【柴又日誌】#241:66歳からの借入金返済(普通の人はやらないことの結末)

 前期高齢者(65歳)に到達した一年後の2017年10月に、わが人生でかなり大きな決断をした。いつものように、その決断は一瞬のひらめきからだった。次男夫婦の4人家族と、住み慣れた千葉県(白井市と習志野市)から、東京下町に引っ越しすることにしたのである。
 それからわずか2か月後には、義理の母親が入居している葛飾区高砂の近くに土地を見つけた。やや足が不自由になった義母の見回りと、小さな孫たちの育児アシスト(1歳と4歳の孫たちの保育園への送迎や預かり)を兼ねて、京成高砂駅から歩いて5分のところに、生涯で4度目の不動産を購入した。
 
 京成高砂駅は、あまり知られていないが、特急電車が停まる駅である。高砂駅は、成田空港と羽田空港のほぼ中間地点にある。特急列車は、どちらの空港にも約1時間で到達する。上野駅までは直通の快速で約15分、東京駅(日本橋)までも約20分。便利な駅であることは、住み始めてから知ったことである。
 高砂8丁目の土地を購入したことは、目の前に小学校があるなど、実にラッキーな選択になった。もうひとつの幸運にも恵まれた。35年間住んでいた千葉の家を売却しなかったことである。この幸運にすいては、後ほど述べることにする。
 結果的に、購入した土地(40坪弱)が狭かったので、3階建ての二世帯住宅を新築することになった。2階と3階は子供たちの住居スペース用に、わが夫婦は1階の2LDKで過ごすことにした。掘りごたつ付きの小上がりの空間は快適である。1階のスペースは、とてもコンパクトにできている。その分、移動と掃除が楽である。
 
 さて、46年間働いた本務校からは、支給できる上限の退職金をいただいた。幸運だったのは、安倍元総理の緩和的な経済政策(アベノミクス)のおかげで、持ち株が5年間で倍に化けてくれたことである。それでも、白井の土地・建物を売却しなかったので、新居に投じる資金がやや不足してしまった。
 そこで、残してきた不動産の評価額分の資金を、銀行から借り入れることにした。支払うべき利息は約1%。不足分の借入金は10年をかけて返済することにした。次男のファミリーと二世帯住宅を建築するために借り入れを決めた決断は、振り返ってみるとギャンブルかもしれないと思う。
 9年後のいまの状態である。土地代は6か月後に、住宅部分の借入金は残り1年で完済になる。後期高齢者になる75歳の誕生日を迎えると、借り入れから自由になることができる。福音は、引っ越しから8年後に、売却しなかった不動産の土地価格が4割ほど上昇していたことである。
 
 白井に残してきた家作は、来年をめどに売却すつもりでいる。不動産の売却益は、わたしが死んだ後、相方の余生を支える「冥途の土産」になるはずである。わたしがこの後に楽しむ旅行と美味しい食事代は、年金(10年分)と、この先の3年間で出版予定の6冊の印税が原資になるだろう。
 この先、何が起こるかはわからない。それでも、わたしが家族に対してできることは、ほぼすべて実現したように思う。あとは、天変地異で住まいや家族が無事でいることを祈っている。あとは、神戸や京都に住んでいるわが家族の健康だろうか?

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