【対論】「農業の大変革を小売業イノベーションの歴史に学ぶ」
『DIY会報』(NO.177 2026年夏号)
文:小川孔輔(法政大学名誉教授、日本フローラルマーケティング協会会長)
はじめに
友人で有機栽培農家の久松達央さん(茨城県土浦市在住)が、『おいしい日本の野菜が消える日』(光文社新書、2026年)というタイトルの本を出版した。光文社の三宅貴久編集局長が、発売前の5月上旬に見本刷りを送ってくれた。冒頭の第1章「コンビニから遅れて50年 農業の新時代が始まる」で、久松さんの対談相手がわたしだったからである。
久松さんが、『おいしい日本の野菜が消える日』を着想したのは、12年前に大学院の講師としてお呼びしたときに、「いまの農業は、50年前の小売業とそっくりなんだよね」とわたしが何気なくつぶやいた一言からだった(「おわりに」から引用)。[1]
久松さんの本は、日本の農業が近々に大転換を遂げることを予言している。彼の日本農業の未来予測を要約すると、以下の3つの仮説に尽きる。
① 「企業的農業」と「職人的農業」に二極化し、「普通の農家」は存続できない。
② 選択と集中が進み、農業生産はサプライチェーンの「歯車」になる。
③ 儲からない野菜がつくられなくなり、おいしい野菜が日本から消える。
久松さんが3番目の仮説を思いついたのは、執筆が始まる前の対談で、「農業が産業化する国ではメシがマズい」という話をわたしが持ち出した瞬間だったと思う(第1章第3節)。[2]
以下では、書籍化する前の段階で、わたしのオフィス(千代田区神田小川町)で行われた対談のオリジナル原稿を、要約して紹介することにしたい。久松さんからいただいた対論のテーマは、「日本の農業の未来を考えるために、戦後日本の流通革新の実像を教えてほしい」という希望だった。
実際に刊行された『おいしい日本の野菜が消える日』の原稿では、「第1章 コンビニに遅れること50年。農業の新時代がいよいよ始まる」がそれに対応している。ここでは、未発表のオリジナルの原稿を編集して紹介することにしたい。[3]
1 チェーンストアが日本に上陸した時代
久松:戦後復興から高度成長期にかけて、日本の商業、流通業界は劇的な変化を遂げました。この変化の本質に迫りたいと思います。
小川:流通の近代化っていう仕事に携わって感じるのは、この業界を起こした人たちの動機は純粋だったということ。焼け野原になった日本を立て直すため、世の中を良くしたいという気持ちと、流通業で働いている人たちがプライドを持って仕事ができるようにしたいという気持ち、この2つがあったと思う。たとえば、ダイエーの中内㓛さんが「いいものをどんどん安く」をスローガンにしたのは、本当にそれが多くの人のためになる正義だと思ってのことなんです。
久松:よく分かります。今の農業についても、「大規模農業」という言葉を、利益のために清貧な農家を蹂躙する存在として批判的に使う人がいます。「大きい=安かろう悪かろうだ」というのは、ビジネスに対する理解の浅さから来るのだと思います。
流通のチェーン化はどのように進んだのでしょうか。
小川: 基本的にアメリカのコピーなんです。そもそも流通業に先立って大量生産大量消費の形を実現していた製造業の方式も、アメリカからの輸入です。自動車だったら、トヨタは、フォードやGMを参照していた。食品だったら、キユーピーや味の素はジェネラルフーズを見ていた。向こうに手本があるわけです。アメリカからの理論の導入が、戦後の人口ボーナス期に重なって爆発的に伸びた。製造業から始まって、その後に小売業、サービス業が入ってきたという構図です。
久松: 理論の存在だけでなく、導入の時期がよかったんですね。
小川: コンビニを含むほとんどの小売業は1974年、75年頃スタートしています。ホームセンターもドラッグストアもその頃ですね。飲食店チェーンも70年代の創業です。
久松:消費者はチェーンストアをどう受け止めたのでしょうか。
小川:それまでは、魚は魚、肉は肉、野菜は野菜と商店街ではしごをしていた。そこにスーパーマーケットがワンストップショッピングを持ち込んだ。それまでは大きな売り場面積の店はなかった。スーパーは、スケールメリットを活かした仕入れコストの削減と価格競争力の向上を実現した。取扱商品が3千アイテムから10倍の3万アイテムに増えたことが、消費者にとっては画期的だったわけです。
2 チェーンストアの誕生と成長
久松:既存の商店街からの業態転換もありましたよね。
小川: 初期のコンビニの多くは、個人商店からの転換です。酒屋や米屋が看板を書き換えて、時間をかけてフランチャイズ方式で全国にじわじわと広がったわけですね。
久松:システムが優れていただけでなく、小口配送に適した立地と建物が既にあったから、スムーズに業態転換できたわけですね。
小川:人の流れが既にできている町の中で、個人商店が新しい小売業態に変わった。サラリーマンの給料は右肩上がりで購買力も増していった。つまり、顧客も店で働く人も潤沢にいる中で、チェーン店が一気に広がった。車社会の到来で、その後は郊外でロードサイド型の店舗が増えていく。いろいろなことがうまく重なった例だと思うんですね。
久松:1億を超える人口を抱える国で、技術の進化、安価な労働力の供給、購買力の向上が同時に進んだ。世界的に見ても幸運な例なのでしょうね。アメリカのモデルをコピーして、人口ボーナス期にうまく乗った流通業と、それに乗れなかった農業は、モデルがあったかないかの違いでしょうか?
小川: 産業化に最も重要な要素は、人と人との関係性です。ビジネスを発展させることができるかどうかは、結局は人なんです。流通業に理論と設備が入ってきても、スケールするかどうかはまた別の話です。人によって学習能力に差があります。経営者個人の学習能力もあるけれど、国や社会が持っている学習能力、変化に対する対応能力、この2つが産業をつくっていくときに重要なんです。
3 メシがウマい国は農業が産業化しない?
久松:一次産業にも優秀な人材やネットワークはあったはずです。農業という産業そのものに起因する原因もあるのでしょうか?
小川: 究極の話、食へのこだわり、食べているものバラエティの違いじゃないでしょうか。バラエティ豊かな日本の農業が、日本人の食の豊かさを支えている。それは、特定の品目や品種に生産を集中させて規模を拡大することの阻害要因となります。逆に言えば、農業が産業化するには、米国のように供給アイテムを絞り込むことをマーケットが許容できないといけない。乱暴に言えば、農業が産業化する国は飯がマズい。
アメリカに1980年代に留学したとき、加工食品への依存に驚きました。それは、食事を楽しむのではなく、必要な栄養とエネルギーの摂取として食べているから。フィード(給餌)ですよね。
久松:味にうるさくないマーケットだと、生産・流通サイドの都合でアイテムを絞って産業化できる。
小川:オランダも似たようなところがありますね。一方で、同じ欧州でもフランスは農業も食も両方強い国だから、食べ物に対する感覚は違っている。どちらかというと日本に近いのかもしれない。日本では、各地域で米から畜産までフルセットで農業が発展した。その背景にあるのは、日本の食の豊かさ、繊細な市場の存在がありますね。
久松: 土地の広さや技術モジュールの存在など、生産側の条件だけではないわけですね。選択と集中を進めたくても、そうできない需要側の要因もある。しかし、雑多なアイテムを、兼業も含む生産性の低い零細個人農家がこれまで支えてきたのだとすると、今後は日本の食の豊かさも損なわれるわけですよね。儲からない農業が温存されたことで、小売業や外食産業が栄えたのだとすると、農業の産業化が犠牲になったとも言える。
小川: 犠牲になったというよりも、トレードオフの関係。日本で何を発展させるかを考えたときに、農業分野は保守的なポジションに置かれた、と捉えるべきではないでしょうか。
4 小売業の二極化は農業でも起こるか?
久松:小売業は大規模化、チェーン化が進んで、画一的になったのでしょうか?
小川: 単純な全国一律にはならず、棲み分けがありますね。歴史的に見ると、例えばスーパーはナショナルチェーンがものすごく強かった。その寡占化、画一化に対する対抗軸として、今はローカルチチェーンでいいところが出てきています。かつてのヤオコー、豊橋のクックマート。タイプは違うが、神戸のヤマダストアー。ポイントは、お惣菜を工夫したり、仕入れに独自性を出したりして、ローカルの食を重要視していることです。
久松さん、農業も同様の変化が起こるのでしょうかね?
久松:農業の場合は少し違うと思います。地域ごとにグループ化・アライアンス形成が起きていくのではないでしょうか。小川先生が詳しく取材されている「ローソンファーム」が一つの典型で、BtoBを中心に流通・加工との垂直統合が進む。背景には、小売のフォーマット化、食の外部化があります。大葉やスプラウトなど寡占化が進みやすい一部のアイテムを除けば、大手が全国の農業法人にM&Aを仕掛けて、経営と所有の分離みたいなことが、経済合理性だけで一気に進むようなことはないだろうという肌感があります。
小川: 豆腐業界がそれに近いかもしれません。群馬県前橋市に日本最大の豆腐メーカーの相模屋食料という会社があります。この会社のユニークなところは、自社工場を増やして全国展開するのではなく、他社の豆腐メーカーを支援する形で協業を進めていることです。豆腐業界も、市場規模の縮小や後継者不足など厳しい状況にあります。相模屋食料は、経営不振に陥った豆腐メーカーを子会社化して、事業継続を支援する取り組みを行っています。だから、ローカルの豆腐のブランドは残っているんです。これは、大手流通がPBブランドで画一的に商品展開をするやり方とは真逆です。
農業でもこういう展開をする企業が現れると、産業として強くなることと食の多様性を維持することが両立できる可能性があります。
久松: それは大事なテーマですね。流通の都合で、日本の野菜や果物のバラエティが損なわれるのも嫌だし、かと言って、今の零細個人事業依存のままでも持たないですもんね。そもそも青果物の市場流通は、今の時代に合っていません。作る側も、買う側も、契約に基づいた計画生産に移行していくべきでしょう。
小川:ヤオコーで野菜のバイヤーをやっていたゼミの卒業生が、そのことを専門誌で訴えていました。彼の提案は、無駄の多い野菜の広域流通をやめて、ローカライズしていこうということです。「産地直結」と彼は呼んでいます。[4]最初から行き先が決まったところに生産を嵌めていくには、ローカルな輪が必要です。生産者も、今のように見込みでつくっている限り、事業計画が立てられません。
5 日本の農業は海外を目指せ!
小川: 突拍子もないと思うかもしれませんが、日本は世界一の米の輸出大国になるというのが私の予想なんです。国内の市場は小さくなる一方でも、生産性は必ず上がっていく。そして、日本の米は圧倒的に美味い。海外で寿司屋がものすごく繁盛しているわけです。日本の飯が寿司の中心になるわけだから。和食が世界に広がっていけば、米とわさびは必須です。美味い米やわさびを栽培するのは、技術的には簡単に真似できない。
現地生産も含めて、日本の農業にできることはたくさんある。これまでは国内市場が大きかったから、農業は多様化した。でも外に目を向ければ、輸出、現地生産問わず、やれることはいろいろある。それは、工業の世界で日本がこれまでやってきたことです。
久松: そのためには、関税や転作奨励金のような、旧来のプライヤーだけを保護の対象にする内向きの論理を取っ払ってゼロベースでの議論が必要ですね。
小川:コンビニだって、商店街など既存の小売業との激しい対立があったわけです。74年にコンビニが誕生して、2000年までに勝敗がはっきりする。それまでに20年かかった。農業もだいたいそれくらいで、片が付くのではないですか。75歳以上の方たちがあと10年で退出して人が入れ替わると、農業生産分野でも全く違う景色を見ることになる。
コンビニから50年遅れて大変革が始まる。いや、もう始まっているのでしょうね。
おわりに(解説)
ホームセンター業界は、農業分野と無縁な業態ではない。それどころか、売り場に陳列してある商品を見ると、園芸売り場を中心として、多品目・多品種の花や植物を販売している。家庭用品や雑貨などの分野では、多くの商品が海外からの輸入品で占められている。それに対して、園芸用品を除く植物のほとんどは、国内の農家がホームセンターやガーデンセンターに供給している。
また、米や果物、日本酒やワインなどの飲料も、多くは国産の農産物を加工したものである。近年になってホームセンターでも売り場が増えている「地元野菜コーナー」なども、国内の農家が商品を供給している。とくに地方のホームセンターでは、農業資材の主たる需要者は一般農家である。
そのように考えると、国内農業の大転換は、ホームセンターの経営者や幹部社員にとって、必要最低限の知識を仕入れておくべき分野であることはまちがいない。というわけで、筆者が久松氏との対談前に受け取ったメールから、出版の狙いと彼が刊行前に想定していた仮説をいくつか紹介して、本論考の終わりとしたい。
<この先に起こること>
久松さんは、農業分野でこれから先に起こる5つのことを指摘している。
①農業の二極化が進展する
規模の経済性が働く分野では、大きな会社やグループが、そうではないところでは、小さく個で生きる農家に二極化する。
②所有と経営が分離する
自作農主義が崩壊し、M&Aや垂直統合が進む。農業分野は、二つの選択肢のどちらが優勢になるの か? 商業分野で起こったのは、レギュラーチェーン(スーパー)とフランチャイズシステム(コンビニ)の選択肢のちがい。
③地域農業のインフラ維持が困難になる
これからは、水路や農道、集出荷場などを維持するのが難しくなる。「この地域は農業を続けるけど、この地域はもうやめる」という線引きが必要になる?
④日本の食文化への影響
多品目生産がむずかしくなるので、「フルセット型農業」が維持不可能になる。①との関連を見る と、フルセット型は小さな生産主体、大規模生産者は単品大量になるのか?
⑤農業分野で働く人の変化
農業も職人仕事から「ジョブ型ワーカー」と「経営者」(マネジメント層)に分かれる。
<脚注>
[1] 久松達央(2026)『おいしい日本の野菜が消える日』(光文社新書)。大学院での授業では、久松達央(2013)『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)を参考書として用いていた。今回の書籍を含めて、久松さんは4冊の本を出版している。その都度、わたしはブログ記事で著書を紹介している。その他の2冊は、久松達央(2014)『小さくて強い農業をつくる』晶文社、久松達央(2022)『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』 (光文社新書)である。
[2] 久松達央(2026)、前掲書、59-61頁。
[3] オリジナル原稿は、2025年8月10日に久松達央氏が作成。ここでは、発言の一部を簡略化してある。
[4] 塩原淳男(2025)「青果売場大改革:産地直結」『ダイヤモンド・チェーンストアエイジ』(7月15日号)。


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