「花や植物の表記法:意外と知られていない?表記ルール」『JFMAニュース』(2021年3月20日号)

 この原稿を書いている前日(3月14日)、気象庁から「東京でサクラ開花」の宣言が出された。昨年もサクラの開花は同じ日で、気象庁が昭和28年に統計を取り始めてから二年連続で、最も早いサクラの開花日になった。暖冬の影響なのか、年々サクラの開花日が早まっている。

 

 新聞各社やNHKがサクラの開花を報じているニュースを見て、「サクラ」がカタカナ表記になっていることに気づいた。そして、ちょっとだけ違和感を覚えた。個人的には、季節を感じさせる花や植物の名称は、できれば漢字かひらがなで表記してほしいと思うからだ。

 日本語の漢字は、表意文字としての特性がある。表音文字の機能しか持たない欧米の言語文化とは、視覚的な情報処理の仕方が異なっている。漢字文化圏の人間は、漢字の形を見ただけで、対象物がどんな形をしていて、どのような特徴を持っているのかがわかる。動物や魚類についても同じだ。動物の姿形や色彩に至るまで、魚の生息地や泳いでいる様子などまでもが、漢字という記号を介して伝わってくる。

 「サクラ」から連想するのは、卒業・入学の季節である。今年の受験シーズンは終わったが、50年前にわたしも大学を受験した。合格通知は、今のようにネットでの発表ではなかった。合格者の受験番号を掲示板に掲示する方式だった。試験が終わった後は、秋田の実家に戻って発表を待っていた。当時、日大生だった従兄が二次試験の結果の確認役をわが母親に依頼された。従兄は隣駅のキャンパスまで、わたしのために掲示板を見に行ってくれた。

 合格発表日の午後に、忘れられない電報が届いた。「サクラ サク」。合格の知らせだった。今でこそ漢字で文字をプリントできるが、当時はカタカナの電文だった。しかし、わたしは従兄が送ってきたカタカナ5文字を見ても、合格の実感がわかなかった。「桜咲く」と漢字で表記してこそ合格した気持ちになれる。いまひとつ心の底から嬉しさがこみ上げてこなかった理由をわかる気がする。

 話を元に戻すことにする。新聞各社の紙面やNHKのテロップでは、「サクラ」とカタカナ表記になっている。例外はないらしいので、動植物の表記法には、何らかのルールがあるのだろうと思った。ネットで検索してみると、NHK放送文化研究所のURLが出てきた。曰く、「動物や植物の名を、カタカナ ひらがな 漢字と色々書いていますが、その基準はどうなっているのでしょうか。動物や植物(含む野菜)を表す漢字が常用漢字表にあれば漢字。なければひらがなで書きます。学術的な場合は、カタカナで書きます」(https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/003.html)。

 そのあとに、短い解説文が追加されていた。そうなのだ。動物では、「とら」「くま」など、植物では、「ひのき」「らん」など、ほとんどの動植物名は常用漢字表には収録されていない。さらに言えば、学術用語として使用する場合は、カタカナで書くルールになっていた。『NHK編新用字用語辞典』(15頁)には、日本を象徴する代表的な植物名として、サクラの表記法と科属名が、「バラ科サクラ属」と例示されていた。これを「薔薇科桜属」と表記したら、まったく意味不明になる。なるほどと納得したものである。