「日本初、機能性表示食品の豚肉(上):(株)クリマの「氷室豚」」『食品商業』2021年5月号

 シリーズとしてはめずらしく、生鮮品の機能性食品を取り上げてみました。群馬県の特産品になった「氷室豚」((株)クリマ)は氷温熟成されたブランド豚です。前編・後編の二回の連載になります。前編では、美味しい機能性食品のブランド豚が誕生するまで、二代目経営者の栗原守社長の苦闘の歴史を扱います。

 
「日本初、機能性表示食品の豚肉(上):(株)クリマの「氷室豚」」
『食品商業』2021年5月号(連載:農と食のイノベーション、第28回)

 

 <リード文>
 連載の26回目では、日本ではじめて「機能性表示食品」の豚肉をブランド化した「(株)クリマ」を取り上げます。ブランド名は「氷室豚」。群馬県の伊勢崎市で精肉店を営んでいた栗原守氏が、氷温熟成の技術開発からユニークな銘柄豚を生み出します。成功の要因は、衛生温度管理に基づく食品加工技術の開発力です。全国メーカーに躍進する途上にある食肉加工メーカーが歩んできた技術開発とブランディングの歴史を紹介します。

 

 <ブランド豚:差別化のポイント>
 「ブランド豚」と検索すると、全国各地で肥育されている銘柄豚の名前が出てきます。鍵島の「かごしま黒豚」(鹿児島)、沖縄の「あぐー」、山形の「平牧三元豚」と「和豚もちぶた」(山形)、栃木の「桜山豚」などです。国内には約300の銘柄豚があると言われています。銘柄豚のネーミングを見てわかることは、ブランドとして差別化がなされているポイントが、産地(鹿児島)や品種(あぐー)、または餌(もちぶた)であることです。
 ところが、群馬県伊勢崎市の「(株)クリマ」の栗原守社長(69歳)は、これらの銘柄豚とは一線を画す差別化の方法を選びました。若いころに料理人だった栗原さんは、実家の栗原精肉店を承継した後、豚肉の食肉加工業に乗り出します。大手食肉卸の「スターゼン」の下請けメーカーとして独立しますが、あるとき熟成と出会います。30年ほど前のことです。
 栗原さんはお肉屋さんから「美味しいお肉を届けたい」という思いで独自で熟成に取り組みました。独学で励んでいる最中、15年前に劇的に運命を変える氷温熟成と出会います。
 「氷温熟成」とは、食材が凍る直前の温度で貯蔵や加工を行い、素材の旨味を引き出す方法です。古代より食物を貯蔵する施設として「氷室」が知られています。たとえば、収穫後のジャガイモを雪室(氷室)の中で貯蔵すると、寒さから細胞を守ろうとしてジャガイモは糖度が増します。冬場に氷温域で貯蔵されたジャガイモから、ホクホクでおいしいコロッケができるわけです。

 

 <豚肉の氷温熟成技術を確立する>
 豚肉の場合も同様です。凍るか凍らないかぎりぎりの温度(マイナス1℃~2℃)で長期間熟成させると、細胞の自己防衛機能が働き、豚肉の旨みや甘みの成分が自然と引き出されるのです。また、氷温熟成には、食中毒の原因となる微生物の繁殖を抑えるメリットもあります。米や野菜などの食品加工現場では採用されていましたが、栗原さんが氷温熟成に取り組みを始めた当時、豚肉の氷温熟成技術は確立されていませんでした。
 「人と同じ景色は見たくない!」。伊勢崎のご自宅で初めてお会いしたとき、栗原さんの言葉がこれでした。仕事に厳しくストイックな栗原さんのチャレンジが始まります。以前から牛肉の熟成技術は定着していました。しかし、牛肉より傷みが激しい豚肉の場合、長期の熟成期間と腐敗のリスクが隣り合わせになっています。普通の処理をした豚肉は、屠畜してから2週間経たずに消費期限を迎えます。そこで採用したのが、緻密な衛生・品質・温度管理でした。
 細菌の繁殖を防ぐため導入したのが、枝肉の自動洗浄ラインです。食品の安全確保のために薬品類などは一切使わず、温水と常温水と冷水を組み合わせて洗浄を行います。この着想は、栗原さんが板前時代に経験した、鯉の洗いの調理法にヒントを得たものです。鯉の洗いは、ぬるま湯で洗ってから冷水でしめるのだそうです。
 洗い方にも細かな工夫が必要でした。ノズルの形状や水が噴き出す適切な角度を確立するまでに7年という長い期間を要しています。高度な技術を会得した有能なエンジニアの仕事です。理想的な氷温域の設定についても、栗原さんは試行錯誤を繰り返してきました。たどり着いたのが、7つの冷蔵庫を別々に用意して豚肉を均質に冷やしていく方法です。プラス/マイナス0.1度の温度差で、細かに庫内の温度を制御します。

 

 <氷室豚の誕生>
 緻密な改善の努力を重ねて完成させた氷温熟成技術によって、「氷室豚」が誕生しました。2008年のことです。ちなみに、群馬県は豚肉の生産量では、鹿児島県、宮崎県、千葉県に続いて全国第4位です。氷室豚の登場によって、吾妻、榛名、太田の指定農場で育てられた豚肉は、群馬県を代表する新しいブランド豚となります。
 現在、氷室豚は全国の高級ホテルや有名レストランのメインディッシュとして提供されています。それだけではありません。三越伊勢丹や丸広百貨店(埼玉県)をはじめとして、全国の有名百貨店で氷室豚の取り扱いが増えています。ネット販売や百貨店を含めた販路の拡大については、後半で詳しく述べることにします。
 氷温熟成の技術が、豚肉の旨みや甘みの成分を引き出すと述べましたが、氷室豚を食べた消費者からは、つぎのような感嘆の声が寄せられています。「厚みのある肉でもやわらかく口の中でとろけるような食感」「脂が甘くサラリとしている」など。これは筆者も常日頃に氷室豚を食べて実感している点です。氷室豚には、豚肉特有の臭みがまったくありません。
 氷温熟成された豚肉の美味しさは、「氷温協会」(鳥取県)が分析したデータでも裏付けがなされています。氷温熟成前と熟成後では、旨味成分のグルタミン酸が約2倍に増加します。コレステロール値を下げる効果があると言われるリノール酸やオレイン酸も、約1.5倍に増えることがデータで示されています(14日熟成の場合)。
 独特の口どけの良さは、氷室豚では脂肪の融点が、39.5℃から35.1℃に降下するからです。人間の体温は36℃前後です。温度帯の真ん中ですから、氷室豚の脂身は口の中で自然にとろけることが分かります。感覚的な食感の良さが科学的にも証明されたわけです。

 

 <機能性表示食品として登録される>
 さらに調べてみると、氷温熟成のプロセスで生成するアミノ酸が、健康に良いことが分かってきました。そこで、栗原さんは、地元の前橋工科大学に機能性成分のアミノ酸の解析を依頼します。分析の結果は、とても興味深いものでした。
 氷室豚に含まれる有効成分(イミダゾールジペプチド)が、「疲労感の軽減」と「記憶力の維持」の機能性を持つことが証明されたのです。折よく2015年には、機能性食品表示の制度がはじまっていました。これまで業界では誰も挑戦していなかった「機能性表示食品」の精肉として日本で初めて、氷室豚を届け出ることにしました。
 消費者庁によると、「機能性表示食品とは、事業者の責任において、科学的根拠に基づいた機能性を表示した食品で、販売前に安全性及び機能性の根拠に関する情報などが消費者庁長官へ届け出られたものです」と説明があります。2018年、氷室豚に含まれる機能性関与成分のイミダゾールジペプチドが、以下の表示機能性を有することが登録されました。
 「本品(枝豚肉氷温熟成氷室豚14日熟成)には、イミダゾールジペプチドが含まれています。イミダゾールジペプチド200mg(本品40g)には、一過性の疲労感を軽減する機能があることが報告されています。また、イミダゾールジペプチド1000mg(本品200g)には、中高年の方の加齢に伴い低下する認知機能の一部である記憶力(言葉覚え、思い出す能力)を維持することが報告されています。一時的な疲れを感じている方や、加齢による記憶力の低下を感じている方に適した食品です」(認定番号E433)
 なお、氷室豚には、氷温で二週間熟成された「14日間熟成」と、約1ヶ月氷温で熟成させた「30日間熟成」の2種類があります。熟成期間が長くなると、イミダゾールジペプチドやリノール酸、オレイン酸の含有量は増していきます。

 

 <次回予告>
 氷温熟成技術は2008年には完成していましたが、銘柄豚としてプレミアム市場を開拓するにはマーケティングが必要でした。新たな販路をどこに求めるのかも課題でした。(下)では、展示会に氷室豚のブースを出展することで、百貨店チャネルを開拓していくプロセスを紹介します。

 

  <<写真:氷室豚の自動洗浄ライン、その他>>