【シリーズ:農と食のイノベーション(第11回)】「(続)HIGH FIVE SALAD:販路にこだわらない勇気が成長をドライブする」『食品商業』2019年6月号

 連載の第5回で紹介したパワーサラダの「HIGH FIVE SALAD」。その後の経過を、今回は(続編)として取り上げてみました。5月から、ナチュラルローソンの都内店舗の全店に導入されています。テスト期間中に販売されていた4種類のうち、2種類のパワーサラダがお目見えしました。

 
「(続)HIGH FIVE SALAD:販路にこだわらない勇気が成長をドライブする」
『食品商業』(シリーズ第11回:農と食のイノベーション)2019年6月号
 
 連載第5回(2018年12月号)で、米国発の“パワーサラダ”を日本に持ち込んでサラダ専門店を開いた水野裕嗣代表のHIGH FIVE SALADを紹介しました。今回は、その続編になります。はじめて水野さんにお会いした2018年6月、ハイファイブの店舗は、本店(奥神楽坂店)に加えて、市ヶ谷店と牛込神楽坂店の3店舗。従業員12人の小さな企業でした。お話を伺ってみると、新規に出店した店舗が営業黒字化するまで2年近くはかかっています。飲食サービス業としては、成長速度がスローなビジネスに見えました。
 
 <パワーサラダの試験販売。その後>
 偶然の出来事が、ナチュラルローソンでのパワーサラダの試験販売につながります。去年の春のことです。たまたま通りかかったHIGH FIVE SALADAの九段店で、ガラス越しに美味しそうなサラダが目に飛び込んできました。ふらりと中に入ってサラダを注文したら美味しかったので、本社に電話をして水野社長に取材をさせてもらいました。
 翌日には水野社長をゼミにお呼びして、水野さんが日テレ系の番組制作会社を辞めて、パワーサラダで起業するまでの話を学生に話してもらいました。とんとん拍子で話は進みます。学生たちがフィールドワークで実務研修しているナチュラルローソンに提案したところ、2店舗でパワーサラダを試験販売してみることになりました。
 ナチュラルローソンの商品部でも、「たしかに美味しいけれど、コンビニで700円のサラダが売れるかどうか?」という懐疑的な見方もありました。それでも、税込み価格698円のサラダを売ってみる決断をしてくれました。ナチュラルローソンが素晴らしいと思うのは、多量の廃棄ロスを覚悟で売り続けてくれたことです。
 8月31日から一カ月間、ナチュラルローソンの市ヶ谷店と六本木ヒルズ店で試験販売がはじまりました。一か月か経過しても販売の好調が続きました。「698円というローソン史上最高値のサラダですが、売上は好調です」(事業推進部の林尊之マネジャー)。
  
 <夕夜間に売れてカニバリを起こさない商材>
 実験店での販売好調を受けて、販売期間を延長することになりました。延長後の10月に入ってからも、2店舗で毎日完売の状態が続いていました。次なるステージとして、ナチュラルローソン全店への導入が視野に入ってきました。
 パワーサラダの全店導入ことには、明らかなメリットがありました。単価が高くて粗利が取れる商品であることは当然なのですが、パワーサラダの商品特性はそれだけではありません。ローソンの社内には、店舗ごとターゲットごと時間帯別に、販売データを詳細に分析するシステムがあります。データを分析してみると、時間帯別の売り上げ動向が従来のサラダと違うことがわかりました。
 従来のサラダは、主として朝と昼の時間帯で売れています(夜は27%)。ところが、パワーサラダは「一食完結型」(主食になれる商品)ですから、夕方以降の時間帯でも売れていました(37%)。しかも通常のサラダとはカニバリゼーション(共食い)を起こさないので、サラダカテゴリー全体で売上がほぼ倍増していることがわかりました。健康経営を標ぼうするローソンとしては願ってもない販売結果です。
  
 <全店導入にあたっての課題>
 ローソンはセブン-イレブンと比べて、夕方から夜間にかけての売り上げで劣勢に立っています。平均日販で12万円の差がついているのは、夕方以降に売れる商品が少ないことが原因です。パワーサラダの導入で、夕夜間の時間帯とセブン-イレブンとの競争のギャップを埋める商品が見つかったわけです。ただし、全店導入にあたっての課題はふたつありました。まずは商品をどこで作るのか?
 選択肢は二通りでした。最初は、ローソンの関連会社にパワーサラダの試作を依頼してみました。ところが、思ったように美味しいサラダが作れません。ハイファイブが開店前に、店舗内のキッチンで作っている品質が再現できないのです。その結果、二番目の選択肢として、既存店舗の近くにハイファイブが加工用のキッチンを借りることになりました。水野さんとしては、大きなリスクを冒すことになります。加工場と設備に投資するわけです。ナチュラルローソンとのビジネスが不調に終わった場合、設備が遊んでしまうことになります。
 もう一つは物流の問題です。2店舗の時は、自社店舗(九段店)でサラダを製造して、近くにある市ヶ谷店と六本木ヒルズ店に商品を運ぶことができました。しかし、今度は都内全域のナチュラルローソンに納品することになります。借り上げた自社のセントラルキッチンからローソンの物流センターに納品しなければなりません。
 この問題は、わたしの元大学院生で、冷蔵・冷凍帯の専門物流会社「㈱ムロオ」(本社:広島県呉市)を経営している山下俊一郎社長が解決してくれました。ローソンの物流センター(川崎CDCと市川CDC)に納入する便で共同配送を引き受けてくれました。決まったのは、パワーサラダの全店導入がはじまる二週間前です。綱渡りでした。
  
 <全店導入後の販売動向、消費者の反応>
 4月2日から、パワーサラダの全店導入(139店)が始まりました。実験店舗では4アイテムを販売していましたが、全店導入に当たっては販売がとくに好調だった二品目に絞り込みました。「合鴨の燻製とハニーナッツのサラダ」(税込み698円)と「生ハムとチーズの濃厚サラダ」(税込み698円)です。
 販売開始から一週間(6日間)の売り上げは、全店平均で約600個(/日)。実験店の販売動向と同様に、サラダカテゴリー全体の売り上げが倍増しました。週明けにナチュラルローソンの事業推進部からうれしい報告が来ました。
 「実験の2店舗と同じく夕夜間での販売が顕著で、また合鴨は朝に女性、生ハムは夕夜間に男性が買われているなどの特徴もあります」(林マネジャー)
 ローソンが全店導入に向けて、自社HPでパワーサラダの告知を強化したことが功を奏したようです。SNSをウォッチしていると、消費者からの反応も好意的なものばかりでした。実際に購入してみた皆さんからは、「見た目より食べ応えがある」「栄養バランスがよろしい」「いろいろ入っていて美味しい!」などの感想が寄せられていました。たしかに、税込み698円はそれなりの値段ですが、それを超える満足を提供できているようです。
 ちなみに、発売初週から3週目にかけて微減が続いていた店舗からの発注数が、4週目に入って増え始めています。気温の上昇とともに、リピートがかかり始めたのかもしれません。
  
 <リスクヘッジと将来の可能性>
 全店への納品にあたっては、水野さんたちも容器を工夫したり、ボリューム感を出せるよう、見た目も気を使っていたようです。当初は廃棄ロスがやや多くなっていたようですが、「一般に売られているサラダよりロスは高くない」(林マネジャー)とのことでした。
 米国発のサラダ専門店はどこも赤字のようです。ハイファイブがその他のサラダ専門店と違って成功しているのは、実店舗での販路にこだわらなかったからだと思います。ハイファイブはナチュラルローソンだけでなく、住友不動産系ビルに出店している「リーベンハウス」(18店舗)などのような都市型コンビニにもパワーサラダを納品しています。
 「リーベンハウスでは、1店舗40個売れ続けるところもありますから、売り方次第ですね。オフィスビルの中にあるので、ワーカーさんと相性がいいようです」(水野さん)。
 オフィス立地の六本木ヒルズ店では、実験期間中に一日36個を完売していた実績がありました。データを分析していると、住宅地に立地しているナチュラルローソン広尾5丁目店なども業績がよいことがわかります。どちらにもニーズはあるようです。
 水野さんがお手本にした米国のSweet Greenは、実店舗で営業するサラダ専門店の業態でした。しかし、ナチュラルローソンと取引を始めるにあたって、ハイファイブは専門店業態に固執するかどうかの決断を迫られたわけです。しかもOEMメーカーを飛び越して、一気にNBメーカーに転身したことになります。都心にある大手企業のオフィスへのデリバリーは以前から試みてきましたが、こちらも積極的に顧客の開拓を進めています。
 悩んだ末の結論ですが、品質にこだわる一方で、水野さんは販路を自由に考えてみることにしたのです。「価格をもっと引き下げることができれば、販売量を増やすことができると思うのですが」という水野さんの問いに対して、わたしが次のようなアドバイスをしました。
 「値段を安くして数量を増やすのは簡単です。でも、圧倒的なレベルまで品質を上げないことには、いまの競争優位が維持できません。原価が下がったら、その分はもっと食べ応えがある商品にできるよう、さらにボリューム感を出して顧客満足を高めることです」