新潟県糸魚川市のわさび農園を訪問した。11月29日のことである。農業法人の「SKフロンティア」は、渋谷建設の多角化事業である。渋谷一正社長は土木建設業の三代目社長。農業に興味をもったのは、「糸魚川に来てくれたお客さんに、何の手土産も持たせることができないこと」が地元の問題だと思ったからだった。
<わさび栽培事業の開始>
特産品としてわさびを栽培しようと思い立ったのは、いまから17年前のことである。2004年(平成16年)に、焼山の雪解け水からわき出る湧水を利用して、わさびの栽培を始めることになった。土木建設業者だから、わさびの栽培施設(ビニルハウス)を作るのはお手のものである。渋谷建設には、それに加えてもうひとつのアドバンテージがあった。
新潟・富山の北陸地方は、豪雪地帯である。渋谷さんの会社は、厳冬期に雪を解かす融雪施設の工事も請け負っている。北陸地方の道路の下には、融雪のためのパイプが埋め込んである。冬の間でも、地下からくみ上げる伏流水は14℃で温かい。センターライン付近の小さな穴から伏流水をシャワーのように弓なりに散水すると、道路が凍らずに雪が溶けるという仕組みである。
渋谷さんは、融雪装置と同じ原理をわさびの栽培施設に応用した。伏流水は、年間を通して一定の水温(14℃)に保たれている。わさびを栽培する潅水パイプの装置は、融雪の設備と全く同じである。温室内には細かな砂利を敷いて、わさびに点滴潅水した水は地下にしみ込ませて還流させる。
最初は3棟の小さなビニールハウスを建てて、わさびが育つかどうかの実験から始めた。テストした品種は、栽培がむずかしいとされている高級わさびの「真妻」(まづま)。夏場の暑い時期でも、湧水の水温は変わらず14℃。温室内が30℃近くに上がる夏場でも、わさびは伏流水のクーラーで丈夫に育つことがわかった。しかも、伏流水に含まれるミネラル分の効果で、生育状態は年間を通して変わらなかった。
豪雪地帯でも、実際にわさびが栽培できることが実証されたわけである。通年でのわさび栽培が可能であると確信した渋谷さんは、2008年に2棟を増設して規模を拡大しようとした。ところが、湧水の利用には水利権が絡んでくる。農業法人とはいえど、地元の農家はおいそれと水を分けてはくれない。
そこで、湧き水ではなく、井戸を掘って地下から水をくみ上げて利用する方向に転換することにした。井戸水のほうが湧水よりも水温が安定していた。移転先の場所は、破綻した砂利採掘場で、そこを市から貸してもらうことにした。現在の栽培施設がある場所は、焼山の伏流水が溜まっているプール(貯水庫)であることがわかっている。しかも、海岸線に近いので、プールは海に流れ落ちていかないで溜まっている。貯った水は、ほぼ無尽蔵である。
<栽培規模の拡大>
2ヘクタールの砂利採取場に移動して、2棟式の温室でわさびを栽培することになった。そこから数年後の2013年に、農林水産省から6次化事業に補助金が出ることがわかった。わさびの栽培施設を12棟に拡大したかった。総投資額1.6億円の事業資金の半分を、農水省の補助金で賄った。それでも8千万円は自己資金になる。かなり大きな投資額ではある。
この資金で、2本の井戸を掘って、9M×30Mのビニルハウスを12棟建てた。年間を通してわさびを栽培できることが分かったので、苗の植え付けと収穫を少しずつずらす「ロテーション栽培方式」を採用することにした。わさびの苗を植え付けてから収穫できるよういなるまでには2年かかる。
全部で温室は12棟ある。苗の植え付けを2ヶ月ごとにずらしていくと、年間6棟を順番に収穫できることになる。ちょうど2年で12棟の「苗の改植ロテーション」が完成するのである。働いている社員(3人)とパート(1人)のシフトも、これだと年間で平準化できる。出荷のほうも、月曜日に収穫して水曜日の出荷。木曜日の豊洲でのセリに間に合わすことができる。
ちなみに、1棟のハウスには、2500株の苗が植え付けられている。ひとつの苗(株)から4本の脇芽が出るので、ハウス一棟で約1万本の本わさび(根茎)が収穫できる。わさびの収穫は、9週間でロテーションしている。一週間で250株(約1000本)を収穫している。月間では、約5千本の出荷量になる。年間では6万本に生産量である。
なお、豊洲などの卸市場では、真妻はkgあたり1万円(~2万円)で取引されている。一本が約100グラムなので、10本で1kgになる。ここから年間の平均的な事業規模を推測できるが、天然物のわさびに比べて、SKフロンティアの面積当たりの収量は倍になる。なぜなら、渋谷さんの温室の水温が一定なので、わさびが年間を通して生育を続けるからである。
その結果、収穫期の2年後には、わさびは通常の倍の収量になっている。品質が良いことは、別の理由もあるのだが、生産性が高くなるのは、特許を取得している独自の栽培方法のためである。
(中断) この続き(下)は、明日にアップする。