【書評】桜井多恵子(2020)『チェーンストアの教科書:規模拡大、組織、数値、店づくり、商品構成まで』(★★★★★)

 本書は、日本リテイリングセンターのシニア・コンサルタントによる「チェーンストア構築のためのバイブル」である。著者の桜井多恵子先生には、法政大学イノベーションマネジメント研究科(経営大学院)で客員教授をしていただいた。プロジェクト最終発表会での「切れの良い鋭いコメント」を今でも忘れられない。

 

 桜井先生の師匠にあたるペガサスクラブ創始者、渥美俊一先生が亡くなられてから12年になる。いまでも、ときどき渥美先生のことを思い出すことがある。桜井先生に客員教授をお願いしたのは、渥美先生が病に倒れられて研究科客員教授の任期を全うできなったからだった。桜井先生の文章を読んでいると、渥美先生の肉声を一緒に聞いているように感じることがある。

 本書の刊行からは2年半が経過している。チェーンストア運営の原則論が展開されているので、内容が古びた印象はまったく感じない。チェーンストアの基礎論とその事業構築の原則は、時代を超えて不変だからである。本書は、その原則を淡々と解説しながら、最終章では、最近のECやAIなどの役割についても、チェーンストアとしての対応が述べられている。

 

 本書の内容は、2014年ごろから商業誌『ダイヤモンド・チェーンストア』に連載された原稿を再編集したものである。一部は、本書が出版された年に休止になった『販売革新』(商業界)に寄稿した原稿を含まれている。桜井節がさく裂している文体である。

 評者は、両雑誌のコラムを通して桜井先生の原稿を断片的に見てはいたが、通して読んだのは初めてかもしれない。20年前に知己を得て、桜井先生の著作を数冊、これまでブログでも紹介してきた(例えば、桜井多恵子『ベーシックアパレル:これからのチェーン化経営戦略』ダイヤモンド社、2008年)。

 もしかすると、今回の書評は最後になるかもしれない。さきほど、本書を感慨深い思いで読み終えた。

 

 内容は、タイトル通りの「教科書」である。全体は6章構成で、とてもバランスがよい。桜井さんのすばらしいところは、文章から無駄を極力排除していることである。わたしなどは、つい余計なことを追加で書いてしまう。

 表紙カバーの袖(裏)には、本書の刊行目的が書かれている。引用してみる。これも実にシンプルである。

 

  チェーンストア経営の目的は、

  消費者が毎日を楽しく、便利に暮らせる、

  「経済民主主義」を実現することである。

  小規模のままでは暮らしは変えられない。

  革新は「現状否定」からしか

  始まらないのである。

 

 いまから60年前(1962年)、渥美先生がペガサスクラブを創設して、日本の小売流通を変革しようとした精神(チェーンスト産業化50か年計画)がここには書かれている。当時、日本リテイリングセンターの指導を受けるため参集した13人の経営者たち(現イオングループの名誉会長、岡田卓也氏など13人:図表1、P.14)への指針となったのが、本書のテキスト(教科書)である。

 「チェーンストづくりの原則」は、その後もほぼ変わっていないはずである。読みながら、「黄色のLINEマーカー」を引いていった。つまり、チェーン化のたまに本質を突いた部分である。渥美さん先生と桜井先生のふたりが、「ペガサスの政策セミナー」で、繰り返し繰り返し、要点を説明していた原則である。

 その全体像を、本書で復習することができた。そして、本書を読みながら、日本の小売流通の未来については考えていた。評者のコメントについては、後日、改めて整理して書いてみたいと思う。