【柴又日誌】#237:帰郷(店仕舞い、在庫処分、家作の売却、墓じまい、そして諸々)

 7月15日から18日まで、3泊4日で生まれ故郷の能代市に帰省した。兄弟姉妹3人での帰郷だった。4月2日に末の弟(晋佐くん)が亡くなり、実家の呉服店を継承するものがいなくなった。3人で相談のうえ、実家の商売を閉じることにした。税理士さんに頼んで、赤字が続いていた「小川商会」は事業を清算することになった。 
 それに関連して、物理的な問題がいくつか起こった。今回の「帰省プロジェクト」でのミッションは、次のようなものだった。

1.実家の呉服屋の在庫整理
 約90坪の土地に、店舗(50坪)と自宅(20坪)が建っている。総2階なので、延べ床面積はかなりの広さになる。弟はお掃除ができない子だったので、自宅も店舗も、母親が亡くなってから、実家も店も「ゴミ屋敷状態」になっていた。

 ①ごみの片付け
 「畑クリーンサービス」という残置物処理の専門会社に依頼して、自宅と店舗で最低限の処理を行った。布団や衣料の一部は持ち帰ってもらったが、家具なども処分しなくてはならない。この先、どのくらいのコストがかかるのか?まだ見積もりも出てきていない。
 ②商売の清算処理
 母親の時代は呉服屋だった。しかし、60歳のおじいちゃんから着物を買う酔狂な女性客はいない。寝具やタオル、お祭りの浴衣やたびなどを扱って、弟は細々と商売は続けていた。確定申告などで助けてもらっていた友人によると、母親がなくなってからは赤字状態が6年間は続いていたとのこと。今月になって、税理士の先生に助けてもらい、どうにか小川商会を廃業にもっていくことができた。
 ③在庫処分(着物と帯)
 着物と帯などは高額なので、後日、東京に持ち帰って在庫を売却することにした。反物が200本、帯類が30本ほど残っている。全部に値段が付くとは思えないが、半分くらいを買い取り業者に転売するつもりでいる。買い取り価格は、正札の5~10%だろう。
 ④在庫処分(公的機関に寄付)
 3か所に寄付をすることにした。お祭り関係は、地元追分町の町内会に寄付。次男(弟)の友人たちが引き取りに来てくれた。タオル類は、介護施設に寄付をした。施設の方が自動車で取りに来てくれた。ベビー用品は、能代市に寄付を打診した。二ツ井地区の児童養護施設に寄付をすることになった。現物はいまだ店舗に置いてある。役所仕事なので、書類手続きが面倒くさい。

 これに、弟が商品を預かったり、支払いをしていなかった案件が5件。お客さんに来てもらい、該当する商品(預かり品)がない場合は、店舗にある在庫品(反物)を持って行ってもらった。一部は、現金で弁済した。
 というわけで、高額の反物と帯を除くと、店内の在庫品のほとんどは寄付と廃棄で処分できた。店内は見違えるようにすっきりした。とりあえず、一段楽。

2.家作の売却案件
 南元町に、弟が50坪の土地を母親から相続していた。倉庫併設で、2LDKの平屋を建てて住んでいた。8年前に母親が亡くなってからは、実家に住むようになったので、平屋は貸し出していた。借主が買い取りたいと言い出したので、売却交渉をするつもりだった。今回の帰省の目的のひとつである。
 詳細は省くが、この案件は難航している。原因は、地方都市(能代市)の地価が20年で半額になってしまったからである。2006年に7万円(/坪)だった土地が、2025年には3.5万円(/坪)に下落していた。土地と建物を売却するより、このまま貸していた方が儲かることがわかった。

3.その他
 弟が亡くなって葬儀(4月7日)は行ったが、家族葬だった。親戚から10数人を招いて、簡単な法要を行った。葬儀の告知ができなかったので、今回は元従業員さんたちに集まってもらった。
 店内の在庫の一部を自由に持ち帰っていただき、その後(15日の夕方)に、柳町のレストランで皆さんを慰労することになった。集まった8人は、喜んで帰っていただいた。
 店仕舞いにめどがついたが、この先には実家の家財や仏壇の処分などが残っている。能代に住んでいる兄弟がいなくなったので、墓じまいなどもある。難儀なことだ。 

 

 

コメント