作成(内容更新)とインタビューに先立ち、今週はじめ(11月4日)に、中国上海に貴社が出店した2店舗を訪問観察して参りました。そのときの印象記を以下にまとめてみました。まことに僭越ではありますが、貴社の将来のビジネス展開に対して、多少なりともヒントになるのではないかと思い、このような形で電子メールを送らせていただきました。
私の意見に対する理屈づけは、後に詳しく述べさせていただきます。とりあえずは、上海のユニクロ2店舗と比較業態として、ロータス(ハイパーMK)の衣料品売場を観察したうえで、地元中国のマーケティング専門家(上海キリンビバレッジ在職の3人)の意見を集約したものです。お読みいただけると幸いです。
結論を要約すると、以下の通りです。
(1)現地での商品販売価格をやや低めにおさえて、
(2)現在の品質はきちんと維持しながら、
(3)ふつうの中国人の着用シーンを考慮して、基本ブランド戦略を変更する。
なお、HP「ユニクロニュース」(10月17日)によると、
「FRJSは9月30日に上海に2店舗をオープンいたしましたが、売れ行きも順調で、「10年後は日本のマーケットを越える」ことを目標に出店をすすめていく計画です。」
となっています。しかし、平日のごく短時間ですが、わたしが見たところでは、来店客の多さに対して売り上げは今ひとつとの印象を受けました。事実認識がまちがっているとすれば、以下のコメントは的外れなものになります。そうでないことを願っています。
法政大学経営学部長(JFMA会長)
小川 孔輔
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「中国における「優衣庫」(ユニクロ)の事業展開について」
2002.11.9
法政大学 小川孔輔
1 結論と推奨
(1)ユニクロのブランド・ポジショニング
・中国においては、「ユニクロ」(現地ブランド名=優衣庫)を
ブランド化されたユニフォーム(「新国民服」)として位置づける
・着用シーンは、日本での「自宅」(ホームウエア)としてではなく、
「職場や学校」にちょっと気取って着ていく場面を想定する
(実際には、おそらく「金持ち層の普段着」として購入されている)
(2)ブランド戦略の変更
・日本ではブランドのロゴ(Uniqlo)は外に見せないが(例外はジーンズのUCW)、
中国では、フリースやシャツに「ロゴマーク」を目立つように入れる
・その理由は、プレミアム価値を獲得するのに、ブランドイメージを強調するため
・国内での基本ブランド戦略を変えて、敢えて「マーク」を目立たせるのは、
コピー防止対策としての視覚効果をねらったもの
(すでにコピー品が出回っているが、成功が確信できれば拍車がかかる)
(3)価格の調整
・価格は現在(日本)の2/3(約35%OFF)に設定する
例えば、フリースは169元(2.900円)ではなく、129元(1、900円)とする
・この価格帯は、現地の高級ブランド品と低価格商品のほぼ中間にあたる
・その理由は、後ほど、日常的なブランド品(午後の紅茶、スターバックスなど)
の中国(業態別)と日本での価格比較で説明する
(4)店舗・MD政策は不変
・接客サービスを含めて、店舗環境は中国の消費者に絶対的に支持されている
・商品の品質は日本と同じでよい(変更する必要性は全くない)
・ただし、色構成と商品デザインは、現地のニーズに合わせて変更すべきである
(この点に関しては、現地で生活している日本人からも強い意見が出された)
*** 以下では、上の結論に至った根拠を述べる(店頭観察とブレストによる)
2 上海での店舗観察
(1)比較対象店:ロータス訪問(11月4日午前10時)
・ロータス店長李氏訪問(ハイパーマーケット/タイ資本、上海9店舗展開)
・約1時間、非公式訪問インタビュー(守秘義務があるために詳細は記述できない)
・2階衣料品売場で、明らかにユニクロの模造品を思われる「トランクス」を購入
・フック/パッケージは日本で販売されている商品とほぼ同じ
コピー商品? 価格8.9元(約134円)を2枚購入(一枚は自ら試着中)
(2)ユニクロ・南京東路店訪問(11月4日午後3時)
・中心商店街立地、店舗売場は百貨店の2階(やや天井が低いか?)
・商品(品質)、価格帯、品揃え、コミュニケーションは、日本とまったく同じ
・店内環境:ブリックを使用した内装、店内に流れている音楽は「宇多田ヒカル」
・来店客への呼びかけは「ファンインコーリン(双迎光臨:いらしゃいませ)」で統一
・店員の働きぶり、制服(白のシャツ+ジーンズ)、レジ精算時の感じともに良し
(3)ユニクロ・四川北路店訪問(11月4日午後5時~6時半)
・店内を見学30分、商品を購入(トランクス、手袋、スエットシャツ各一点)
・繁華街の角地、外観は最近出店した「新宿3丁目店」と酷似
・2階建てで、1階は主としてメンズ、2階はキッズ+レディース
・店内環境と接客は、南京東路店と同じ
・店の前に座って、約一時間、買い物客の店内動線と店員の動作を観察
(4)買い物客の観察記録(四川東路店:午後5時半~6時20分)
・大通りに面した正面玄関の前から、一階フロアの買い物客を観察(約50㍍離れる)
・この時間帯は、職場や学校から帰宅するひと多数、徒歩・自転車で店舗の前を通る
・購入客の推定プロフィールと買い上げ商品
<#1> 女性2人客(バッグはブランド物?) セーターと靴下を購入
<#2> カップル(男30歳、女性28歳?) 男性は革ジャンパーを着用
女性はブレスレット 金持ちそう ジーンズと小物一点(靴下?)を購入
<#3> 男性(30歳前後) 身なりの良いビジネスマン風 手袋を購入
<#4> 男性(30歳?) チノパンを購入(買い物袋が暗くてよく見えない)
<#5> 男女カップル(30歳前後) 男性がズボンを購入(誇らしげ)
<#6> 男女カップル(やや年齢上35歳?)
綿パン(男性)と白いセーター(女性)を購入
(5)観察記録からの考察
・照明が明るいのと店舗が美しいので、ほぼすべての通行客が目で店を追う
・入店するひとはかなり多い(入り口ごとに店員が入店客数をカウントしている)
・入店客数に比べて、実際に商品を購入してくれたのは6組のみ(一階だけ)
・入店客の身なりによって、購入するかどうかがほぼ判定できる
・以下は推測: 来店客10組に対して、購入率は1組くらい?
・買い上げ点数は平均2点? おそらく客単価は、約150元(2,250円)
・アンダーウエアは売れずに、アウターが売れているのではないか?
3 現地のマネジャー諸氏の意見(小川の整理による)
(1)中国人の生活シーンの中でのユニクロ
・元上海キリンビバレッジの張志豪氏(現アグリバイオカンパニー所属)によると、
中国人は、職場や学校に、ふだん着のままで通勤通学している(「制服」はない)
・上海の街を歩いていると、自転車に乗った学生さんやバスを待つ大人の服装は、
十数年前の日本の田舎、地方の街角風景に近い感じを受ける(デジャビュー?)
つまり、学生はジャージにトレーナー、ビジネスマンは普段着のポロシャツの
格好で生活をしている。そして、実際に着ているもののセンスはあまり良くない。
・豊かになったことで、ひとびとがデザイン性や品質を求めるようになるとすると、
ユニクロのような高品質・高価格の衣料品へのニーズは、ホームウエアではなく、「少し改まった感じの着用シーン」にあるのではないか?
(2)中国の新国民服としての位置づけ
・実際の販売データを見てみないと確かなことは言えないが、上海のユニクロでは、
アンダーウエアでなく、アウターが売れていること(可能性あり)が象徴的である。
・明らかに、中国人は品質の良い物を求めるようになってきてはいるが、一般人には、
ユニクロが提供している品質を評価する能力がまだ備わっていないように思える。
(参考:ロータスとユニクロのトランクスの価格・品質比較)
・大きくマーケットをつかもうとすると、価格は現行より30%程度下げて、
高品質が浸透するまでの間は、ロゴマークを入れて商品を販売すべきではないか?
・中国経済の発展段階からすると、いまユニクロはかつての日本における
トヨタ・カローラの位置にある。つまり、外に見える形でみんなが、
「良質な同じ商品」(ブランド)を購入して見せびらかしたい心的な状態にある
・中国人にとって、衣を取り巻く環境は、「上質な国民服」を必要としているので、
ユニクロがその位置を占めることができれば、大きなチャンスがある。これは、
欧米系の衣料品ブランドが取り込めていない巨大なマーケットである。
(3)価格引き下げの根拠
30%程度の価格引き下げを提案している根拠は、以下の価格調査による
<#1:「午後の紅茶」と「生茶」>
・上海では2001年(午後の紅茶)と2002年春(生茶)に発売開始
・ブランド・コミュニケーション(TVCM)は、日本と全く同じ
(ヘップバーン、松嶋奈々子をタレントとして起用)
・日本では定価120円、上海では350㍉缶を3.2元(48円)で販売
主要顧客は、やや裕福な若者層でCVSチャネルでよく売れている
<#2:「スターバックスコーヒー」>
・上海市では最近になって、市内に集中出店した(とてもポピュラー)
・日本では、本日のコーヒー(ショート)が280円、上海では9元(約135円)
同じく、日本ではコーヒー(トール)が320円、上海では12元(約180円)
<#3:「トランクス」の価格比較>
・ロータスでは、ユニクロのコピー品(包装、パターン、デザイン、タグ、フック
など)が一着8.9元(約135円)、上海ユニクロでは29元(約435円)
・ただし、品質は明らかにちがっており、布地、ゴム、縫製などで明確に差がある
・日本では、ユニクロのトランクスは一着340円?(2着のバンドル)
<#4:「フリース」の価格比較>
・日本ではフリースが一着2,900円、上海では169元(約2、535円)
・デザイン、色幅、品質など全く同じ
<#5:日中の賃金比較>
・上海郊外の内野タオルで、高卒女工さんの平均賃金は月額1、000~1,200元
(15,000円~18,000円) ただしボーナスが2ヶ月分別途に支給されている至 ただし、上海市内のオフィスワーカーはその約30~50%増しとのこと
・それに対して、日本では高卒社員の初任給は、地方では15~18万円
<最終的な結論>
・平均的な中国人にとって、現在の所得水準に見合っていて
「やや改まった感じの高品質ブランド仕事着」であるとするためには、
支払い可能なユニクロ商品の価格は、現在の30%程度下の水準になる
・この価格帯は、それでも相対価格で言えば、午後の紅茶やスタバの上に位置する
そのプレミアムの高さは、ロゴマークの表示で担保しなければならないだろう