9月に愛媛県の宇和島に行くことになった。明治44年創業の木屋旅館に泊まるためである。築112年の建物(1911年)は、改装した後で登録有形文化財に指定されている。政治家の犬養毅や、文学者の司馬遼太郎、五木寛之などが投宿した宿である。一緒に宿泊するのは、花業界の友人たちの3人(水谷さん、宮本さん、小川)と、元院生で介護施設長の里村さんである。
9月の旅行は、2年前の花の展示会(フローラル・イノベーション)の直前に、わたしが青森県の「酸ヶ湯温泉」に泊まったことから始まった話だった。酸ヶ湯温泉は、「日本の秘湯を守る会」の宿である。47都道府県のマラソン大会を制覇しようと、一生懸命にハーフのレースを走っていたころ、ぜひとも行ってみたいと思っていた温泉のひとつだった。
一昨年の暮れに念願が叶って、伝説の温泉に漬かることができた。温泉宿は、一般宿泊客と湯治客に棟が分かれている。八甲田山の麓にあって、観光道路ができる前は、さすがに秘湯というだけあって簡単にはいけない場所だったはずである。酸ヶ湯温泉は、東北地方にまだ残されている風習、混浴のお風呂である。
戦前に建てられた大浴場で、ランプの薄暗がりの中で男女混合でお風呂につかる。男子と女子は同じ湯舟に漬かっているのだが、男女のエリアがほぼ決まっている。対岸で薄暗がりなので、男性のエリアから女子の様子はよく見えない。
しかし、この計画はかみさんの猛反対にあって、たちまちおじゃんになった。その後も、みなさんお忙しい方なので、最終的な行先が二転三転してなかなか決まらなかった。
日本全国の温泉地をネットをサーフィンしていて、宇和島の木屋旅館を見つけた。先月の中旬ごろだった。
木屋旅館は一棟借りになる。というか、それしか宿泊のプランがないからだ。2人から10人で宿泊するのだが、グループで泊って一泊5万円弱。朝食のみで、夕食は外のお店を紹介してくれる。たくさんの仲間と一緒に泊まると、一人当たりの宿泊料金がどんどん安くなる仕組みがおもしろい。
老舗の旅館を一晩、借り切ってしまうという贅沢は、一人ではできない。今回は4人の仲間で泊ることになる。老舗旅館の一棟借りは、温泉好きなわたしとしては、いちどは実現してみたいとプランだった。混浴風呂も試したかったのだが、一棟借りで落ち着くことにした。
ところで、旅館を一棟借りするアイデアは、わたしの願望から生まれた旅である。英語で「wish list」。日本語に無理やり訳すと、「願望帖」になるのだろうか(笑)。著名な三ツ星レストランや美しい風景の街など、すぐには行けないけれど、いつか訪れてみたい場所をメモしておいた一覧表のことである。酸ヶ湯温泉も木屋旅館も、長い間の願望が実現したケースではある。
わたしの友人の中には、超グルメな経営者(企業家)がいる。彼らは非公式なグループを形成していて、ネットワークでつながっている。予約がなかなか取れないレストランや割烹に集まっては、仲間と一緒に、高価なお酒を飲みながら美味しい食事を楽しんでいる。その輪の中心にいるのが、6月で経営の第一線から退くことになった神戸の総菜会社「ロック・フィールド」の岩田弘三氏会長である。
グルメ仲間たちは、たとえば、京都の老舗天ぷら屋やパリの星付きレストランを見つけると、岩田さんの個人携帯に電話する。予約をとるのが困難な店でも、岩田さんの紹介があれば簡単に予約が取れてしまうらしいのだ。その瞬間、60年の歳月とお金をかけて構築してきた当代一流のシェフたちとのコネクションが活きるというわけである。
わたしも、何度がその恩恵に浴したことがある。岩田さんの伝記を書くという名目で、京都(祇園)や東京下町(門前仲町)の天ぷら屋やさんで、岩田さんがシェフたちと交わす会話を聞かせてもらった。材料の選び方や料理の味わい方など、日本料理は実に奥が深いことを知ることになった。
80歳という年齢の問題もあるが、引退による「岩田グルメ・コネクション」の喪失を一番に惜しがっているのは、「良品計画」の元会長、松井忠三さんである。「ファッションセンターしまむら」の二代目社長、藤原秀次郎さん(現、取締役相談役)なども、岩田さんの引退を惜しんでいるひとりだろう。
グルメ仲間たちに特徴的なのは、夫婦同伴で食事を楽しむことである。岩田さんご夫妻、松井さんご夫妻、藤原さんご夫妻は、それそれ仲がよろしい。その点では、わが夫婦も共通のところがある。残された時間を、夫婦の共通の関心事であるグルメを楽しむ。
さて、自分の願望帖のことになる。ウイッシュリストは、手帖の片隅にひっそり書いておくものらしい。
いまわが家のテーブルの上に、一枚の紙が置いてある。わたしたち夫婦が、再訪してみたいと思っている店のリストである。岩田さんや松井さんたちのグルメパーティーとちがって、ごく慎ましやかな下町のレストランや和食の店が書いてある。わたしたちのお店再訪のメモの何軒かには、一緒に行きたい誰かの名前がメモされている。たとえば、
「神楽坂つくし(京成津田沼駅前)」(佐野さん夫妻、あるいは、高島さんご夫妻)
「日本橋玉ゐ(あなご専門店)」
「川魚料理 根本(うなぎ、三郷市)」(井上さん、宍倉さん)
「土手の伊勢屋(天ぷら)」
「トラットリア た喜ち(イタリアン)」(佐藤さん、井上さん)
「諏訪 小林(うなぎ)」
「諏訪 観光荘(うなぎ)」
「亀戸 升本(和食)」
こうしてみると、わが夫婦は、和食(とりわけ、うなぎと天ぷら)が好きだということがばればれである。
個人的には、女子友(ガールフレンズ)を誘ってみたいお店がいくつがある。そのウイッシュリスト(+フレンズ名)は、ここでは秘匿しておくことにする。ここまでで、本日のブログは終了になる。
午前中に、これから翻訳の仕事を終える。夕方からは、消防団の警備(地元の盆踊り大会2日目)に当たる。久しぶりで、クリーニングから戻ってきた「活動服」を着用することになる。夜も暑くなるだろうから、上着のほうは、「消防Tシャツ」で代用してよろしいと石川分団長から指示が出ている。