【本日、閉店】行商のお豆腐屋のおじさんのこと

 7年半ほど前、東京下町に引っ越してきて驚いたのは、葛飾区高砂の近辺では「昭和の商売」がまだ残っていることだった。その代表格が、わが家から歩いて2分の所にある「味吟さん」だった。福島県出身のご夫婦が、実兄が経営をしている本店(押上)から暖簾分けで始めた稲荷ずしの専門店である。
 季節で中身が変わる二種類の稲荷ずしと、海苔巻き(かんぴょう巻、梅しそ巻、しんこ巻)しか置いていない。稲荷ずしも海苔巻きも、注文を受けてから作り始める。その間、お客さんは店内の椅子に腰かけて、商品ができる様子を眺めている。ご夫婦とお客さんはご近所さんだから、よもやま話に花が咲く。
 お稲荷さんは1個140円、かんぴょう巻が1個230円。ご多分に漏れず、お稲荷さんの値段もそれなりに上ってしまっている。それでも、味吟さんの人気は続いている。丁寧に仕込んであって、稲荷も巻物もどちらも美味しいからだ。
 
 それにしても、、、わたしにとって、まさか!の商売を見たのは、行商のお豆腐屋さんだった。そんな商売が、まだ東京下町では現に残っていたのだ。
 ”ぷーぷー”という商売道具の笛を吹き鳴らしながら、夕方になるとおじさんがオートバイに乗ってリヤカーを引いてやってきた。緑色のヘルメットを被っているおじさんの肌は、日に焼けて真っ黒。「秘密基地」(小さな豆腐工場)が、環状七号線のガード下にあることを知ったのは、ずいぶん経ってからのことだった。
 味吟さんと同じで、行商のおじさんの店の品揃えもシンプルである。やや不定形のがんもどき(大と小がある)、木綿と絹ごしの2種類のお豆腐、そして厚揚げである。ご機嫌がよいと、小さなほうのがんもどきを、おじさんは一度だけわたしにオマケしてくれたことがある。
 
 わが家の前にオートバイが到着するのは、夕方の遅い時刻だったからなのだろう。商売が終わりに近づき、売れ残りになりそうな商品をオマケしてくれていたにちがいない。その昔は知らないが、お豆腐も、がんもどきも、そして厚揚げも、いまは共通の値段で1個(一丁/一枚)220円である。
 そういえば、わが家の若い嫁さんが、孫娘と一緒に家から出てくるときは、おまけの率が高かったように思う。わたしは、がんもどきや厚揚げを注文することが多かったが、その恩恵にはほとんど浴していない。 
 おじさんが商売を畳むことを知ったのは、つい先週の中ごろだった。オートバイを道路傍に寄せて、「もう疲れちゃってね、、、」としんどそうに息をのんで、そう話した。わたしは、お豆腐屋のおじさんの名前も年齢も知らない。ただし、数年前に奥さんを失くしたことと、子供さんがいないらしいことは知っている。「小さな子供さんがいる家庭は、賑やかでいいよね」とおじさんが一度だけ身の上話をしたことがあったからだ。
 しかし、「あと一週間で商売をやめることにしたのよ」の言葉には驚いた。玄関脇に立って話を聞いていた息子も、「おじさんもう来なくなるんだ。寂しくなるね」と一言。わたしは、最後になるかもしれないおじさんの雄姿を、スマホでカメラの写真に収めた。次週にリヤカーで引き売りに来る時まで、コンビニで現像して渡そうと思ったからだ。

 5月18日、昨日の月曜日、午後4時のことだ。おじさんの笛が、遠くから聞こえた。最初にその音に気づいたのは、わたしだった。前日から、行商のおじさんがバイクに乗ってやって来るのを、いまかいまかと待ち構えていたからだった。
 「おじさん、やって来たよ!」と家族全員に声を掛けた。公園に遊びに行っているらしい穂高を除く5人が、家の中から外に出てきた。おじさんは、行商のリヤカーを、いつのものようにわが家の前に横付けしている。「今日で商売、終わりよ」とおじさんがポツリと言った。
 「やっぱり最後になるのかあ、おじさん。会えなくなると寂しくなるね」と言ってから、わたしはかみさんに頼んで用意してあった写真を、おじさんに手渡した。あずちゃんがコンビニから現像してきた記念写真である。おじさんは、照れくさそうに5枚組の写真を受け取って、トロ箱の脇に無造作に置いた。
 
 記念写真の贈呈式が終わって、わたしたちは、最後の注文をすることになった。
 息子たちは絹ごし豆腐一丁(220円)、わが家は木綿豆腐(220円)を頼んだ。ついでに、わたしは好物の厚揚げも頼んだかもしれない。かなり上気していたから、おじさんにお金をいくら渡したのか、記憶が定かではないからだ。
 ふとリヤカーを見ると、トロ箱にはお豆腐もがんもどきも、あまり数が残っていないようだった。最後の商売のため、わが家への立ち寄りを後ろの方にもって来たのだろう。きっとそうなのだろうと思った。
 商品の手渡しが終わると、おじさんはいつものように颯爽とオートバイに跨った。わたしは、最後の雄姿をスマホで写真に収めた。最後に撮った写真を、おじさんに手渡すことは永遠にないだろう。わたしひとりのための、記念の一葉にきっとなるはずだ。
 オートバイは、突き当りの露地を左に曲がった。さようなら、おじさん。一枚の写真が風のように去って消えた。

 
 
  

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