【シリーズ:農と食のイノベーション(第8回)】 「食のバリアフリーを実現する:㈱フレンバシー」『食品商業』2019年3月号

 今月号では、若手ベンチャー企業家の播太樹氏が提唱している概念「食のバリアフリー」を取り上げてみました。「食のバリアフリー」とは、「健康面や宗教的信条など、その理由にかかわらず様々な食嗜好の人が食事を楽しめる環境」のことです。具体的には、ベジタリアン、ヴイーガン、ハラール、アレルギーなど、摂取する食材に制限あるひとたちがにとって、安心できる食事環境のことを指します。

 本連載では、ヴィーガン、ベジタリアン、グルテンフリーなど、広い意味での「植物食」についての話題がしばらく続きます。次回は、わたしが指導した大学院生の論文を紹介することにしています。
「食のバリアフリーを実現する:㈱フレンバシー」
『食品商業』2019年3月号
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院教授)
 <リード文>
 「食のバリアフリー」とは、ヘルシーな食事ができるレストラン紹介サイト「Vegewel」(ベジウエル)を運営している若手ベンチャー起業家、播太樹(はり たいき)さんの造語です。聞きなれない言葉ですが、食物アレルギーなど健康上の理由から、外で食事をする場所が見つからず困っている人は案外と多いのです。そうした「食事難民」を救済するため、2016年11月にスタートしたのがVegewel(Vegetarian+Welcome)でした。2018年末現在で、登録レストラン数が1300軒を超え、月間アクセス数は15万を突破しました。播さんが代表を務める「㈱フレンバシー」の事業と創業から現在までの軌跡を追ってみます。
1 柴又帝釈天の参道にも「ヴィーガン対応」のお店が
 筆者は、昨年の10月末に東京都葛飾区に引っ越してきたばかりです。そこで、近くにベジタリアン・ヴィーガン対応のレストランがあるかどうかを、Vegewelのサイト(https://vegewel.com/)で検索してみることにしました。レストランこそヒットしませんでしたが、意外な店舗が表示されました。柴又帝釈天の参道で100年以上続いている「高木屋老舗」です。検索結果の下に、店舗の紹介記事が写真付きで表示されます。
 「今回は、柴又にある老舗の和菓子屋さん「高木屋老舗」にお邪魔しました。映画「男はつらいよ」シリーズで、主人公 寅さんの実家「とらや」のモデルになったことでも有名なお店です。明治初期から続く伝統ある高木屋ですが、実は動物性の原材料を使っていない和菓子が食べられるということはご存知でしたか?(後略)」(取材記録、2017年2月21月)
 高木屋では、動物性の原材料を使っていない和菓子(草団子)が食べられるのです。つまり、ヴィーガン(完全菜食主義者)対応の草団子などが食べられるお店になっていたのでした。フレンバシーが運営するVegewelでは現在、外部ライター23人と契約しています。
 ライターさんには記事を書いてもらうだけでなく、店舗の写真や商品の情報などを収集してもらっています。ちなみに、立ち上げ当初は本人が取材記事を書いたこともあるとのこと。「草団子の記事は自分が書いたものです。懐かしいです」(播さん)。
  
2 「東京ディナーチケット」を起業する
 神戸大学在学中に米国留学を経験した播さんは、4年間の金融機関勤務を経て27歳で起業します。両親は大阪でお好み焼き屋の店を開いていましたから、食べ物に関連した事業で起業することは自然なことだったのかもしれません。
 最初にはじめたのは、「東京ディナーチケット」という外国人向けのレストラン紹介サイトでした。来日した外国人が食事をする場所が見つからずに困っている様子を見ていたので、彼らの食事の課題解決に取り組むビジネスとして着想しました。ところが、2015年10月に立ちあげた事業は鳴かず飛ばずのまま、ぱっとしない状態が続いていました。そこで、訪日外国人を日本食レストランに送客する事業に見切りをつけ、方針転換をすることにします。外国人の食事の問題は、もっと別のところにあることを発見したからでした。
 「彼らの多くは、ベジタリアンやヴィーガンです。イスラム教徒ですと、ハラール認証の食べ物を必要とします。ところが、彼らが安心して食べ物を入手できる最後のよりどころは、コンビニのおにぎりだったのです。お米に梅干と昆布なら安心ですから」(播さん)。
 仮にそうだとすると、訪日外国人でベジタリアン・ヴィーガン向けのレストランは、どの程度必要とされているのだろうか? 播さんは、国別のベジタリアン率に訪日外国人数を掛け合わせて、訪日ベジタリアン市場を推計してみました(図表 訪日ベジタリアン数推計、2017年)。想定される潜在市場は、年間134万人でした。仏教国の台湾が最大の59万人、ついで中国が27万人と推計できました。
 <<図表 2017年訪日ベジタリアン数推計>>
 
 
3 Vegewelの公開:不二製油とマルコメがスポンサーに
 播さんにとって、二度目の失敗は許されません。それでも、2016年3月に準備を始めて、11月にはVegewelを公開できるようになります。サイトが公開できたところで、今度は新しい仲間が集まってくるようになりました。もともとサイト構築などを外部委託で協力してくれていた人たちでした。
 そして、これまた運よく折よく、Vegewelの事業には、有力なスポンサーがつくことになります。本連載(第二回)でも紹介した「不二製油」(本社:大阪府)と「マルコメ」(本社:長野県)です。いずれも大豆を原材料とした加工品や発酵食品を扱う大手メーカーです。
 不二製油には、Vegewelの公開時に先方から声をかけてもらいました。ベジタリアン系のレストランで必要な素材を提供するビジネスに、不二製油が商機を見出してのことと思われます。マルコメについては、播さんが営業をかけて事業を支援してもらっています。
 ところで、月間アクセス数が15万を超えていると書きましたが、公開後にわかったことは、Vegewelの利用者層が想定(図表)と大きくちがっていることでした。メインターゲットに設定した外国人は全体のわずか10%で、日本人が9割を占めています。そのうち女性が約3分の2を占めているのです。
 典型的なVegewelの利用動機は、「どこにレストランがあるのか」はもちろんなのですが、「食事の内容が詳しくわかること」だったのです。それは、利用についてシリアスの動機をもち、しばしば利用後に特別な感謝のメールをもらう相手が、アレルギーのお子さんをもつ母親たちだからです。
 小麦の中に含まれるグルテンや甲殻類、乳製品や卵類などは、アレルギーの子供にとっては誤って摂取すると命に係わることになります。ショック状態を経験したことがある子供をもつ母親や肉親は、外食の食事内容を吟味することに真剣そのものです。
 ただし、Vegewelのサイトには、「食のバリアフリー」という言葉は載っていません。「ヘルシーなレストラン検索サイト」というコンセプトだけが強調されています。このアプローチのほうが、マーケティング的にはよりスマートな気がします。ただし、繰り返しになりますが、食事についてシリアスな消費者にとって、詳しい食事内容や場所は必須となります。レストランの広がりと、このコンテンツ部分が、Vegewelの強みであり独自性が高い情報資源だと思われます。
   
4 Vegewel事業の未来
 公開から2年目に入り、フレンバシーの事業を多角化する試みがなされています。基本的な変化は、Vegewelで集客した顧客をベースに、フレンバシーがD2C(Direct To Customer)に取り組むことです。その第一弾が、2019年3月から出荷がはじまる「ヴィーガン米粉うどん」の開発販売事業です。
 投資資金が少ないこともあり、米粉うどんの開発にあたって、フレンバシーはクラウドファンディングを利用しました。募集開始から一か月で、予定を超える123万円を集金することができました。クラウドファンディングで集金して顧客への出荷が終わる3月ころには、自社サイト内で、パック商品を直販していくことになっています。
 その先を考えると、ベジタリアン・ヴィーガン対応で植物由来の素材を扱うことになりそうです。米粉うどんに始まった商品開発の次には、豆乳やアーモンドミルクなど植物由来のものがラインナップとして続きそうです。
 イオンの「グリーンアイ」の商品ラインの中では、Organic(有機食品)やFree-From(アレルギー対応、無添加商品)の商品ラインが伸びていると聞きます。その市場規模は、一説によると約2000億円とされています。もはやニッチ市場と言えないのかもしれません。
 若いスタートアップ起業家の播さんにとって夢は続きます。「将来的には、食事に困らない食材が、いつでもどこでも手に入る社会を実現したい。そのため、手掛け始めた直販から卸に事業を拡げていきたい」。
 <図表 訪日ベジタリアン推計数>
 出所:「㈱フレンバシー」(2017年、独自の推計値)