夕刻に、友人たちと駅前の鉄板焼き屋(HOKUHOKU)で会食をすることになった。そのため、昨日の宿題(雑誌記者、林さんの質問)を、本日に持ち越してしまった。課題は午前中に始末しておきたいと思う。というのも、類似した質問を、本日の夕方、SPRING(サービス生産性協議会)の吉田さんから受けることになっているからだ。
吉田さんから頂いた提案は、「SPRING会報の特集企画案として小川先生の『「値付け」の思考法』をベースに、原料高となっている現在の値付けを読み解く』(仮)を思案しています」であった。本日の午後に、編集チームで神田小川町のわがオフィスへ打ち合わせに来ることになっている。
これもまた格好の材料なので、台湾ビジネス誌の林さんの質問に事前に応えておくことにしたい。林さんの前提は、以下の3点だろうと考える。
(1)低価格で高品質なのに、わが国の企業の国際競争力が低下している(それはなぜか?質問1の前提)。
(2)国内需要の低迷は、日本企業の活動にマイナスの影響を及ぼしている?(質問2)。
(3)第2次安倍内閣時代の財政金融政策(黒田日銀総裁も同根)が、価格低迷と円安を誘導した(質問3)。
わたしの見解と分析を順番に応えてみたい。
> *The following is an outline of the interview:*
> 1.For international consumers, Japanese brands are known for offering high-quality and low-price service at the same time. Why do you think that has become a notable feature of Japanese businesses?
日本企業の成功は、高品質・低価格によるものであった。それは、正しい認識である。また、初期の日本企業のグローバルな成功は、現在の台湾・韓国企業のモデルになっていると考える。経済成長がもたらした果実は、欧米企業からの学習と上手な技術移転(模倣)であった。とくに耐久消費財分野でそれが実現した。
同時に、日本国内を見てみれば、経済成長の果実を享受できた厚い中間層(団塊の世代)の存在していた。かれら(のファミリー)は、「衣食住遊」の分野でプレミアム消費市場を活性化させた。
供給側に目を転じるならば、小売サービス業でも、チェーストア理論を学んだ起業家や、日本独自の事業を構築する新手のベンチャー経営者が生み出された。その第二世代の日本企業が、製造小売業化を促進する基盤を作った。たとえば、ファーストリテイリング、ニトリ、カインズなどが、そうした第2世代であり、第一世代(ダイエー、イオン、IY、セゾンG)の後に続いた。
戦後の包装消費財メーカー(食品メーカーとトイレタリー企業)は、この環境を上手に利用して成長を遂げることができた。たとえば、日清食品、カルビー、カゴメ、花王、資生堂などが、その恩恵を受けた企業群である。メーカーも小売サービス業も、工場のアジア移転で、低価格(=原価低減)の恩恵を受けてきた。
そして、近年の展開を見るならば、アジア諸国(韓国、中国など)が模倣段階から自立することで、日本企業の国際競争優位は失われている。ただし、イノベーションが継続している分野(アパレル、外食産業や食品加工業、トイレタリー分野)では、国際競争力を失ってはいない。それは、価格優位の戦略ではなく、高いサービスや品質に裏打ちされた企業努力によるものである。
> 2.Economists have often described Japan as suffering from stagnant growth and weak consumption. What impact does this macro-economic environment have on Japanese businesses?
答えは単純である。一国の経済が停滞して需要不足の状態では、既存の分野では価格のみのが市場対応の手段となる。これが1990年来の「失われた30年」の実相である。イノベーションの主体は、技術的には米国に移り、市場競争ではマスメリット(規模の経済性)を享受している先端的なアジア企業、たとえば韓国のサムスンや台湾企業のTSMCに移った。
日本で今だに競争優位に立っていう分野は、ソフト産業(ソニー、ジブリなど)とデザイン業界(ユニクロ、資生堂、アシックスなど)か、技術イノベーションをベースにした部品産業(日本電産、村田製作所、ダイキンなど)である。
> 3.Abenomics had unleashed an era of weak yen. How does weak yen impact the service and retail industry in Japan? How does weak yen shape business strategy?
アベノミックスの本質は、大規模な金融緩和による需要創造と消費市場の刺激だった。有効需要の創出と株価上昇は、企業の収益性を高めた。その反面で、世界的な動きと同様に、貧富の差=所得格差が日本でも拡大した。出生率の低下が議論されているが、高齢化する社会が「人口ボーナス」を失ったときにできる唯一のことは、イノベーションを起こすことである。それしか脱出策はない。
次の質問(4)と関係するが、成功した日本の小売サービス業が、この30年間で歩んできた道は、SPA化(製造小売業化)であり、アジアからの海外調達戦略による低価格を武器としていた。アジア現地企業の勃興と国際的な資源価格の高騰は、この手段を封じ込めることになった。それゆえに、新しい産業の創出と技術イノベーションのタネを撒くことが、日本の産業にとっての課題である。
> 4.What are some new trends emerging from Japanese service and retail businesses?
日本の小売サービス業で起こっている顕著なトレンドは、「DX化」(デジタル・トランスフォーメーション)と「CX」(顧客体験)の自社事業への取り込みである。しかし、このどちらも、事業の効率化とサービス改善への取り組みである。そして、それ以上でもそれ以下でもない。確かに、この取り組みに成功すれば、ビジネスの収益性は高まる。
ところで、顧客価値の方程式でいえば、
* 顧客価値 = 顧客ベネフィット / (価格 + 消費のための労力 + 時間)
である。顧客価値の向上は、分母の「時間と労力」の低減によるものである。また一部分は、分子の「機能的なベネフィット」の提供から生まれている価値である。
それゆえに、DXもCXもどちらも、長期に渡る大きな需要創造には結びつかないだろう。そのようにわたしは考える。もっと違った形のビジネス・イノベーションが必要だと思う。以下に、その具体的な事例を紹介する。
(1)都市型植物工場
あたらしい形のSPA(野菜の製造小売業)。都市の中心部で野菜を栽培して、それを店頭で販売する。ドイツ企業(Infarm)の日本法人、インファーム・ジャパンが運営しているシステム。
(2)花のサブスクリプション・サービス
従来は、花店で販売していた花束を、自宅のポストに届けるサービス。ブランド名は、「ブルーミー」。若手の起業家(武井氏)が起業した会社。
(3)ミールキットの宅配サービス
「オイシックス・ら・大地」(東京都)。若きベンチャー起業家、高島社長が2000年代初期の創業。自然食品の宅配サービス会社「大地」と「らでぃっしゅぼーや」を買収して経営統合。海外のヴィーガン宅配会社もM&A。1000億円企業に成長している。