野菜や果物、米麦などの穀物類は、広い土地が利用できて労賃も安い海外、とくに中国や東南アジアで作るのが当たり前になってきている。野菜・果物、穀類に限らず、日本は農産物では輸入国になりつつある。
市場経済と経済原理に任せておけば、このトレンドはさらに加速され、食料品の国内自給率は50%を切ってしまうことになるのだろうか? わたしはそうは思わない。近々、「農業生産の海外移転」には歯止めがかかるであろう。農業生産物の海外移転を推進している同じ市場原理が、一部の野菜生産の国内回帰をもたらすことを予言しておきたい。
野菜の輸入が減少すると考える根拠は三つである。食品の安全性、鮮度への要求、社会的費用の最適化である。そのためには、日本の農業生産の体系を変えていかなくてはならないが、準備は着々と進んでいる。野菜の産地(東京西地区)と大消費地(東京都心部)をつなぐお手伝いを、昨年(2001年12月)以来、東京都労働産業局の「e-アグリ研究会プロジェクト」(小川座長)でさせていただいている(関連記事は「日刊食料新聞」に掲載)。
スローガンは、「東京都に野菜の産地市場を作ろう」である。おいしい野菜を食べるためには、「地産地消」が原則である。その土地で作った野菜は、なるべく運ばずにしかもなるべく早めに食することがコツである。ただし、物流を含んだコスト問題を解決をしないと、都民においしい東京都産の野菜を届けることはできない。どんなに新鮮であっても、法外に高い野菜は誰も買ってはくれない。
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消費地のど真ん中で農産物を生産することの有効性に気づかされたのは、15年前に千葉県白井市(当時は印旛郡白井町)に引っ越してきたときのことである。白井市は、全国でも有数の梨の産地である。春先になると白い花が咲いて、5月の連休に入ると梨の木は小さな実をつける。梅雨に入りにかけると、近所の梨農家は、梨の実に虫が付くのを防ぐために大量の農薬を散布する。千葉ニュータウンが開発される前は、人がほとんど住んでいなかったから、農薬散布は何ら問題にならなかった。ところが、ニュータウン住民の登場が農家にとって深刻な問題を引き起こした。
梨畑の隣には、たいてい小学校がある。この季節になると、小学生のなかに気持ちが悪くなって保健室にやってくる子供が増えた。原因不明の不快感で、町の病院を訪れる住民が増えていることもわかった。時間帯はほぼ決まっていて、梨畑から学校に向かって風が吹いているときである。父母の陳情を受ける形で、近所の医師が調査した結果、農薬の散布が原因らしいことが判明した。自宅で仕事をすることが多い筆者も、実はこの時期に気持ちが悪くなって体調を崩すことがしばしばであった。
農家は医師団と保健所の勧告を受けて、使用する農薬の種類を変えるか、散布の頻度と時間帯を変更した。その後に、同じような症状を訴える生徒は少なくなった。住民からの苦情の件数も減った。筆者もこの時期、その後は近所のクラブで安心してテニスができるようになった。つまり、住民がリトマス試験紙のように試薬の役割を果たし、農業(食)の安全性を担保したのである。
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もうひとつ別のエピソード。重量がある根菜類は別にして、軽量の軟弱野菜を航空便を使って輸入することは、本当は経済的には引き合うのだろうか。農業の担い手が育っていないから、海外依存せざるをえなくなっているのではないか。そう思っていたところ、築地市場の青果小売商組合長の泉さんが、eアグリ研究会でおもしろいことを言い出した。
東京都内の料亭で高級和食素材として使われている野菜は、いまでもほとんど東京都内の生産者が作っている。江戸川区や足立区に住んでいる特殊技能を持った都市農家のひとたちである。農家経営者の高齢化が進んだこと、土地の値段が高騰して後継者たちがアパート経営など不動産業を選択したこともあって、江戸野菜の一部は、奥多摩など東京西地区に産地が移っている。
東京都の西地区には、雲取山などの高冷地がある。標高が1,000メートルを優に超える冷涼な山間地ではある。ところが、時間距離で言えば、都心からわずか90分ほどである。朝取りの野菜を東京市場向けに出荷できる場所に、野菜の一大適地が存在するのである。
日本の生産者は、深谷のネギにしても、徳島のレンコンにしても、日本原産種の野菜をわざわざ海外産地を開発して産地移転させた。その結果、国内農家を経済的に圧迫している。なぜその逆ができないのか? 泉さんの発想はそこから来ている。
アジア原産種でありながら、日本の高冷地で作れる野菜が存在する。都心から移転した高級和食の素材だけでなく、最近需要が増えているエスニックフード向けの野菜がターゲットになる。全国一の食品市場を後背地としてもっている東京都西地区で、これらの野菜を生産できるはずである。雲取山の麓で働きたいと思っている、次世代の若手農業経営者がいるかもしれない。六本木や原宿、赤坂や銀座まで90分のところに農地がある。アジア野菜の逆移転をかなえる条件は整っている。
東京都では、立川のウド、江戸川のこまつ菜、練馬のダイコンなど、伝統的な野菜が直売所で売られている。しかし、個々の農家が独立に経営しているので、農協にしても産地市場という切り口から発想したことはないはずである。これら農家が生産する野菜をネットでつなごうというのが「eアグリプロジェクト」の構想である。
東京でとれた新鮮で安全な野菜をネットで取引して販売する実験が、来年度予算で始まろうとしている。20軒の農家と5店舗の小売業者が、ヴァーチャルな地産地消の実験に参加することを表明している。夢のある話ではないでしょうか?