【書評】岩崎達也・大方優子・津村将章編著(2026)『アニメ聖地巡礼と地域マネジメント』晃洋書房

 本書は、評者の元大学院生で、日テレのディレクターから研究者に転じた岩崎達也氏と研究者2名(大方優子氏、津村将章氏)による共同研究の成果である。消費者行動の枠組み、とりわけ「高関与消費概念」を用いて、アニメ聖地巡礼の行動を分析したモノグラムである。
 一方で、研究的な視点と同時に、地域マネジメントにコンテンツツーリズムの概念を応用した実務的な貢献をも狙っている。実務志向の書でもあり、アニメコンテンツを地域観光サービスに取り入れようとする、新しい視座のサービスマネジメントの本という性格も持っている。

 <本書の概要>
 全体は、第1部の「アニメ聖地巡礼の理解」と第2部の「アニメ聖地巡礼の行動分析」から構成されている。
 第一部では、「アニメ聖地巡礼」という新しい現象とはなにか(第1章)を、観光行動の枠組みで説明している。アニメ聖地巡礼の歴史(2002年~2022年)を紹介しつつ、ツーリズムの発展史における3つの時代区分(マスツーリズム、ニューツーリズム、次世代ツーリズム)の中で、アニメ聖地巡礼という新しい形態の観光行動が議論される。アニメ聖地巡礼は、第3段階に属する旅人(個人)主導の観光の一形態であると位置付けられる。
 ちなみに、第1章で指摘されているように、第3段階の観光区分(旅人主導型)は、マスメディアによる情報発信に対して、SNSによる個人化された情報発信と比較対比される。これは、マスツーリズム(団体旅行)からプライベートツーリズム(個人旅行)への形態への変化と関係している。
 そのうえで、第2章「”アニメ聖地巡礼 事例” 巡礼してみた&聞いてみた」では、9つのアニメ作品と聖地巡礼の事例を取り上げる。そこでは、①作品のコンテンツ記述と②舞台となった地域(住民と公的機関)の対応と活動(地域マネジメントの概要)が紹介されている。
 評者は、9つのアニメ作品のうち、2つの作品(事例7『君の名は。』と事例8『この世界の片隅で』)を映画館で観ている。ただし、岩崎教授と発表する研究会(法政大学豊田研究室)では、ほとんどの作品の内容が紹介されていた。アニメ巡礼は、評者にとってはなじみの深いコンテンツではあった。
  
 第2部「アニメ聖地巡礼の行動分析」では、9つの章から構成されている。
 最初の第3章「聖地巡礼行動はいかなる旅行形態か」では、アニメ聖地巡礼とフィルムツーリズムを比較される。フィルムツーリズムとは、映画や大河ドラマのようなテレビ番組が促す旅行のことを指している。結論から言えば、アニメ聖地巡礼の方が、大河ドラマのような映像作品より参加者の関与が高く、リピート行動が頻繁に見られることが、調査データから明らかにされる。
 第4章「アニメ聖地巡礼とリピート訪問行動」では、事例1:『夏目友人帳』の地域(人吉市)への来訪データから、繰り返し地域を訪問することに寄与している要因とそのメカニズムが分析される。結論としては、作品の魅力と地域への愛着が、巡礼地への再訪を促していることがわかる。
 第5章「アニメ聖地巡礼者の旅の記録」では、繰り返して来訪することを通じて地域のファンになった巡礼客が、何に反応してファン化するのかについて分析している。対象事例は、事例1:『夏目友人帳』、事例6:『ユーリ!!!on ICE』、事例5:『ラブライブ!サンシャイン!!』の3事例である。個別のデータ(聖地巡礼ノート)をキーワードで分析した結果は、どの事例においても、①地域名、②作品関連のワード、③感情に関するワードが登場していることが明らかにされる。

 第6章から第8章までは、聖地巡礼をする動機が分析される。第6章「アニメ聖地巡礼の行動動機」では、聖地巡礼をする動機一般が、第8章「アニメ聖地巡礼者の聖地への関与度の違いによる行動動機の分析」では、関与度の違いによる行動動機の違いが分析される。
 第7章「旅の距離がもたらす聖地巡礼者の関心対象の差異」は、ユニークな視点からの分析になっている。聖地巡礼の中で、近距離の旅と長距離の旅の違いが明らかにされる。聖地までの距離が「250KM」を超えると、長距離の旅として分類される。250KMとは、日帰り圏の聖地と宿泊しなければ行くことができない場所との境目である。
 興味深いのは、250KMの閾値を超えると、リピート行動の内容が異なることである。つまり、訪問目的のアニメ聖地の近場の観光地にも、ついでに来訪者が足を延ばすかどうかに違いが出ることである。また、地域の人たちとの交流が起こるかどうかも、250KMがボーダーになっている。この発見は、なかなか興味深い。
 
 第9章「アニメ聖地巡礼における作品要素と行動動機の分析」では、『鬼滅の刃』を事例を取り上げる。事例分析では、作品をコンテンツ分析したデータと、行動動機の関連を分析している。行動動機と強く関連しているのは。「セリフ」「物語の展開」「キャラクター」の3つの要因だった。他の作品に一般化することは難しいだろうが、『鬼滅の刃』に関しては、その他の作品の要素は、行動動機としては中程度の相関しか認められなかった。
 第10章「アニメ聖地巡礼と関係人口」と第11章「アニメ聖地巡礼とインバウンド」では、研究の焦点が、地域マネジメントに対する示唆を得るための分析になっている。第10章では、誘客のために地域マネジメントで必要な施策が分析される。第11章では、アニメと関連したインバウンド客の分析である。どちらもごく短い章であり、分析の深さがやや薄い感じがする。

 <評価と課題>
 評価できる点は、2010年以降に生起した社会現象(アニメ聖地巡礼という新しい形態のツーリズム)を、消費者行動の枠組みで整理したことである。消費者行動の関与概念から始まり、アニメの舞台となった地域への再来訪意向と行動動機が、どのような要因によって促進されているのかを明らかにしている。
 二番目の貢献は、アニメ聖地巡礼の事例を丹念なデータ収集(ノート)と統計分析で解明したことである。評者は、複数の学会(マーケティング・サイエンス学会やマーケティング学会など)で、研究代表者の岩崎氏が研究途上の枠組みと結果をプレゼンする場に立ち会うことがあった。おそらくは、データ収集と分析を担う共同研究者に恵まれたことが、大きな課題研究(アニメ聖地巡礼)を完遂できて、なおかつ一冊の本にまとめることができた要因だったと推察する。
 三番目に、評者にとって興味深い学びとなったのは、第3章「聖地巡礼行動はいかなる旅行形態か」の結論である。具体的には、アニメ聖地巡礼とフィルムツーリズムの形態的な比較である。フィルムツーリズムが、なぜリピート行動に貢献しないのか。そして、アニメ聖地巡礼の関与度の高さは、作品の舞台装置から来ていることが、巡礼者たちの経験から明らかにされていることである。
 この点を再解釈してみたい。フィルムツーリズムでは、映画が上映されている地域(舞台)に、観光客は参加することができない。旅人たちは、単に美味しいものを食べて、旅館やホテルに泊まって、街並みや風景を見るだけである。
 一方、アニメ聖地巡礼では、巡礼者は作品に描かれている場所(風景)やキャラクター(登場人物)に再会することができる。例えば、地元の人たちとの交流を通して、疑似的に舞台に乗り込んで演者的に振舞ることができるのである。作品のシンボリックな場所で、自身が主人公となって町の人たちと舞台で演じることができる点が、聖地巡礼の決定的な特性である。

 上記のように評価できる点もあるが、本書は研究上の課題も多い。
 第一に、せっかく収集したユニークなデータから推論できる仮説が、まとめという点では納得ではあるが、結果については”当たり前すぎる点”が気になる。たとえば、第5章「アニメ聖地巡礼者の旅の記録」では、巡礼客が残した「聖地巡礼ノート」をキーワード分析している。しかし、得られた結果には、驚くような発見が見うけられなかった。また、第6章から第8章にいたる「行動動機を探る分析」でも、発見の新規性を見出すことができなかった。
 2番目に、分析対象とすべき素材についてである。もし評者が分析担当者だったとしたら、もっと「巡礼者側」の心理や行動を深く観察する方法を選択するだろう。たとえば、聖地巡礼ノートを書いたことがある個人を探し出して、デプスインタビューを実施するであろう。また、それと連動させて、個人的な聖地巡礼記録とデモグラフィックスや日常生活の行動をクロス分析すると思う。
 3番目に、地域マネジメントへの示唆がやや弱い点が気にかかる。研究的な発見として評価できることは、聖地巡礼者と地域の人たちとの交流が、リピート行動(再来訪)を促すことや、巡礼地までの移動距離が重要な要因だと言う発見があった。それであるならば、こうした発見を起点とした再分析や再調査を実施してもよかったのではないかと感じた次第である。

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