【シリーズ:農と食のイノベーション(第16回)】 「吉見光の子こども園:オーガニック学校給食の実践と普及の推進」『食品商業』2019年11月号

 連載の16回目では、「オーガニック学校給食」を取り上げました。小学生のころ(55年前)、学校給食が苦手だったわたしですが、結局は食材と調理法の問題だと納得しました。食に関する好みは、幼児の時に出来上がってしまいます。大人たちの責任は大きいです。

 <リード文:アメリカの小麦戦略>
 戦後まもない時期に小学生だった世代にとって、学校給食は二つの側面を持っていました。稲作地帯の秋田県で生まれた筆者は、給食のときに出てくる固いコッペパンと脱脂粉乳に辟易していました。母親の実家は農家でしたから、いつでも美味しい野菜とお米が食べられたからです。一方で、都市部に住んでいた子供たちは、GHQから支給される支援物資で当座の飢えをしのぐことができました。いずれにしても全国に一斉導入された学校給食は、パンと牛乳を中心にした洋食に日本人の味覚を慣れさせる下地を作ることに貢献しました。
 2015年の秋に、千葉県佐倉市で「オーガニック学校給食が始まった」との情報を友人から得ました。このニュースに即座に反応したのは、パンと牛乳のトラウマと無縁ではありません。学校給食は、米国の農業団体が余剰農産物を処分するための輸出戦略でした。  長い目で見ると、当面の食糧を確保できた恩恵より、米と野菜と魚を中心とした伝統的な和食文化を捨てた弊害のほうが大きかったわけです。
 その結果は、たとえば欧州の農業先進国フランスの食料自給率が129%に対して、日本の自給率が38%に下落したことに象徴的に表れています。オーガニック学校給食の開始は、環境にやさしく健康的な伝統食に回帰するステップとして、重要な役割を果たしそうです。今回は、千葉県佐倉市の「吉見光の子こども園」で始まったオーガニック学校給食の実践を紹介します。
  
 <子供は「食」を選択できない>
 「吉見光の子こども園」の長島成幸牧師(理事長)が、子供たちの異変に気づいたのは、東日本大震災の直後でした。かなりの数の子供たちが、お弁当をもって登園するようになったからです。3.11以降は、母親たちが放射能に敏感になっていました。本音を聞いてみると、園が提供する給食の安全性に疑念を抱くようになっていたからです。
 長島理事長の対応は明快でした。「それなら、こどもたちに安心・安全な食べ物を提供できるよう、食材の調達から抜本的にいまの給食の制度を見直すことにしよう」。放射能のリスクは当然で、残留農薬や食品添加物まで、安全を担保できる食材の調達先を探しました。
 ある保護者からの情報で、長島理事長が最初に声をかけてみたのが、現在も提携関係にあるオーガニック食材供給会社の「㈱オルター」でした。 オルター代表の西川榮郎氏は、大学院時代に生物化学を研究していた環境科学者です。食品公害に危惧を抱いて、1976年に無農薬自然栽培のオーガニック食材を宅配する会社を大阪で設立しました。そして、2008年~2017年に副代表(現在は顧問)を務めていたのが、こども園へのオーガニック学校給食の導入を主導してきた山本朝子さんです。山本さんは、「NPO法人グレインイニシアティブ」と「一般社団法人オーガニックフードマイスター協会」の代表も務めています。
 山本さんとはじめてお会いしたときに印象的だった言葉は、「子どもは自分では食を選択できない」でした。オーガニック給食は、小学生よりもっと幼い子供たちに向けて、保育園や幼稚園で実施することに価値がある。山本さんが佐倉でのオーガニック給食に協力することになったのは、大人が子供の食にもっと責任をもつべしという信念からでした。
  
 <オーガニック給食が始まる>
 オルターの宅配は、通常取引では、個人向けに週一回の配送になります。ところが、保育園の給食は毎日ですから、デリバリーの頻度を上げる必要がありました。カタログ注文で週二回の特別注文を受けてもらう交渉から始まり、最終的には、グループの3園で給食のメニューを共通化して、週三回の配送が実現します。
 2014年4月、佐倉市のこども園でオーガニック給食がはじまります。オルターは保育園向けに食材をデリバリーするため、山本さんの発案により、業務用卸のサイトを新規に開設しました。また、オーガニック食材で給食を始めるにあたって、山本さんや徳江倫明さん(FTP代表)が講師になり、栄養士、職員、保護者向けに勉強会を開くことになります。「こころとからだにやさしい子どもたちへ、いのちを守る給食になぜ取り組むのか?」。無農薬、無化学肥料で栽培された食材の知識などを含めて、関係者全員が食についての理念を共有するためでした。
 スタートしてからも、トラブル発生とその後の混乱は筆舌に尽くしがたいものがあったようです。幾多の困難を乗り越えたオーガニック給食ですが、現在では100%オーガニックが7園、一部オーガニック給食が15園に広がっています。
   
 <普及のための4つのコツ>
 山本さんや長島理事長たちの経験によると、オーガニック給食の普及を推進するには、4つの壁を乗り越える必要があるそうです。4つのコツとは、大量卸の実現(扱い品目を増やす>200品目)、②低コストの実現、③食材の使い方指導、④地元農家との関係性構築です。
 最初の取り扱い品目の拡大は、給食の場合はメニューを増やすことと数量の確保が必要になるからです。食材は契約取引になるので、旬の食材をある程度が揃えるためには、契約栽培で作付けになります。したがって、献立を考える栄養士さんとの連携も必要になります。
 二番目は、オーガニックであるが故のハンディキャップです。有機農産物は慣行の作物に比べて、一般には値段が高くなります。しかし、山本さんは、食材を低コストに抑えるコツを伝授していきました。たとえば、(A)かたまり肉をミンチや大豆に変えると、大幅なコスト削減(40%~75%)が実現できました。また、(B)おやつを手作りにすることで、約65%のコストがカットできたそうです。
 三番目の食材の使い方指導については、(C)野菜は皮やへたまで全部使う(B級品を加工する)などの工夫すると、コストを抑えることができるそうです。また、和食材(米粉、豆、小魚など)をレシピに取り入れることで、余分な費用をかけることなくアレルギー対応もでき、子供たち全員で美味しい旬の献立が楽しんでいるようです。
  
 <自家農場、エディブル・スクールヤード>
 地元農家との取り組みについては、特別に補足する必要があるかもしれません。
 一方で、オルターのような大卸を使うことは、大量の食材を遠くから運んでくることを意味します。フードマイレージの思想からすれば、片道200KMを超えて食材を運んでくるのですから、CO2をたくさん排出することになります。また、伝統的な和食の考え方からすれば、本来ならば、地元の食材を使って給食メニューを考えるべきなのです。
 そんなわけで、吉見こども園では、佐倉市周辺で野菜やコメを栽培している有機農家を探してみることになりました。2015年、地元の農家から有機米を調達し、地元のパン屋さんで食パンを焼いてもらうようになりました。これがきっかけで、食材の地元調達比率を上げる方向で供給システムを組み替えています。
 具体的には、耕作放棄地2ヘクタールを再生し、2018年に「生産法人グレースファーム」を開園しました。こども園には、有機の栽培技術がありませんから、隣町の八街市にある「シェアガーデン」(武内智社長)の支援を得て、オーガニック農業を始めました。目指すは、交流農業です。「交流農業」とは、地元の人たちが農作業を手伝うスキームです。佐倉市のケースでは、さらに進んで、身体障碍者や高齢者が農作業に携わる「農福連携」のスキームを利用しています。
 グレースファームの一部は、園児たちから見ると、「エディブル・スクールヤード」の役割も果たしています。子供たちが栽培した農作物を、自分たちが給食で食べているわけです。「自分たちで栽培するようになってから、それまであまり食べなかった小松菜などの野菜を喜んで食べるようになりました」(栄養士の寺田園子さん)。
 インタビューを通じて、オーガニック給食には4つの役割があることが確認できました。①安心・安全な本物の食材を使った食事を子供たちに提供できること、②地元の食材を使った和食文化への回帰を推進すること、③フードロスや環境問題、農業の意味を子供たちに意識させること、④鮮度の良い旬の食材を自分の舌で体験できるようになること。
 オーガニック給食が日本全国の保育園や幼稚園、小学校に広がることで、日本の農業と食の原風景が再生できる未来を想像できるまでに、いまや筆者の意識も変化しています。
  
 
<注>
1 本稿は、2019年9月20日、法政大学経営大学院で開催されたNOAFを支援する会のセミナー「本気でオーガニック学校給食を考える(第10回ナチュラル&オーガニックセミナー)」(講師:山本朝子氏、長島成幸理事長)での講演に基づいて書かれています。
2  鈴木猛夫(2003)『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活』藤原書店。
3 同社のHP(https://alter.gr.jp/page/company.php)によると、従業員170名、売上高170名、売上高23億4967万円(2012年度)。会員数約1万人。
4  山本さんが主宰するグレイン・マイスター(資格)とは、「いのちのつながりを尊ぶオーガニックの根本理念を学んだ人」(https://grainmeister.org/index.html)。