「物語コーポレーション(下):企業理念のSmile&Sexyはどこから来たのか?」『食品商業』2021年3月号(連載26回:「農と食のイノベーション」)

 「物語コーポレーション」の連載は、これで最終回になる。(下)では、同社のユニークな経営理念と組織運営、若手人材の登用の実際を取り上げる。実質創業者の小林佳雄氏(二代目経営者)が作った企業組織は、日本の外食チェーンとしてはかなり異色な存在である。

 

「物語コーポレーション(下):企業理念のSmile&Sexyはどこから来たのか?」
『食品商業』2021年3月号(連載26回:「農と食のイノベーション」)
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)

 

 <リード文>
 最終回(下)では、「物語コーポレーション」の企業理念と組織づくり、および人財開発について紹介します。異端の経営者による異色の企業組織がどのように運営されているのかを見ていきます。“Smile&Sexy”という同社の企業理念は、小林佳雄取締役特別顧問の米国放浪の原体験から来ています。

 

 <社名変更で社風を変える>
 「名は体を表す」と言います。社名は、企業の姿勢や事業の内実を反映するものです。一般的に、伝統のある大きな会社は、創業者の名前(マツモトキヨシ)や創業の地名(東芝:東京芝浦電気)、事業分野(日比谷花壇)などを社名にしています。しかし、小林さんは、世間の常識とは異なるアプローチを採用しました。社員の働き方や小林さん自身が望ましいと思う組織風土(コーポレートカルチャー)を社名にしたのです。
 社名を変えることにした直接のきっかけは、1995年に「焼肉一番カルビ」が大ヒットして、店長候補など店舗要員が不足したことでした。急遽、採用活動をはじめますが、どこの会場に行っても、旧社名の「株式会社げんじ」(1969年設立)では人が集まりません。そこで、先ずはキャッチ―で人に伝わる社名にしなければということで、1997年に現在の「物語コーポレーション」に社名を変更します。
 初めて社名を聞いたときの筆者もそうでしたが、採用セミナーに参加した応募者は、「物語」の由来が気になったはずです。原語は、英語の“Story”です。社員の方からいただく名刺には、社名と一緒に、“Storyteller tells the Story”という短文(タグライン)が入っています。

 

  << 写真:小林さんの名刺 >>

 

 一緒に働いている社員仲間に向けて語るべきは、本人の「自分物語」なのです。物語(Story)は各自に固有のものなので、“S”は大文字になっています。会社にも世間に向けて伝えるべきテーマや主張があります。「会社物語」にとって大切なのは、商品やサービスだけではなく、企業の姿勢やコミュニケーションのやり方だというわけです。

 

 <原体験:好みや意見が違うことはいいことだ>
 この考え方は、小林さんが大学在学時に経験した米国での放浪体験から来ています。同社の社外取締役を務めている西川幸孝氏の著書『物語コーポレーションのものがたり』から一節を引用してみます。 
 「ロサンゼルスに落ち着いて部屋を借り、移民や留学生に英語を教えてくれる英会話学校に通うことにしました。ここの生徒たちは、英語がほとんどしゃべれない状態だった。それなのに進んで発言し、教師に指名されることを喜んでいるようだった。一方の小林は、このなかでは英語が群を抜いて話せるにもかかわらず、自分が指名されるのを無意識に避けていることに気づいた(後略)」。
 貧しくても正々堂々と発言している彼らの生き方をみて、小林は寡黙さを美徳とする日本的な考え方を改めることにします。考え方や好みが他人とは異なることを良しとする価値観が、人間の自由さや闊達さを助長していることを悟ります。カリフォルニアの英会話学校で触発された価値観は、のちの会社経営で実践の基軸になりました。
 その行動原理を一言で表現すると、同社のいまの経営理念にたどり着くことになります。Smile&Sexyとは、自分の意見をはっきりと言うこと(明言)と、その発言を実践する行動力を表現した言葉です。豊橋フォーラムオフィス(本社)には、「明言のすすめ」のパネルと一緒に、全店長の写真(+自己開示情報)が掲示されています。個(性)を尊重する社風は、社員全員が積極的に自己開示することを求めます。

 

 <社風は語る:明るくておしゃべりな文化>
 社内のあらゆる人が、Smile&Sexyのコンセプトをそれぞれ独自に解釈しています。個を尊重しながら違いを認める社風なので、それはそれでよいのです。しかし、社外の人間としては標準的な見解が欲しくなります。そこで、小林さんが社内報の創刊号(1999年)で解説している文章を紹介しておきます。 
 Smile&Sexyとは、「思ったら言うということ」「感じたら表現するということ」「やるべきと思ったらやること」「ステキと思ったらやっちゃうこと」「カッコいいと思うことを実現したいと思うこと」「先ず、言っちゃおうぜ!!そして、やっちゃおうぜ!!」というのがわたしの言いたいことなのであった(小林語録:「Smile&Sexyで日本に革命を起こそう!」)。
 自己開示を推進するための仕掛けは、季刊の社内報とイントラネット上で展開されているWebシステムです。社内報では、毎回登場する社員が自分の趣味や生き様を実直に語っています。一方、社内イントラの「物語Web」には、社員約2250人が登録しています。稼働率の第一位は電子メールだそうです。 
 「個人のメールボックスには平均50通、多い人(小林さんなど)では毎日150通の社内メールが届きます。ほとんどのメールは、『全員発信メール』の同報。つまり『みんなで共有する』案件」(広報・IR室、鈴木由加マネジャー)。電子メールでダントツに多く発信されるのが、誕生日メールだそうです。社風として、社内メールを通して「知らせる文化」と「おしゃべり文化」が浸透しているのが印象的です。

 

 <フラットな組織構造のメリット>
 ところで、小林さんとの2回目のインタビューのときのことです(10月17日)。直近の9月の株主総会で、弱冠34歳の加藤央之氏を次期社長に選任した理由をたずねてみました。ちなみに、専務執行役員の岡田雅道氏も42歳です。加藤社長と岡田専務の組み合わせが、一部上場企業では異例の若いツートップだったからです。
 小林さんは『社内報』の最新号を取り出して、「私の3人への本音」という文章を読むようにわたしを促しました。そのときの会話の進行を要約してみます。 
 同社がトップに求める条件は、3つの強みです。①正直で温かみ溢れる人、②自尊、自立の志を持つ人、③開発型リーダーであること。①と②は、Smile&Sexyを体現していることです。ふたりは3つの要件すべて備えているのですが、③については少し説明が要ります。
 「リーダーが開発型でないといけない理由は、ひとつの成功するフォーマットを作るのに2億円近くかかるからです。何度チャレンジしてもうまくいく保障はない。だから、2回3回と失敗が続いたら、取締役でも会社にいられなくなります。ということは、トップが開発であれば、自分の首を切らない限りはそのまま居座り続けられるわけです」(小林さん)
 それでは、加藤社長・岡田専務のような若い社員が、会社が求める資質を持っているかどうかはどのように確認できるのか?日本の大企業にありがちな階層組織では、上席の役員には階層を飛び越えたところにいる若い社員のことなどわかりようがないはずです。ところが、フラットな組織に変えてしまえばそれができるのです。社員全員がお互いのことをよく知るような組織文化を築けば、それが可能になります。

 「物語コーポレーションでは、社員が自己開示することを習慣にしています。向こうが求めていなくても、自分を出してしまえという人間は、例えば岡田や加藤もそうですが、遠くにいても見えるわけです」(小林さん)。
 自己開示の文化を定着させ、優秀な若いリーダーを選ぶことができた小林さんに、いまのご自身の役割について尋ねてみました。いまは社内の重要な会議には出ていない様子でした。「取締役会と事前の幹部会議に出席することだけで、あとは僕の実質的な仕事は開発、新しい業態の開発です。今回の人事で今までと際だって違うのは、現在のワンツーである社長も専務はこれが得意なのです」。小林さんとしては、若い二人のリーダーに期待するところ大のようでした。

 

<注>
*1 西川幸孝(2019)「第2章 アメリカ放浪」『物語コーポレーションのものがたり』日本経済新聞出版、48~49頁。
*2 小林佳雄(1999)「Smile&Sexy:発信するということ」『The Monogatari』(1999年6月1日)。
*3 鈴木由加(2016)「Send, Receive & Talk:物語のメールは呼応する」『Monogatari Quarterly News』第63章(May)
*4小林佳雄(2020)「私の3人への本音」『The Monogatari』(Special Issue, October)