吉永小百合(母親)と大泉洋(息子)のダブル主演の『こんにちは、母さん』を鑑賞してきた。寅さんシリーズでお馴染みの山田洋次監督の作品である。夏の終わり(9月1日)の公開から、すでに2か月半がすぎている。土曜日の東劇(東銀座)で、2割弱の観客だった。第一印象は、「吉永小百合が下町で足袋屋を営むという設定には、かなり無理がある」だった。
着物姿の吉永小百合は、あまりに美しすぎる。東京スカイツリーを背景に、隅田川テラスでブルーシート暮らしをしている叔父さんたちに、弁当配りのボランティアをするのには向かない。本当にリアリティを高めようと思えば、倍賞千恵子を登場させるべきだった。山田洋次監督がどうしても吉永小百合を使いたかった理由があったにちがいない。
個人の好き嫌いだから、それはよいとしよう。母親(吉永小百合)が教会の牧師さん(寺尾聡)に恋愛感情を抱くのは、とくに違和感は感じなかった。息子の人事部長(大泉洋)が、最後は同級生をかばおうとして大企業を追われるのも、よくある話だろう。自分も東京下町にいま暮らしているので、あたたかな義理人情の世界にどっぷり浸っている。
下町で暮らすことは、それなりに難しい面もある。しかし、孫たちが保育園や小学校に通う様子を毎日、傍から見て過ごしている。街で暮らす地元の人たちが、通学途中の子供たちの安全を見守ってくれている風景は、葛飾の住民としては安心感がある。東京の山手線の西側にはない風情もここにはある。
山田監督がどうしてもやりたかったことが、この作品を通して見えていた。東京スカイツリーと隅田川テラス、隅田川に架かっている橋が、物語の場面場面で登場してくる。
カメラアングルを変えて、照明の色と濃さを微妙に調整しつつ、主人公と街並みを交錯させる。その先には東京スカイツリーが映っている。下町のアイコンとして、シンボリックに光を放つ東京スカイツリー。
ストーリーは、とてもシンプルだ。70歳を超えて牧師さんに恋愛感情を抱く母親。妻と離婚してなお、ストレスフルな大企業の人事部長を務める息子。それなりの地位と誇りと収入を捨てて、息子は下町の足袋屋の母親の元に戻ってくる。それを静かに見つめながら、自分も下町に生活の基盤を求める大学生の娘の姿。
『こんにちは、母さん』の映画タイトルは、どこかで梓みちよの『こんにちは、赤ちゃん』の韻を踏んでいるように聞こえる。どこにでもありそうな下町の人間模様を、ふつうの感覚で感情移入できる昭和の物語だ。時間は、それでも静かに過ぎていく。
隅田川テラスや東向島の木造家屋が残る街並みを、わたしは頻繁に町ランしている。そうした下町で暮らすランナーのわたしならば、令和の下町物語をどのように脚色しようかと考えてみる。山田洋次監督とはちがう、もっとリアリティのある脚本で映画を撮影してみたい。
とても美しいけれど、下町の映画に吉永小百合は向かない気がする。主演はやはり、もっと若い倍賞千恵子さんだろう。相手役の息子は、誰に任せようか?