連載の3回目(9月号)では、「不二製油グループ」の取り組みを取り上げました。2013年に清水社長が経営トップに就任から、グループの事業領域を大きく植物由来の食品(たんぱく質)に舵を切り始めています。同社の歴史から、そのビジネスの変遷を整理してみます。
「“植物の時代”の到来を見越して、事業ドメインを再定義する:不二製油グループ」
『食品商業』2018年9月号(連載:農と食のイノベーション#3)
文・小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)
<リード文:イノベーションのポイント>
オーナー企業の場合は、長期間の赤字が続いても、将来的に有望な事業から容易に撤退しないものです。例えば、サントリーのビール事業や大塚製薬のカロリーメイトなどが典型的なケースです。両社は低成長/低収益の「負け犬」の事業を捨てず、20~30年後に中核事業に育てた良い事例なのです。家族経営ではありませんが、当時、伊藤忠商事が全額出資し、最後発で油脂事業に参入した不二製油の大豆たん白事業(現、大豆事業)もその一つです。長期的な視点から、不採算部門だった「大豆たん白事業」を、技術開発の推進によりコア事業に育てあげました。不二製油が、油脂会社から「植物性の食素材で社会にソリューションを提供する」(Plant-Based Food Solutions Company)に変身を遂げるまでの事業の変遷を紹介してみます。
<「日本ベジタリアン協会」を支援>
インタビューで訪問した日(8月21日)、大阪・中之島にあるダイビルの不二製油グループ本社応接室で、清水洋史社長から一枚のDVDを手渡されました。今を去ること24年前の1994年に、大豆たん白のプロモーション用に制作された『週に一度はベジタリアン』 という動画です。清水社長によると、「伝えたかったのは、完全なベジタリアンではないけれど、たまには野菜を中心とした食事を意識するようにしましょう、というメッセージでした」(フレキシタリアンの勧め)。
清水社長(当時は蛋白販売本部 小売事業部開発室長)は学者たちと一緒に、『日本ベジタリアン協会』を設立します。ビデオ制作に3,000万円を投じて協会の運動を支援しましたが、すこしばかり時代は早すぎたようです。将来をかけた大豆たん白事業に、ビジネス的な見返りはほとんどありませんでした。それがいまでは、食を取り巻く環境が大きく変化しています。食物アレルギー対応、地球環境への負荷低減、動物愛護への配慮、深刻化する食糧供給問題など。
動物性たんぱく質(肉や魚)を摂取しない人たちは、“ベジタリアン”とか“ヴィーガン”(完全菜食主義者)と呼ばれます。その食事の栄養源は、大豆由来のタンパク質 や雑穀類、イモ類なのです。ベジタリアン向けの料理店で提供される食材には蛋白源として大豆の加工分解技術によって作られているものが多いです。これは不二製油が得意とする分野で、たとえば、市販されている栄養補助スナックやシリアルバー の材料は、同社が提供している大豆タンパク質が含まれています。
30年以上前 から、こうした食品素材の存在は業界内ではよく知られていましたが、不二製油は食品メーカーやコンビニエンスストアの「黒子」でした。自らのブランドでマーケティングを展開することがありませんでした。素材供給メーカー(B2Bビジネス)であることが不二製油の知名度が低い理由だったわけです。
<不二製油の小史>
不二製油は、創業からごく短い期間に、4つのステージを経て事業形態を進化させてきました。2013年に、営業畑出身ではじめての社長が誕生します。同社の大躍進はそこから始まるのですが(社長就任4年で、純利益82億円→137億円)、時代の変化を見据えて、清水社長はPlant-Based Food Solutionsを打ち出しました。以下では、そこに至るまでの同社の歴史を簡単にレビューしてみます。
① 「独自原料を模索した時代」(創業1950年~1960年代)
創業時(1950年)は、先発の大手油脂メーカーとの競争という壁が立ちふさがり、他の製油会社が取り扱っていない南方系の油脂原料に着目。コプラ(ヤシ)やパームカーネル油など独自の開発を進めます。油脂溶剤分別決勝装置が完成したことで、不二製油ではココア脂類似のハードバター(ココアバターの代替脂)の生産に乗り出し、コーティングチョコレートをきっかけに洋菓子業界へアプローチを開始しました。日本国内の洋菓子ブームを受け、各種植物性油脂クリームの開発に着手します。また、大豆たん白の高度利用を目指し、脱脂大豆に含まれるタンパク質の変性を防ぐために低温抽出を採用。油脂と大豆たん白の独自性を極める製品開発に向けて研究をつづけました。
② 「植物素材多様化の時代」(1970年代~1980年代)
1970年代にはスナック菓子のブームが到来。主要顧客が菓子メーカーやレストランなどに変わっていきます。「菓子業界の黒子だったわが社の強みは、植物の分離技術でした」(清水社長)。チョコレートにも軽い口当たりやナッツ類、ビスケットを組み合わせたものなど、ココアバターにはない特性、特に溶解温度や粘度、作業性など様々な用途に応えて調節できる不二製油の技術が不可欠なものとなりました。お客様とケーキや大豆たん白加工食品の共同試作研究ができる調理用施設を備えた「フジサニープラザ」を開設。東京と大阪に開設されたプラザを中心にお客様のニーズに応えるメニュー開発が活発化していきます。不二製油は、日本の食品メーカーで最大の特許出願件数(>2000件)を誇っています。この時代は、つぎの第三段階で必要となる「用途開発」が進みました。
③ 「商品開発の技術支援会社の時代」(1990年代~2000年代)
コンビニエンスストアや食品スーパーの商品開発に技術支援企業として協力しながら、しだいに素材提供事業にシフトしていきます。コンビニエンスストア、食品製造会社の方々と、三位一体になり例えばデザートケーキやシャーベットドリンクなどの新しい製品開発に取り組みました。同時に、パンや惣菜などの分野にも参画。この経験により、消費者ニーズの大切さや開発力向上、市場から情報を見出す発想を学ぶこととなりました。
<食品加工産業のソリューション会社へ(2010年~)>
清水社長へのインタビューは、相模屋食料(本社:前橋市)の鳥越淳司社長とのご縁からお願いすることになりました。日本最大の豆腐メーカーである相模屋食料は、2014年に「マスカルポーネのようなナチュラルとうふ」を発売します。東京ガールズコレクションなどに出品して大ブレークしたナチュラルとうふは、豆乳クリームがベースになっています。
その基本技術が、不二製油が保有する技術特許の「USS製法」(大豆の新しい分離法、コラム参照)でした。そもそもUSS製法のヒントは、牛乳の分離技術(脱脂乳+生クリーム)から得られたようです。USS製法(Ultra Soy Separation Manufacturing Method)と呼ばれる分離技術に見られるように、大豆を分離加工することから得られる素材(低脂肪豆乳、豆乳クリームなど)を用いて、付加価値の高い素材を提供する不二製油。そして、油脂や製菓・製パン用素材はもちろん、大豆から生まれる新たな食素材を通じて、地球環境や人々の健康に貢献する企業として「おいしさと健康」を前面に打ち出す決断をしたのが、清水氏だったわけです。
<コラム> USS製法(ウルトラ・ソイ・セパレーション製法)
不二製油が大豆本来のおいしさを追求する中で独自に開発した、世界初の新しい大豆の分離分画技術のこと。同社の成長戦略「大豆ルネサンス」の核になる。大豆を卵や牛乳のように分離することで、『低脂肪豆乳』と『豆乳クリーム』の2つの素材が得られる。(2012年に特許取得)。「低脂肪豆乳」も「豆乳クリーム」も大豆由来のため、動物性の素材に比べ低カロリーを実現。また、大きな特長として、野菜や果物、和風出汁との相性も良いことが分かっている。低脂肪豆乳と豆乳クリームをベースにチーズ様素材など様々な製品を提供している。
* (図は、不二製油のHPから抜粋)