『日経ビジネス』(7月5日号)で、親しい友人の顔を見かけた。法政大学大学院の同僚・平石郁生講師と、京都の有機農産物宅配会社「坂ノ途中」の小野邦彦社長のふたりだ。平石さんは、スーパーに野菜栽培ユニットを設置して、水耕の葉物野菜などを販売している会社「インファーム(日本法人)」の代表である。
同じ野菜を扱っているが、両社は全く逆のタイプの会社である。
小野さんの坂ノ途中は、新規就農者(全体の9割)が作った有機野菜を、主として宅配でネット販売している。京都市内の飲食店(料亭、レストランなど)にも卸している。扱っている野菜は、不揃いであることが特徴である。収穫時期も一定していない。生産は、自然に任せることをよしとしている。
ある意味で、小野さんの商売は、近代農業に求められる企業的な生産方法や品質管理を無視してといる。品質が一定しないこと(ブレ)が、坂ノ途中が扱う野菜の特徴である。通常だと「規格外品」になる野菜の味や色の変化を、むしろ消費者に楽しんでもらうことをアピールしている。
小野さんの「自然と共に若い就農者と生きる姿勢」は、東南アジアの熱帯雨林で栽培している「海の向こうコーヒー」の事業にも生きている。あえて森の中でコーヒーを栽培するのは、森林の伐採を阻止するためである。ミャンマーやラオスから輸入されたコーヒー豆は、国内の味にこだわりのあるカフェ1000店に納品されている。また、最近では、京都市内でオーガニックレストランを始めている。
同僚の平石さんがドイツから持ってきたビジネスは、農業ベンチャー「インファーム」の日本法人である。事業コンセプトは、「Urban Indoor Farm」(都市型室内農場)である。都内のサミットストアや紀ノ国屋など、スーパーマーケットの店内に、野菜の生育が見られる「栽培ユニット」を設置する。コンビニのリーチインクーラーのような什器の中で栽培された野菜を、鮮度感のある根つきの状態で販売する。
都市部のスーパーの中で栽培するので、物流費はほとんどかからないに等しい。栽培方法は、循環型で完全密閉式なので、水も肥料も通常の農法に比べて断然コスト節約的である。農薬も使用していない。野菜の栽培管理は、データ分析をして完璧に生育管理されている。収穫される野菜は均質で、販売のタイミングと同期するようスケジュール管理されている。
従来型の慣行栽培の野菜は、田舎(Rural)の農場で化学肥料と農薬を使用して生産されている。長野県や群馬県で大量生産されている高原野菜(キャベツやレタス)などがその代表的である。そこから出荷される野菜は、天候と土壌の性質に影響される。しかし、野菜は均質で生産コストはなるべく低く抑えるように、少ない品種を大量に生産する。
それに対して、インファームでは、設備的に人工的な環境を作って、野菜の栽培を人工知能とデータで制御する。坂ノ途中では、自然に任せて不均一に出来上がる野菜のばらつきを楽しんでもらう。両社は、方向性は異なっているが、大量生産で均質な野菜という概念から離れようとしている。
両社が向かうところは、それぞれ別の意味で、「先祖返り」とも言える栽培アプローチである。元祖野菜は、ローカル生産・ローカル消費だった。わたしがかつて田舎で食べていた野菜は、とっても不均一だった。田舎の農家でできるメロン(うり)は、割って食べてみないと味がわからなかった。
] それをわたしたちは、「ロシアンルーレット」と呼んでいた。出来が良いこともあれば、全然ダメなこともあった。でも、そんなことは気にしなかった。気にならなかった。
坂ノ途中の地産地消。インファームのデータコントロール。人工的な環境と自然任せの栽培形態。未来の野菜の栽培には、どのようなインパクトを与えるのだろうか?