【シリーズ:農と食のイノベーション(第22回)】 「都市型垂直農業の進化系(上):インファーム@独ベルリン」『食品商業』2020年11月号

 先月(2020年9月)から、『食品商業』の連載が復活した。第21回の「坂ノ途中(下)」は、実際は10月号に掲載されている。第22回の「インファーム(上・下)」は、新らに書き起こした原稿である。同僚の平石郁生さんと元大学院ゼミ生の山下俊一郎さんが、ドイツ発の事業を日本に移植する当事者になる。

 
「都市型垂直農業の進化系(上):インファーム@独ベルリン」
『食品商業』2020年11月号(連載22回:「農と食のイノベーション」)
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)
 <リード文>
 今回は、LEDを使用した「人工光型植物工場」の中で、欧州で急成長を遂げているinfarm(インファーム)の事例を紹介します。2013年にドイツのベルリンで産声を上げた同社は現在、欧州の7か国(英独仏、ベルギー、ルクセンブルグ、スイス、デンマーク)に約250か所(後述する「栽培ユニット」としては約950)、米国およびカナダに都市農場(Indoor Urban Farm)を開設しています。
 同社の植物工場ビジネスは、他の人工光型の植物工場と決定的に異なる点があります。 それは、①野菜を都市中心部で生産していること、②一箇所の「工場」で野菜を生産するのではなく、苗生産と成品生産の栽培場所を分離しているところです。しかも、③野菜を生産販売する場所が、小売店の野菜売り場やレストランのホールなど、小売サービス業の現場であることが事業の特徴になっています。
 (上)では、ドイツで起業してから躍進を続けている「インファーム」の欧米事業の仕組み解説します。(下)では、近々スタートする予定の日本事業の概要を紹介することにします。
 
 <ドイツで起業、欧米で展開中>
 欧米では、植物工場は“vertical farming”(垂直農業、垂直農法)と呼ばれています。人工光型の場合は、草丈の短いハーブ類や葉物野菜を中心に、10~20段の棚段を設置して、垂直方向に延びる広い空間を利用して野菜を栽培します(写真1)。地価の高い都市部に植物工場を作る場合は、土地生産性を高めないとコストが吸収できないからです。
 一方で、店舗やレストランにとっては、鮮度の良い野菜が低い配送コストで即時に調達できることがメリットになります。消費者は、店舗内の「リーチインクーラー」の中で野菜が成長する様を自分の眼で確かめることができます。店舗併設型の植物工場では、シズル感のある新鮮でおいしい野菜が提供できるのです。
 イスラエル出身の3人の若者(Erez Galonska 、Guy Galonska 、Osnat Michaeli)が、都市農業(アーバンファーミング)のビジネスに行き着いたのは、野菜のフードロスが30%にも及んでいることを知ったことが動機でした。2013年、都市の真ん中に野菜工場を作る事業を開始します。現在、兄のエレズ・ガロンスカが事業責任者(CEO)を務めています。
 2010年代の初頭に、植物工場の光源は蛍光灯からLEDに変わります。野菜の衛生管理や生育のコントロールについて、そのころには技術的な問題がほぼクリアされていました。しかし、人工光型の植物工場では、品質管理とコストのコントロールが未解決の課題でした。
 
 <参照事例:コンビニのドミナント立地>
 都市型立地の場合、技術面での差別化より、販売の仕組みを工夫することが必要でした。3人の創業者チームが行きついた結論は、冒頭で紹介した「苗生産」と「野菜(完成品)生産」を分業させる仕組みでした。彼らは、それぞれを”Hub“(苗の生産基地)と”InStore Farm”(店内の野菜栽培什器)と呼んでいます。
 これとよく似た仕組みを日本人はよく知っています。コンビニの物流システムです。弁当やおにぎりを生産するのが、「セントラルキッチン」(プロセスセンター)で、それを販売するのが店内の陳列什器です。具体的には、飲料の「リーチインクーラー」やチルド弁当の「ディスプレイ什器」がそれに該当します。
 植物工場の場合、コンビニの弁当やデザートの販売と違うのは、販売する商品(野菜)が、加工センターでも店内の陳列什器の中でも、生育を続けている点です。弁当類や惣菜の場合は、鮮度維持が品質管理そのものになるのですが、植物工場の場合はそれに加えて、野菜の成長をコントロールする栽培技術と生育をコントロールする仕組みが必要になります。
 ただし、両者には共通点がひとつあります。それは、植物工場が経営的に成り立つには、ハブ(セントラルキッチン)と店内什器(インストアファーム)が地理的に稠密に配置されていなければならないことです。すなわち、店舗がドミナント立地(一定域内に集中出店)しており、ハブの供給施設が店舗から短い距離の中心部分にあって、苗の供給基地として販売を支えるドミナント構造になっていなければならないわけです。
 
 <2段階栽培システム>
 この仕組みを、2019年12月号で紹介した「SARA」(笠岡市の大規模ガラス室)と比較してみたいと思います。図1の左側は、SARAの植物工場内の様子で、①[苗生産の段階]レタスのタネを蒔いてから約1週間で、大きなサイズの鉢に植え替える工程を表わしています。ロボットが鉢替えしたレタスは、②[野菜生産の段階]大きなトレイに乗って成長しながら植物工場内を移動しています。鉢替えから約2~3週間で、販売可能な野菜として収穫され箱詰めされます。出荷先は、日本全国のスーパーやレストランです。
図1の右側は、インファームの仕組みを説明しています。SARAの播種から苗栽培までの工程が、①苗生産の段階に対応しています。SARAでロボットが自動で鉢替えしたあとの野菜栽培工程は、インファームでは②店舗内の什器が担当します。スーパーやレストランに販売ユニットが配置されています。実際には、栽培が完了した販売可能な野菜を、インファームの作業員が収穫して陳列用の什器にディスプレイします(写真1)。
 苗のデリバリーと収穫作業は、コンビニの物流と同じです。インファームの場合は、週2~3回の頻度で、ハブから苗を積んだクルマが店舗にやってきます。実務的には、実際の苗供給だけで店舗販売用の野菜を賄うことができないことが多く、その不足分は、ハブで生育した野菜を直接店舗に補充することになります。このタイプの供給の仕方は、「ハイブリッド型」(混合型)と呼ばれています。なお、ハブで苗を栽培しているのは、衛生管理面からの理由もあります。また、店舗内で栽培していない野菜をハブで栽培することも可能です。店舗にとっては、販売する野菜の種類を増やすことができます。
 
*次回の(下)では、日本事業の展開について紹介します。
 <<図1 2段階供給システム>>
 <<写真1  店内の様子 代表的な販売アイテム>>
<注>  同社は、ベンチャーキャピタルから約200億円を資金調達。(下)で紹介するように、2020年2月に日本法人(Infarm Japan)を設立し、平石郁生氏が代表に就任しています。