【シリーズ:農と食のイノベーション(第15回)】 「ローソンファーム千葉(下):農産品の加工と未来への投資」『食品商業』2019年10月号

 連載で登場いただいた「ローソンファーム千葉」の篠塚利彦社長の農場が、先々週、房総半島を襲った台風15号の影響で大きなダメージを受けました。台風が通過した直後、9月11日にいただいた篠塚さんからのメールは悲痛なものでした。冷蔵庫に原料を保管してありますから、停電の影響はかなり大きかったようです。

 
 篠塚さんからのメールはつぎように続いていました。
 「台風の被害は人生で最も大きなものでした。ハウスも何棟か倒壊し、作物は雨風にうたれ復活の目処がない状態です。停電もまだ続いていて復旧にはあと二日かかると言われています」(9月11日)
 以下は、その前に、篠塚さんにも校正していただい(下)の原稿です。一日も早い復旧を祈りたいと思います。わたしの周りでは、房総の花農家も、やはり停電で在庫してある花が傷んでしまいました。道路が寸断されて、都内への出荷もできませんから、これも損害は甚大だったようです。

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「ローソンファーム千葉(下):農産品の加工と未来への投資」
『食品商業』2019年10月号(連載第15回:農と食のイノベーション)   V2:20190828
 
 <リード文>
 全国のローソンファームでは、次の世代を担う若者たちが、日本の農業を支える事業モデルの構築にチャレンジしています。農業の6次化事業が、ローソンファーム千葉では効率よく運営されていました。篠塚社長の夢は具体的です。「2025年、栽培面積100ヘクタール、売上高5億円」。(下)では、そのための施策を見てみることにします。

 <農家が投資をするという“企業的な感覚”>
 4年後に再度、ローソンファーム千葉を訪問して感じた一番の変化は、農家の後継者だった篠塚さんが、ローソンのような大企業と生産加工事業で提携する「企業家」に変身していたことでした。それは、自社農場で生産する人参とキャベツの取り扱いに表れていました。
 農場併設の「香取プロセスセンター」を、開設直後の2015年7月に訪問しました。再度の訪問の際に「おやっ」と思ったのは、出荷用のヤードに以前は置いていなかった青い折り畳み式コンテナを発見したことでした。社長の篠塚さんにたずねてみたところ、「あれは長期保存用のコンテナで、人参を0.5℃で休眠状態するために導入したものです」が答えでした。ローソンファーム千葉では、人参を年二作で栽培していますが、千葉の人参は3~5月と8~10月が端境期になります(図表1)。数年前までは、他の産地から調達していたのですが、仕入れ価格が相場で乱高下するので、経営が不安定になります。
 きっかけは、2016年9月~10月に人参の価格が高騰したことです。通常は100~150円/KGの卸価格が、250~300円/KGに暴騰しました。そこで考えついたのが、180日分の人参を長期冷蔵保存することでした。全量を自社生産に切り替えれば、冷蔵庫に保存しておいた人参を加工に向けることができます。結果として利益が安定します。
 農場の隣に加工場を持っていますから、全体の約15%を占めるB級品を加工に回すことができます。サラダや総菜、弁当の材料になる人参のジュリアンや短冊、スティックなどの歩留まり率は約60%です。廃棄されていたB品がお金に変わったわけです。

  << 図表1 香取プロセスセンター 原材料調達状況>>
 
 <キャベツを自社生産、農場の全国ネットワークの強み>
 香取プロセスセンターからは、首都圏のローソン約3500店舗に、農産物が加工品として供給されています。日量に直すと、人参が500KG、キャベツが2トン、大根が700KGになります。
 香取のセンターで一次加工された材料は、ローソン傘下のベンダー経由で、サラダ、弁当類、調理麺の具材として、首都圏のローソンで売られています。パッケージサラダに使用しているキャベツやニンジンといった原料野菜は、いまや香取プロセスセンターの主力商品です。それも、他の産地から調達していたキャベツを、半分は自社生産に切り替えることができたからです。
 自社生産のメリットは、価格決定権を獲得できたことです。人参や大根と同様に、キャベツにも端境期があります(図表1)。夏と冬の時期には、千葉ではキャベツが収穫できません。夏場は、北海道の提携農場から、冬場は愛知や鹿児島のローソンファームなどから加工用のキャベツを融通してもらっています。これは、ローソンファームを全国ネットで展開している強みです。

 香取プロセスセンターでは、加工プロセスの効率化とコスト削減に努力しています。作業を効率化するために、キャベツの自動芯抜き機が導入されました。生産現場では、根菜類用の自動洗浄機ラインを採用して省力化を図っています。
 
 <ローソンファーム千葉:自社とグループ経営の未来>
 ローソンファーム千葉は、全国のモデル農場になっています。野心的な試みは千葉から始まっています。ただし、課題も抱えていそうです。篠塚さんに現状について伺ってみました。
 早急に取り組みたい課題のひとつが、製造コストの低減だそうです。冷蔵保管庫を保有することで、調達と加工のコストを下げることができました。しかし、生産部門での機械化は道半ばです。農作業の機械化が進んでいません。ここにメスを入れることが課題です。金沢大地の井村辰二郎社長(連載第6~7回)も、「生産現場で生産性を二倍にしたい」と述べていました。抱えている課題は共通のようです。
 現段階で、収穫作業を効率化するために、コンバインのような自動収穫機を導入する計画があるそうです。農業機械メーカーのヤンマーが、キャベツ用に開発中のものです。ニンジンなど根菜類の収穫用のハーベスターも開発中のようです。コスト削減のためだけでなく、人手不足に対応するためにも自動化された収穫機械が必要です。
 篠塚さんが二番目に取り組みたいのは、栽培品目を増やして販路を拡大することです。コンビニ対応だけではなく、継続的に需要が見込める作物に生産能力を充てることです。具体的に挙げてくれたのが、白ネギをつくる計画でした。コンビニやスーパーで売られている弁当や麺類の薬味として白ネギは欠かせません。業務用でも固い需要がありそうです。
 三番目が下請けから脱して、真の意味でメーカーになることだそうです。そのためには、人材の確保が必須ですが、ここには大きな課題を抱えています。最近になって雇った外国人の実習生は長続きしなかったそうです。いまは「ボラバイト」(ボランティア・アルバイターの略語)を雇っているそうです。農業に興味を持って働くフリーターのような一群の人たちを指す言葉のようです。将来農業で起業したい若者たちで、彼らのコミュニケーション能力がすこぶる高く、農作業者としても優秀な資質を持っているそうです。滞在期間は二ヵ月くらいと短いらしいですが、延べで20人ほど雇っているそうです。
 4年前のインタビューのとき、「圃場が30haなら、10人のスタッフを倍にしなければいけない」と篠塚さんは語っていました。今度のインタビューでは、「100ヘクタールの圃場を確保するためには、労働力と施設のすべてを見直さないといけない」と言い換えていました。その具体的な方法が、農作業の機械化と洗浄・加工部門プロセスの自動化のようです。
  
 <農業の流通改革:ローソンファームの未来>
 現在、ローソンファームは、北海道から鹿児島まで全国21か所で農場を開いています。図表2の左側のように、農産物は大規模生産地から大規模消費地に大ロットで輸送されています。
 わたしが提案している理想形は、図表の右側になります。近隣で生産された農産物をローカルで加工して、地域の店舗に配荷する仕組みです。コンビニが農業分野に貢献できるイノベーションのひとつが、「6次産業化による小商圏製造小売りモデル」を確立することです。
 今後は、香取プロセスセンターのような加工センターが、全国各地の農場に併設されることになると思います。キャベツのようなかさばる商品や大根のような重量野菜を、自前の農場でまとめて作れば物流コストが低減できます。運ばなくて済むので環境にも優しいうえに、鮮度のよい農産品が提供できるのです。
 コンビニと農場をネットワークでつなぐ仕組みが全国に広がれば、新しい農業の流通網が誕生する可能性があります。ただし、小売業が農場を経営するのではなく、仕組みの中心に農家がいます。農業FCとしてのローソンファームに期待してみたいと思います。

   << 図表2 農業の流通改革>>