【シリーズ:農と食のイノベーション(第5回)】 「アジアNO.1のパワーサラダ専門店を目指して:HIGH FIVE SALAD」『食品商業』(2018年12月号)

 連載(農と食のイノベーション)の第5回目は、法政大学近くで偶然に遭遇したサラダ専門店のお話です。テレビ制作会社に勤めていた水野さんが、米国駐在中にパワーサラダに出会いました。帰国後に、「HIGH FIVE SALAD」をはじめます。現在、神楽坂と市ヶ谷に3店舗を展開していますが、店舗のキッチンで作ったサラダをコンビニなどにも卸しています。

 

 この原稿は、最初に書き下ろしたときには大幅に文字数がオーバーフローしました。最終ゲラでは、文章を1000文字ほど削ってしまいましたが、ブログではオリジナル原稿をそのままで発表することにしました。
 原稿の冒頭に登場する丹羽真清社長(デザイナーフーズ)は、連載の10回目あたりで登場する予定になっています。丹羽さんは元日本デリカフーズの元社長さんです。これも偶然だったのですが、水野さんのハイ・ファイブ・サラダは、日本デリカフーズから野菜を調達していました。
 野菜の流通だけでなく、人間同士の関係性の円環もぐるぐると巡りまわっていました。たまたま吸い寄せられた水野さんの店舗から、わたしの学生がフィールドワークでお世話になっているナチュラルローソンの2店舗(市ヶ谷店と六本木ヒルズ店)に、HIGH FIVEのパワーサラダが納品されています。そして、現在、NLの全店舗に販売を拡張することが検討されています。
 それでは、オリジナルのローグバージョンで、HIGH FIVE SALADのビジネスを紹介します。

 

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「アジアNO.1のパワーサラダ専門店を目指して:HIGH FIVE SALAD」(V3:20181024)
『食品商業』(シリーズ第5回:農と食のイノベーション)2018年12月号
 
 <日本人の3人に2人が野菜不足>
  日本人の野菜摂取量は、一日約280グラム(2016年)。健康志向が言われて久しいのに、欧米の先進国に比べて、この20年間で野菜の摂取量があまり増えていません。厚生労働省が日本人の健康維持の目標に定めているのが、一日350グラム。とくに若い人では緑黄色野菜の摂取量(240グラム)が大幅に不足しています。
 丹羽真清氏(デザイナーフーズ代表取締役社長)によると、緑黄色野菜には人間の老化を防ぐ3つの機能(抗酸化力、免疫力、解毒力)が備わっていると言われています(丹羽真清氏『おいしいものは体にいい』FB出版、2013年)。負担が増え続けている国民医療費を削減するためにも、野菜をたくさん食べることは健康によいことはまちがいないのです。
 ところで、周囲を見渡してみると、コンビニやスーパーで陳列されているサラダのアイテム数は、この数年で飛躍的に増えています。ローソンでは、サラダのアイテム数が昨年から今年にかけて約2倍に増えています。ロック・フィールドのような惣菜店でも、サラダの売上は好調に推移しています。
 ただし、コンビニやスーパーで提供されるサラダの問題点は、消費者の要求する「味覚」と見た目の「美しさ」に応えていないことです。健康ニーズを満たしながら、同時に栄養豊富で美味しいサラダを提供するため、日本初のパワーサラダ専門店を展開しているHIGH FIVE SALADの取り組みを紹介します。
 <米国駐在中にパワーサラダと出会う>
 代表の水野裕嗣氏がHIGH FIVE SALADをはじめたきっかけは、テレビ番組の制作の仕事でニューヨークに駐在していた2008年にサラダ専門店に出会ったことです。ランチ時に国籍や性別も関係なく長蛇の列を作っている様子をみて、日本でもいつかサラダ専門店が人気となる日がくるのではと感じたそうです。米国では現在複数のサラダ専門店がチェーン店化に成功していますが、2007年にジョージタウン大学の院生3人で創業したSweet Greenは、2015年までに100憶円の資金を集めて、パワーサラダの専門店を展開していました(https://www.sweetgreen.com/)。現在同社の店舗数は東海岸を中心に100店舗を超えるそうです。
 Sweet Greenの事業コンセプトは、「本物のフード(サラダ)を提供するために、小さなローカルの生産者と消費者をつなぎ、より健康なコミュニティを作り出すこと」(HPより抜粋)。「力のある美味しいサラダを提供しつつ、レストラン運営は経験価値の高いエキサイティングなものでした」(水野さん)。
 Sweet Green社が広報向けに公開しているYouTubeの動画を見ると、サラダパワーの熱狂が伝わってきます。水野さんの初体験での感動が、HIGH FIVE SALADのホームページに掲載されています。「パワーサラダ」とは、あまり聞いたことがないおもしろい概念です。
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  “パワーサラダ“とは、アメリカ西海岸やニューヨークで親しまれている、野菜・フルーツ・肉・魚・ナッツ・チーズなどをひとつのボウルに詰め込んだボリューム満点のパワーみなぎるサラダのこと。ビタミン、ミネラル、食物繊維、たんぱく質など、たいせつな栄養素を一度にバランス良く摂ることができます。 健康価値が見直される近年、海外ではサラダ専門店が増えつづけています。
「鮮度」「おいしさ」「安全・安心」「楽しさ」を提案し、日本でもお腹いっぱいのおいしいサラダを もっとカジュアルに!もっと日常に!東京・奥神楽坂店が第一号店。HIGH FIVE SALADは既存のサラダにはない感性と満足感でお客様を満たしたいと願い、日本にサラダ革命を起こします(http://highfive.tokyo/)。
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 HIGH FIVE SALADは、2025年までに国内外に30店舗、売上高100億円を宣言しています。とはいえ、現在の店舗は、本店の奥神楽坂店に加えて、市ヶ谷店と牛込神楽坂店の3店舗のみ。従業員も12人で、創業3年目の若い企業です。
 代表の水野さんたちのチームが、早朝4時から店舗のキッチンで作ったサラダを、店舗以外の販売先である都内のオフィスに届けています。また、卸売事業として、プレミアムタイプのコンビニ(ナショナル麻布スーパーや東大病院内など)にデリバリーしています。ちなみに、水野さんの会社は、UberEATSが選ぶ「ベストレストラン・パートナーズ」(2017年、新宿区)に選ばれています。
 <美味しいサラダを毎日届ける、HIGH FIVE SALAD市ヶ谷店>
 筆者がパワーサラダに出会ったのは、まったくの偶然でした。6月上旬の晴れた日のこと、法政大学近くの道沿いで、素敵な店構えのサラダ店を見つけました。なぜか吸い寄せられるように中に入ってしまったのは、対面式のオープンキッチンで、若い女子社員たちがサラダを作っている様子が目に入ったからです。
 どこかで店の名前を聞いた覚えがあるような気がしました。実は、本連載の第二回で取り上げた「(株)プラネット・テーブル」(菊池紳社長)の納品先として紹介されていたお店だったのです(実際の野菜供給元は、日本デリカフーズ)。店内のお客さんは、身なりの良い外国人や若者たち。ファッションセンスから客層がなんとなくわかるものです。
 戸惑いながらの注文は、つぎのようなものでした。オーダーの取り方は、サブウェイ方式でした。ただし、カウンターに並ぶ前に、紙のスリップに、①今日のサラダ、②ドレッシング、③トッピング、④ドリンクの順に、サインペンでチェックを入れていきます。わたしが選んだのは、①自家製ローストビーフのサラダ、②バルサミコビネグレット、③無料パスタ、④グリーンスムージー。自家製ローストビーフサラダが¥1,280、グリーンスムージーが¥360。合計金額は、¥1,640。
 ランチとしては結構なお値段になるのですが、満足度がリピートを決めるのだろうと感じました。実際に二年目で黒字転換した本店は、売上の約70%がコアなリピート客によって支えられているそうです。
 短時間での観察ですが、三人にひとりがテイクアウトのようでした。わたしは、イートインを選んでテーブル席に腰かけました。そして、若い店員さんがスリップを見ながら、スチール製のボウルに野菜やフルーツ、豆や雑穀類を放り込んでいく様子を眺めていました。最後に、ドレッシングを加えてサラダをかき混ぜ、トッピングを並べます。見ているだけでワクワクしてきます。清潔感があるオープンキッチンなので、とても気持ちがよろしいのです。
 さて、待つこと約5分。18番の札が呼ばれました。パワーサラダの出来上がりです。初体験は、想像していた以上に満足度の高いものでした。
 
 <パワーサラダ、ナチュラルローソンで試験販売>
 初めてのパワーサラダ体験から三か月後、ちょっとした驚きのニュースが届きました。メールの送り主は、ナチュラルローソン事業推進部の林尊之マネジャーです。
 「試験販売中のハイファイブのパワーサラダが、ナチュラルローソン2店舗で好調に伸びています!」(林マネジャー)。
水野社長とはご縁があったようです。研究室でのインタビューのあと、学生たちにもHIGH FIVEのサラダを食べさせてみました。若者のテイストにもマッチしているようで、学生たちが実務研修でお世話になっているナチュラルローソンの商品部に紹介してみました。その後、商品部での試食結果が良好なことから、8月31日(野菜の日)から一カ月間、ナチュラルローソンの2店舗(市ヶ谷店と六本木ヒルズ店)で試験販売が決まりました。
 健康経営を標榜するローソンとしても、コンビニでワンランク上のサラダが698円で売れるかどうかを試してみたかったようです。林マネジャーからメールが来たのは、発売から4日目のことでした。その翌日には、水野社長からもメールで連絡が来ました。
 「小川先生 市ヶ谷は月、火、水 完売。六本木ヒルズは、月、火 完売。水曜 チキンのサラダ4つ以外は完売でした。698円というローソン史上最高値のサラダですが、売上は好調です」。
 一時期は、若干のロスが出たこともあったようです。当初1ヶ月間の販売予定でしたが期間を延長して、2店舗での販売はいまも継続しています。10月に入ってからは売れ行きが回復して、毎日完売の状態が続いています。今後はナチュラルローソン全店導入も視野に入れています。
 
 <水野さんの夢は膨らむ>
 ナチュラルローソン(約140店舗)への全店導入となると、製造面で課題が残ります。現状は自社3店舗で店内加工したサラダを、2店舗に届けてきました。品質のコントロールが自社内で完結しているので、美味しいパワーサラダが提供できています。
 一方で、セントラルキッチン方式で集中加工するという選択肢もあります。その場合は、自社で加工するにせよ、委託加工方式にしてもらうにせよ、安定した品質のサラダが供給できるかどうか。本家本元のSweet Greenは、体験型のサラダ専門店なのでインスト加工以外のお手本がありませせん。
 注目度の高いベンチャー起業家として、いま水野さんは大きな岐路に立っています。それでも、これまでの事業分野に加えて、大きな夢が二つあるのだそうです。ひとつは、サラダの無人販売機の導入です。シカゴのFarmer’s Fridgeが始めている事業で、今年10月には全米で100台の無人サラダ販売機が稼働するそうです。
 二番目は、定額制サラダ専門店を展開することです。たとえば、サーバーエージェントのオフィスに、HIGH FIVEは500円でパワーサラダを提供しています。社員の健康を守りたい会社が、千円分の半額を負担しているからできることです。定額制の場合は、一カ月いくらでもサラダが食べられるというシステムになります。
 水野さんからは、おもしろい話を伺いました。健康経営に関心を持つ企業が、どうしてHIGH FIVEのサラダを会社が半額負担しているのか。答えは、ベジファーストが普及している理屈と同じでした。パワーサラダを食べると、血糖値がゆっくりと上がるよういなるのです。眠くならないので、午後の仕事に支障が出ないのです。仕事の生産性が上がるので、500円の負担分は安いものなのです。