【シリーズ:農と食のイノベーション(第13回)】 「オイシックス・ラ・大地(下):」『食品商業』2019年8月号

 連載13回目は、「オイシックス・ラ・大地(下)」になります。後半では、2017年以降の同業2社の統合効果について分析しています。らでぃしゅぼーやが一年で黒字を達成した理由が説明されています。ここでは詳しく紹介されていませんが、小売業など他社との連携がオイシックスの将来戦略の軸になっています。

「オイシックス・ラ・大地(下):農産物宅配2社との経営統合の果実」
『食品商業』(シリーズ「農と食にイノベーション」連載13回)
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院)
 <リード文>
 「オイシックス・ラ・大地」の経営で特徴的なのは、さまざまな企業との戦略的な提携を積極的に仕掛けていることです。近年は海外の同業他社(PC社)を買収したり、国内では「ディーン&デルーカ」や「三越伊勢丹グループ」などと、ミールキットの開発やECサイト運営のノウハウを活用した提携事業に乗り出しています。直近では、ヤマト運輸と物流面で提携を結んだことが報道されています。しかし、オイシックス大躍進のモメンタムは、ふたつの企業ブランドとの経営統合でした。事業拡大の転換点となった「大地を守る会」(2017年)と「らでぃっしゅぼーや」(2018年)の事業統合の成果について考えてみます。
   
<経営統合までの2社の歴史を振り返る>
 筆者の親しい友人に、徳江倫明氏(現フードトラスト代表)がいます。徳江さんは「大地を守る会」(1976年~)の創業メンバーのひとりで、有機農産物宅配サービス業界のパイオニアです。1996年10月に、新宿区神楽坂の事務所で初めて徳江さんにお会いしました。そのころの徳江さんは、創業者の高見裕一氏(元衆議院議員)に代わって、「らでぃっしゅぼーや」(1988年~)の代表(社長)を務めていました。
 草創期の有機農産物の宅配サービスは、日本発の「提携」(欧米では「CSA:Community Supported Agriculture」)と呼ばれるスキームで運営されていました。環境保全型農業を実践する生産者とその理念に共鳴した都市生活者が直接結びつくネットワーク型事業として、両社(らでぃっしゅと大地)の宅配事業は誕生しました。生協も共同購入の一部を宅配サービスに切り替えるなどして発展を続けていましたが、20世紀の最後の5年間で、提携型の事業モデルは壁に突き当っていました。会員数の伸びが止まっていたのです。
 1998年当時の記録を調べてみると、らでぃっしゅの会員数は5万5千人、売上高は162億円でした(96年度の実績)。宅配事業以外には、オーガニックスーパーの「MOTHER’S(96年開業)などを運営していました。[1]その後、らでぃっしゅぼーやの宅配事業は、紆余曲折があり、2012年からNTTドコモの傘下に入りました。株式譲渡でオイシックスの完全子会社になったのが、2018年2月です。[2]
  
 <赤字事業をなぜ短期間で黒字化できたのか?>
 オイシックスの決算資料(2019年3月期)によると、らでぃっしゅの会員数は現在6.3万人、売上高は180.2億円、限界利益が33.4億円となっています。ドコモ傘下の最終年度(2018年2月期)は、売上高が189.3億円、営業損益は6.0億円の赤字でした(図表1)。
 ところが、ブランドの買収からわずか一年で、らでぃっしゅの事業収支は大幅に改善しています。これは、赤字ユーザーの削減と購入履歴データに基づく科学的な顧客管理によるものです。短い期間に、らでぃっしゅの会員数は、7.8万人から6.3万人に1.5万人(81.3%)減少しています(図表2)。しかし、利益貢献は大幅なプラスになっています。
 これは、単価向上(+3.8%)による黒字配送への転換と、送料体系の見直しによる顧客の自然離脱によるものです。赤字会員を43%減らすことがでたのは、きめ細かな顧客管理とマーケティング施策を組み合わせた手法の成果です。同様な手法は、たとえば、月額制ファッションレンタルの「エアークローゼット」(天沼聡社長)や花の定期便の「Bloomee Life」(武井亮太社長)などでも採用されています。[3]
 個人的な推測ですが、オイシックスの場合は、調達の分野でも経営統合によるマスメリットが働き始めているのかもしれません。コンビニ業界でセブン-イレブン・ジャパンが、収益面で圧倒的な優位に立つことができた理由でもあります。具体的な手法については、以下で解説します。
  
<経営統合のメリット>
 ところで、オイシックスの事業統合に関する筆者の関心は、以下の2点でした。
 ①   同業2社との経営統合で、食品宅配市場で真の意味で競争優位が獲得できたのか?
 ②   この先の展開で、3つのブランドをひとつに統合する予定はあるのか?
 最初の問いについて、「3つのブランドが経営統合されたことにより、二つのことが達成できました」と事前にメールで回答が寄せられていました。創業時(2000年)から蓄積してきた「食のサブスクリプションモデル(定額購入モデル)のノウハウを、ふたつの被買収ブランドにうまく移植できた」との説明でした。らでぃしゅの事業を短期に黒字化できたことでそれは証明されています。また、自社のサブスクリプションモデルへの自信が、米PC社の買収を決断させた理由のひとつではないかと思われます。
 経営統合の二番目の成果は、優れた生産者ネットワークを手に入れることができたことだそうです。筆者が懸念していたのは、環境保全型農業の実践者たちが3つのブランド間で重複している可能性でした。しかし、オイシックスと被買収ブランド間では、取引先の重なりがほとんどなかったようです。二つのブランドの買収によって、新たな調達ルートと安全・安心な農産物を作る生産者のプールをオイシックスは獲得できたことになります。
 理工学部の出身者は、データに基づく意思決定に長けています。高島さんもその例外ではありません。「オイシックスで実践してきた顧客データの分析管理法(LTVを活用した顧客価値の数字化)を他ブランドに適用すると、明確な打ち手が見えてくるのです」(高島さん)。
 
 <ECビジネスといえど、「何屋」になろうとするのかが重要>
 筆者の二番目の質問について、高島社長の答えは「3つのブランドを統合するもりはありません」と明確でした。統合の必要性がないと考える理由は、ブランドンドごとに顧客の求める価値が異なるからです。事業部門を統合してコスト管理を徹底しただけで利益が出るようになったわけです。それに加えて、従来の働き方を変えた効果も大きかったようです。
 「オイシックスとらでぃっしゅと大地を横に並べて顧客データを比較すると、それぞれの強みと弱みが見えてくるのです」(高島さん)。
 確かに、それは単一ブランドの時代にはできなかったことです。ECビジネスにサブスクリプションモデルを応用する場合に、マルチブランド経営が有効なのだとわかります。
 最後に、おもしろい話を高島さんから伺いました。統合前のらでぃっしゅや大地では、デモグラフィックな指標で顧客対応していたのだそうです。ところが、ECビジネスで意味があるのは購買行動変数です。グーグルなどでも、性年齢別に利用者をセグメント化することはありません。顧客からそのブランドが「何屋」に思われているかが大切なのだそうです。例えば、野菜しか買わなかった「八百屋」の顧客に、冷凍魚を買うようにしかけたら客単価が上昇するわけです。総合スーパー的にネットを利用するよう販促を仕掛けた結果、大地もらでぃっしゅもの一人当たりの月平均購入額(APRU)は上昇しています。
 ただし、オイシックスのAPRUが低下しているのは、ミールキットの構成比が高まっているからです。利便性の訴求により顧客のすそ野を広げる戦略に出る。対照的に、大地とらでぃっしゅでは、赤字ユーザーを減らしてAPRUが高めて収益向上を狙う。新生オイシックス・ラ・大地の3ブランドが、事業的にもうまく役割分担ができているわけです。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
  図表1 セグメント別業績
*「オイシックス・ラ・大地」2019年度3月期(決算説明資料から抜粋)
           売上高(前年度比)  営業(限界)利益 
  全社        640.2億円(160.1%) 23.1億円(259.4%)
 ・オイシックス    296.1億円(119.4%) 40.3億円(122.7%)
 ・大地を守る会    109.0億円(97.2%)  19.8億円(94.9%)
 ・らでぃっしゅぼーや 180.2億円( - )   33.4億円( - ) 
 ・その他       57.9億円(136.3%)  7.2億円(95.3%)
  *セグメント別の利益は、限界利益(売上高-変動費)
 図表2 会員数とAPRU/月平均購入額 (対前年度比)
  ・オイシックス   20.5万人(121.4%)  11,183円(96.4%)
   KITコース会員  11.1万人(156.3%)  
  ・大地を守る会    4.0万人(89.5%)  19,758円(102.7%)
  ・らでぃっしゅぼーや 6.30万人(81.3%)  17,26円(103.8%)
    
 <注> 
[1] 小川孔輔(1998)「らでぃっしゅぼーや:環境をブランディングする」『当世ブランド物語』誠文堂新光社。当時の社名は「環ネットワーク㈱」)で、サービスブランド名が「らでぃっしゅぼーや」でした。
[2] 2000年に「キューサイ」が買収した「らでぃっしゅぼーや」を、2006年に「ジャフコ」が再買収してJASDAQに上場。2012年に、NTTドコモがTOBにより「旧らでぃっしゅぼーや㈱」を完全子会社化。
[3] 小川孔輔(2019)「所有を望まない消費者心理を突く“サブスクリプションモデル”『「値付け」の思考法』日本実業出版社。