「ローソンファーム千葉(上):農業参入への新しいアプローチ(農業FC経営)」 『食品商業』2019年9月号(連載第14回:農と食のイノベーション)

 新浪社長時代の2010年に、ローソンが直営で農場を始めました。筆者は、ローソンが選んだ農業経営は、農業生産のフランチャイズビジネスだと考えています。以前から「農業FC経営」と呼んでいる形態が、コンビニの最上流で具現化した形です。二回に分けて紹介しますが、(上)ではローソンが考える事業形態について解説します。

*ちなみに、今回の原稿は、雑誌掲載前のドラフト(オリジナル原稿)を、全文カットせずにそのまま掲載させていただきます。紙面の関係で、実際の原稿は30行ほど短くなっています。各節の見出しタイトルも、削除せずにそのままで採用してあります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
  
「ローソンファーム千葉(上):農業参入への新しいアプローチ(農業FC経営)」
『食品商業』2019年9月号(連載第14回:農と食のイノベーション)  V2:20190805
 
 <リード文>
 10年ほど前から、大手企業が農業生産分野に進出する事例が増えています。小売業では、イオングループのイオンアグリ創造(2009年)、セブン&アイグループのセブンファーム(2008年)、エブリイホーミイ・グループの有機農場(2016年)。フードビジネスでは、サイゼリヤ(白河農場、2008年)やワタミ(ワタミファーム、2002年)が直営農場を運営してきました。コンビニのローソンは、新浪剛史社長(現サントリーホールディングス社長)の社長時代(2010年)に農業分野に参入することを決断しました。直営農場の第一号がローソンファーム千葉でした。ローソンの農業への取り組みは、農業分野におけるフランチャイズ方式を採用しています。ユニークな事業の現状を紹介します。
 
 <ローソンファーム千葉:夢のある農業経営に取り組む>
 千葉県香取市にある「ローソンファーム千葉」を最初に訪問したのは、2015年7月30日でした。全国に23か所あるローソンファーム(現在は20か所、図表)の中で、千葉の農場はローソンが最初に拓いた農場でした。農場の開設は、東日本大震災が起こる前年の2010年6月。社長は当時26歳の篠塚利彦さん。現在35歳の篠塚社長は、ローソンファーム千葉に出資している「芝山農園」(家族3人で75%出資)の4男で、ファームを始める前は音楽学校を卒業後、就農をしていました。
 「大きな会社と組むことに家族ともども悩みましたが、自分がやりたいことを早く実現したかったので、思い切って飛び込んでみました」(篠塚さん)。
 篠塚さんは、2014年5月に立ち上げた「香取プロセスセンター」(野菜の一次加工処理事業)の社長も兼務しています。ローソンファーム千葉はその後、全国に続々と拓かれたローソンファームのモデル農場になっています。なお、加工分野の取り組みについては、(下)で詳しく取り上ることにします。

 当時の記録によると、千葉の農場は露地栽培が18ha(大根と人参:年二作)、ハウス栽培が1.5ha(ほうれん草と小松菜:周年出荷)となっています。「将来的には30haに拡張していきたいです」と篠塚さんはインタビューで語ってくれています。その後、東京大崎のローソン本社のローソンファーム社長会などでお会いすることがありましたが、今年5月に二度目の農場訪問が果たせました。栽培品目にキャベツが加わり、露地栽培が25ha(人参10ha、大根7ha、キャベツ8ha)、ハウス栽培が3ha(小松菜)、計28haに生産規模が拡大していました。
 産地から調達していたキャベツを自社農場で生産するなど、順調に事業を伸ばしてきた証拠です。最年少でローソンファーム社長会の会長に就任した篠塚さんですが、周囲の目などプレッシャーも大きかったと思います。今回も本人から「将来の目標は栽培面積100ヘクタールで売上5億円です」と頼もしい言葉を聞くことができました。
    
  << 図表 全国のローソンファーム>>
   
 <提携先の農家を選ぶ基準>
 ローソンが農業分野に進出した狙いは、直営農場を経営することでグループの店舗へ「安心・安全で新鮮な青果物」を届けるためでした。その目標を達成するため、ローソンと地域の有力な農家が組んで設立したのがローソンファームでした。
 コンビニ本部は、加盟店オーナーを選ぶときに明確な採用基準を持っています。たとえば、セブン-イレブン・ジャパンでは、「夫婦ふたりが年間を通して働けること」などの労働要件が必須です。それと同じように、ローソンが提携農家に対して求める条件があります。基本は、3つの基準をクリアした農家が提携先の対象になります。①若い次世代を担う営農家であること、②農家が独自の販路を持っていること、③農業技術開発に熱心で積極的であること。

 最初の条件は、篠塚社長の年齢に象徴されるように、経営の担い手として若いことです。全国のローソンファームでは、社長就任時の平均年齢は38歳です。また、両親や兄弟・親族が農業を営んでいることが前提になります。本人が地域の有力な農家の子弟であることが条件になるのです。
 二番目の条件は、農家が独自の販路を持っているだけに限定されません。「準ローソンファーム」と呼ばれる地域の提携農家グループから、自社農場で不足している農産物を買い付けることができることも含まれています。実際的に、芝山農園では、近隣の農家からサツマイモを買い付けてローソンに供給しています。ローソンファーム千葉の場合では、店舗に届く農産物の約30%が周辺の農家から買い付けた農産物になっています。
 三番目の条件は、ローソンが2013年に出資した農法(中嶋農法)と「JGAPおよびASIAGAP」にしたがう営農法を受け入れることです。これは、先進的で差別化された農産物を作るための要件になります。もちろん、参加へのハードルは決して低くはないのですが、2016年に全国のローソンファームがすべてGAPを取得済みです。
 
 <農業への参入モードのちがい>
 先に参入事例として挙げたイオンやワタミ、サイゼリヤなどの農場は、100%出資の直営農場で運営されています。それに対して、ローソンの農業への参入形態は、アプローチが少しちがっています。事業の主役は、ローソンではなく、後継者のいる次世代を担える農家であることが特徴です。ローソンの中での農業の位置づけは、各地のローソンファームが、「地域で核となることができる農業生産法人を目指す」となっています。
 提携農家(ローソンファーム)は、品質水準の高い農産物を供給できることだけを求められているわけではありません。先にも述べたように、近隣農家から集荷ができる機能を高めるために、地域の農家を組織できる農家になれることが求められます。このアプローチは、100%子会社の農場で働く人が社員である他の大手流通サービス業とは異なっています。
 その原理原則は、ローソンファームの出資形態にも反映されています。たとえば、ローソンファーム千葉に対するローソンの出資比率はわずか15%です。その他の出資者は、東京シティ青果(5%)とRAG(5%)で、どちらも中間流通業者です。つまり小売と流通と農家で編成されたチームがファームの事業を運営しているのです。全国のローソンファームでも、地域の有力農家が事業運営の主役になっています。芝山農園のような「地域の農家」とファームの社長がマジョリティを支配するのが、ローソンファームの基本的な事業運営のスタイルです。

 <農業フランチャイズ経営:貯蔵・加工センター併設農場の概念>
 こうした事業の運営形態は、筆者が以前から主張してきた「農業フランチャイズシステム」そのもののように思います。ローソン(本部)が、地域のローソンファーム(加盟店)に、農業技術(中嶋農法)と管理手法(GAP)を提供する。生産加工段階の先には、コンビニの店舗販売という販路が準備されています。商品開発も、農業生産という上流工程を想定しながら、自社のチャネルで素材を加工するフランチャイズシステムとしての仕組みが構築されています。
 ローソンのユニークな点は、次回で詳しく紹介する「香取プロセスセンター」のような加工センターを全国各地の農場に併設しようとしていることです。センター併設の農場を傘下に持つことのメリットは、たとえば、コンビニが提携先に弁当工場を運営する会社と契約関係をもっていることと同じです。実際に起こった動きとしては、ローソンファーム千葉では、委託先から仕入れていたキャベツを自社農場で生産するようになったことです。
 自社生産に踏み込んだことは、ドラスティックなプレイヤーの組み替えを誘発します。かさばる商品(キャベツ)や重量野菜(大根)を、自前の農場で作ると物流コストが低減するからです。遠隔地から運んでくる必要がなくなるわけですから、鮮度のよい農産品が消費地の近くで栽培・加工できるようになります。
 
 今回の訪問で驚いたのは、香取加工センター内に冷蔵設備をもった貯槽施設が建設されていたことでした。「センター内に貯蔵庫をもつことで、ニンジンの相場の乱高下に振り回されなくなりました」(篠塚社長)。ニンジンは年2作で、半年間は自社生産ができないのですが、3月~5月と8月~10月の期間は、冷蔵庫に貯蔵されたニンジンで加工品をつくることができます。
 全国に広がったなら、農業フランチャイズ経営の未来はどのように変わるでしょうか?全国のローソンファーム(20箇所)に加工場併設の農場ができる。コンビニの野菜原料(サラダ)が、日本各地に分散して配置された<農場+加工センター>から供給される仕組みを想像してみてください。(下)では、その進化系を考えてみたいと思います。