【柴又日誌】#200:夏穂の卒園式と紗楽の卒業式

 本日(3月18日)、次男の娘の卒園式が、亀有のリリオホールで開催された。孫たち4人の中で末っ子の夏穂(6歳)が保育園を卒園する。4人には平等に、池田屋のランドセルを買ってあげた。チャコール(紗楽)、ブラック(諒)、ブルー(穂高)、ミント(夏穂)。これにてラン活からも卒業だ。  

 夏穂が4年間、通った葛飾たいよう保育園は、夏穂が3歳で開園した新しい保育園だった。わが家からは、歩いて5分ほどのところにある。母親の梓が、複数の保育園を見て回って、コロナの最中に入園を決めた。その頃は、次男夫婦ともJR東海に勤務していた。夏穂の送り迎えには、わたしたち夫婦も協力した。
 玄関脇には、ホワイトボードを設置してある。夏穂の送迎用には、担当がわかるようにマグネット(バッチ)が色分けして貼ってあった。わたしは緑色で、かみさんはひっくり返すとその裏の色で、黄色のマグネット。真継がフルーで、母親のアズちゃんがホワイトだった。
 アズちゃんが退職したころから、ホワイトボードは、白一色になった。その時点で、2年前に退職していたかみさんの黄色のマグネットを、ときどきボードで見かけた。ところが、真継が転職するに及び、わたしの役割がほぼ終わることになった。
 年数回の臨時の登板で、わたしの役目は、週末のお布団の用具回収に手伝わされるくらいに軽くなった。すこし寂しい気にもなったが、いずれは卒園の時期も来るだろうから、引退が少し早まっただけだとわたしは思った。

 卒園式の前日、昨日のことになるが、最後のお迎えの当番が回ってきた。その日は、わたしたちから志願して最後のお迎えに出かけた。2階の「くじら組さん」いる「年長さんの部屋まで上がって行った。先生の指揮で卒園式で唱う歌が終わるのを待って、帰り支度を始めた。
 保育園から道路に出て、セブン-イレブン高砂七丁目店まで4人で歩いた。小学校から戻って来た兄の穂高が、夏穂のお迎えに参加したからだ。セブンの高七店で、この4年間の習慣にしていた買い物を終えた。コロッケ6個とメンチカツ2個を、かみさんが持参したエコバッグに放り込んだ。
 穂高と夏穂は、住吉小学校前の通学路を、二人で仲良く並んで歩いた。飛び跳ねたり、後ろから突っついたり、互いに肩を組んだりして、わずか5分の帰路についた。
 4月からは、夏穂は穂高に連れられて、自宅から歩いて2分の所にある小学校に通うことになる。夏穂は、一年生になるのが嬉しくて仕方がないようだ。勉強が大好きな夏穂は、とても賢い一年生になるのだろう。

 今週末は、神戸の孫たち二人のうち、上の子の紗楽(さら)が小学校を卒業する。その卒業式(21日)に、わたしたちは出席することになった。神戸の4人家族が住む家は、秋口に新しくなった。借家住まいが長く、紗楽が中学生になるのでひとり部屋も必要になっている。とうとう自分たちで持ち家を購入できた。
 いまは3年生になっている諒君のときは、小学校の入学式に参列した。それ以来の訪問になる。紗楽は、4月から向洋中学校に進学する。こちらの女の子も、中学校に通うのが楽しみのようだ。
 わたしたちの孫は4人とも、みな学校と給食が大好きだ。病気や怪我は何度か経験したが、登校拒否児はひとりも出なかった。遺伝子のせいだろうが、それが幸いだった。

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