連載の最終回(第29回『食品商業』)は、「クリマの氷室豚」(機能性表示の豚肉)を取り上げました。これまでのまとめなど、『食品商業』の連載中には取り上げることができなかった事例は、別途に継続することになっているウエブ版で紹介します。
「ブランド豚の販路を開拓する(下):(株)クリマの「氷室豚」」
『食品商業』2021年6月号(連載:農と食のイノベーション、第29回)
<リード文>
連載の28回では、日本初の「機能性表示食品」の豚肉をブランド化した「(株)クリマ」の技術開発プロセスを解説しました。2008年に豚肉の氷温熟成技術が完成しましたが、銘柄豚としてプレミアム市場を開拓するために、従来とは異なるマーケティングが必要でした。スーパーマーケットをターゲットとした豚肉の加工メーカーから脱して、新たな販路を開拓することが求められていました。また、氷室豚の美味しさや機能面での効能をどのようにアピールしていくのかも課題でした。(下)では、展示会に出展することで百貨店チャネルを開拓していくプロセスを紹介します。
<氷室豚の増産に向けて、洗浄ラインを増設>
2代目経営者の栗原守社長は、豚肉の加工処理に精通した卓越したエンジニアでした。緻密な加工プロセスの改善を重ねた結果、2008年に「氷室豚」が完成していました。
氷温加工技術が確立する少し前(2002年)に、3代目の後継者となるべく栗原社長の長男、栗原大(ダイ)専務がクリマに入社してきます。大専務の前職は、都内のアパレル企業の店舗営業でした。大専務の仕事は、氷室豚を増産して販路を拡張することでした。「わたしが群馬の実家に戻ったので、親父は氷室豚で勝負をかけようとしたのだと思います。従来は1本だった洗浄ラインを、2008年には3本に増設しました」(大さん)。
従来からある加工肉の販路は、スターゼンのような卸経由でした。その先は、食品スーパーに納品するルートになります。基本的に競争の激しいレッドオーシャンの市場です。大さんの使命は、利幅の大きな氷室豚の販路を探すことでした。
差別化されていない通常の豚肉は、グラム単価が低く粗利も10%から20%にしかありません。利の薄い商売です。ところが、ブランド豚ならば40%の粗利を確保することができます。たとえば、一般に売られている豚ロースは、100gが200円から250円の間です。それに対して、氷室豚などのブランド豚では、100gが650円前後の小売価格で売ることができます。高粗利が商品ですが、問題はその値段を支払ってくれる優良な顧客を見つけることができるかどうかでした。
そこで、2010年当時、「中小機構」(群馬県担当)の地域活性化支援チーフアドバイザーをしていた花畑裕香さん(中小企業診断士)の助言を求めることになります。 国の支援を取り付けた大専務と花畑さんは、展示会への出展を決めます。その段階で想定していた販路は、①百貨店ルート、②高級スーパー、③高級レストランでした。
<3年連続で展示会へ出店、百貨店販路を開拓する>
氷室豚の展示会デビューは、2010年の「地方銀行フードセレクション」でした。東京ビッグサイトで毎年9月に開催されるこの展示会へは、3年連続でブースを設けて氷室豚の潜在顧客を探すことになります。
2度目のブース出展(2011年)で、埼玉県の地場百貨店(丸広百貨店)でのプロモーションが決まります。百貨店の食品売り場に氷室豚がお目見えする最初の出来事でした。展示会の様子が分かってきたので、3度目の出展(2012年)では、ターゲットを大手百貨店に絞り込むことにしました。トップの百貨店(三越伊勢丹、高島屋、大丸松坂屋)の3社にアプローチすることを決めます。
翌年(2013年)からは、複数の百貨店で氷室豚のプロモーションが企画できることになります。銀座三越では、2013年7月から2週間、大丸松坂屋では、同年3月と9月のそれぞれ1ヶ月間、食品売り場で氷室豚をアピールできる機会を得ることができました。
前職のアパレル時代の経験を活かして大専務が考えたセールストークは、(自信たっぷりに)「とにかくおいしいお肉です!」でした。短期のポップアップ売り場でしたが、氷室豚の美味しさと健康に良いことが、百貨店の来店客に浸透し始めます。名前を明らかにできませんが、著名な歌舞伎役者や女優さんなどが、伊勢丹ではリピート客になってくれています。
新型コロナウイルスの感染が拡大した昨年の第一波のあとでは、巣ごもり消費でしゃぶしゃぶ・すき焼きセット(5~6千円)が売れています。リピーターに人気の理由は、①、「美味しさ」と「機能性」を兼ね備えていること、②「小分け」で使い勝手が良いこと、③真空パックで「長期保存」が可能なことなどが顧客に伝わったからだと推測できます。
現在は、直営店の「氷温熟成氷室豚ショップ」が新宿伊勢丹に出店しているほか、全国各地の三越伊勢丹や丸広百貨店(14か所)などで氷室豚を購入できます。大丸・松坂屋でも、期間限定ですが、氷室豚のフェアが毎年開催されています。自社ECや伊勢丹の通販サイト(伊勢丹ドア)での販売も好調です。
<氷室豚の需要拡大で取り組んでいること>
2020年末現在、コロナ禍の中でも、氷室豚の年商は約2億円に伸びています。大専務の奮闘もあって、三越伊勢丹を中心に販路は広がり、百貨店と高級スーパー向けの卸販売額が約1億円。その他は、新宿伊勢丹の直営店や通販サイト(自社と伊勢丹ドア)で売り上げています。氷室豚は全社売上の15~20%ですが、利益貢献額では50%前後になります。クリマにとって、氷室豚はいまや稼ぎ頭になっています。
氷室豚の販売をさらに伸ばすため、花畑さんが提案したのが、①メニューが目に浮かぶカットにすること、②加工品を増やして品ぞろえの幅を広げる、日持ちを長くすること、③地域に根を張る活動に取り組むことでした。提案を受けて大専務が取り組んだのが、以下の3つの方向でした。
① 日持ちを長くすること
真空パック包装ですでに実現していました。洗浄工程の改善で無菌状態が維持できていました。保存剤などの添加なしでも、氷室豚は長期保存が可能であることが証明されていました。
② 加工品を増やす
精肉だけの商品提供では、需要に限度があります。氷室豚が食卓に登場する機会を増やすには、加工品の品揃えを増やしていくことが必要でした。大専務は、地元の加工メーカーと組んで、商品ラインナップを増やしていきました。直近に開発したカテゴリーとしては、冷凍品のとんかつ、メンチカツ、ハンバーグ、果実煮、ローストポークなどがあります。
③ 学校給食への食材の提供
地域を代表するブランド豚になった時点で、栗原守社長は、地元伊勢崎市の学校給食に氷室豚を無償提供することを考えました。子供たちに地元の食材を食べてほしいという食育の観点もあります。3回実施した小学校への寄付納品を仲介してくれたのは、氷室豚のファンでもある地元の小児科医でした。地域に根を張ることも重要です。
2019年に「機能性表示食品」に認められたことで、メディアへの露出が増えました。その影響なのか、海外からの引き合いが増えています。現在進行中の動きとしては、フランスの和食店から注文があり、冷凍品の氷室豚がパリに空輸されています。香港からも問い合わせがあります。レストラン向けと小売店での販売を交渉中です。
栗原さん親子の夢は、氷室豚の売上を3倍(5~6億円)にすることです。幸いなことに、氷室豚の製造ラインにはまだ余裕があります。なお、アドバイザー役の花畑さんから興味深いコメントをいただきました。
「新宿伊勢丹のフレッシュマートで氷室豚の販売が伸びています。それには、従来とはちがった別の理由があるように思います。個包装されたラッピングがとても可愛いのです」(花畑さん)。実際に氷室豚のコーナーを観察していると、20代から30代の若い女性が目立つのです。従来からある「美味しさ、健康、安全」に加えて、「使いやすくて、ラッピングの絵柄がかわいらしい」というベネフィットを氷室豚が提供しているからでした。
<<写真:個包装の氷室豚とその加工品>>